01-10
いつだかに近場の安い服屋で買った魔具ではない市販品のジャージを着て、これまたいつだか家での修錬に使おうとホームセンターの木材コーナーで買った丸棒を手直しした手製の棍を持って、いざ≪果てへと至る修錬道≫。
昨日は帰宅後に今日の予定を愛染と弁柄と躑躅に伝えたら猛反対されて説き伏せるのに手間をかけたし、ついでに躑躅を護衛なり家事なりで常駐させると決まった。
よく分からない交換条件だが正論でも屁理屈でも暴論でも愛染と躑躅には勝てないうえに、弁柄にじっと見つめられると余程でない限り折れてしまうのは仕方ない。
経緯はともかく昨日決めたとおり初心に返って≪実践道≫で修錬だ。防具が無いってこんなに心細かったのかと今更ビビってるのは以後忘れないようにしたい。早速一つ学んだ。
学んだと言えば今日の朝はちょっと驚いた。
まさか身に着けてる魔具を当人が忘れてるとかやばやば。
左の上腕に≪[隠密]の【アームバンド】≫を巻いてるなんてさっぱり忘れてた。しかもずっと起動したまま。
というか起動してるからそれを身に着けてる僕自身すら認識できなくなってたっぽい。[隠密]の魔術すごい。
ひょっとしたら通学路でよく見かけるヤベー人達に襲われないのは≪[隠密]の【アームバンド】≫のおかげだったり。
今日の初心に返ろうチャレンジを終えたら忘れず着け直さないとたぶん危ない。
更に一つ学んだ。順番的にはこっちが一番目か。
魔具及び防具なしという状態で≪実践道≫に乗り込み≪武装人形≫を手製の棍でしばき倒すこと暫し。
凄まじく疲れた。
疲労は環境的な理由ではない。≪果てへと至る修錬道≫の入ってすぐの辺りは石造建築の地下通路みたいな感じで床も壁も天上も平面と直線で構成された無味乾燥な構造のうえ、廃墟みたいに足元に砂が溜まっていたり瓦礫が落ちていたりも見かけたことが無い。
原因は明らかだ。いつもより動きが無駄に大きくなってる。
いや叩きつけられる鈍器を避けるのに際して恐怖心を低減するためであって無駄ではない。無駄ではないがコスパは悪い。
コスパが悪いなら無駄ですね。
自分の理性の声は無視できなかった。
さらに言えば一体を壊しきるのに三十分はかかってる。その分手数を必要としている訳で、攻防どちらも普段よりはるかに消耗が激しい。
「つら……」
≪実践道≫のあちこちにある休憩用の小部屋で御飯食べながら思わず独り言こぼすくらい疲れた。
汗かき過ぎてシャツがびたびただし、ジャージも転がったときに擦れて溶けたり避けきれなかった刃物で切られたりで疲労相応に服もボロボロ。
運動靴で小石踏むとやたら痛いのはどうにかならないかな。
いやぁ、まだ予定の半分くらいなんですけど。朝に≪実践道≫に入って今はまだ昼くらい。夕方までは居るつもりだっていうのにもうね。
≪武装人形≫なんて最近は弓でちょちょっと射倒したり、多節棍でめためたに殴り倒したり、短剣で首をすぱっとやったりしてたせいで少し勘違いしてました。
人間はというか、少なくとも僕はしっかりした武器がないと年齢そのままの小僧ですわ。
≪特器道≫で体術も習ってて一戦や二戦くらい≪武装人形≫相手でも苦はないから向上心が鈍ってた。
今回気づかなかったらその内≪特器道≫の体術の修錬で死んでたかもしれない。向上心がなくなったら≪修錬≫を冠するダンジョンでも普通に死ぬ。
これも忘れないようにしないと。
半年に一回くらい今回と同じ条件で≪実践道≫に入るか検討しよう。
御飯と休憩を終えて、微妙に経路を変えつつ来た道を戻る。横道を進み過ぎると複数の≪武装人形≫を相手取る羽目になるが、全く同じ道を辿ると≪武装人形≫が居らず修錬にならなくなってしまう。
とりあえずあまり深くまで入り込まないように横道を経由しつつ、今日は復路も修錬だ。
警戒しつつ歩いていたら≪武装人形≫が歩く時の木材を擦り合わせるような関節の音や、木材で石を叩くような鈍い足音が聞こえてきた。エンカウント。
遮蔽物がない今回は不意打ちを諦め正面からやりあう。幸い、相手の武装も僕と同じような棍だ。刃物や金属製の得物じゃないだけでちょっと安心。
槍に近い感じで≪武装人形≫へ突き出すように棍の真ん中より片側へ握りを寄せ、両手の間に幅を開けて構える。
突いてきた棍を右へ払って前に出てきている右肩を突く。棍を引いてそのまま先端を下げて右膝を一突き。うーん硬い。一見木製ぽいし手触りも木製ぽいのにやたら硬い≪武装人形≫の材質はなんなんだろう。
一瞬意識が逸れた隙を縫って僕が棍で突いた右足を軸に左足の後ろ回し蹴りが飛んできた。頭を下げる動きに合わせて棍の先端を再び下に向け、右足の踝辺りを思い切り突く。硬すぎてやっぱり体制は崩れない。棍や踵が降ってくる前に素早く離脱。棍も触れ合わない距離で対峙し直す。
長くなるの嫌だなぁ。
その後も傍から見る分には一方的に棍で突いて叩いてできる限り有利に戦いを進める。実際のところは防具なしなんて何度か棍で叩かれるだけでも動きが鈍って押し込まれるとあって、肝が冷えっぱなしだ。
集中して狙ってまずは右肩の関節を壊し、続けざまに右膝を壊した。
そこで疲労と前のめりになった意識とが悪い感じに合致して踏み込み過ぎた。
右足の残った上腿で牽制され、本命の左手でがっつり髪の毛をつかまれぶん回されて壁と熱烈にハグ。
それ程壁際に寄っていたと理解するより早く、相手の左腕に棍を絡めて無理やり引き倒して左の手首を踏みつけ棍で殴る。
≪武装人形≫が動かなくなるまで五分と要さなかった。
中指より短い今の髪の毛でも危ないならもう剃るしかないな。
≪[隠密]の【アームバンド】≫
§それはアームバンドである§
§それは人の知覚から隠す§
――本日の戦果――
≪[過熱]の【ハットピン】≫
§それはハットピンである§
§それは度を越えて熱する§
§それは沸騰させない§