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菅田の漫画

 年が明けて新年ムードも収まってきた。僕はまだ漫画家にはなれていない。


 魔王先生のスーパーピンクが電子版で再開し、電子界隈では漫画の復活が話題になった。

 その流れに乗ってスパピンは登録者数を増やして、今やあの電子版サービスで一番人気の漫画になっている。


 魔王先生は一時的に人気に浮かれてはいけないと日々漫画を描いている。


 僕は漫画連載の話を貰って、烈風先生が連載している雑誌系列の月刊誌で描く事になった。

 しかし、編集さんとのやり取りに慣れなくて、未だにネームのOKが出ない。


 連載が決まって烈風先生のアシも辞めたので、今は一人で漫画を描いている。

 連載が始まれば今度は僕がアシを雇わなくてはならない。考える事が山のように降り積もり、正直困っている。


 アシへの差配とネーム、原稿を進めてアニメの監修をしながら単行本も仕上げ烈風先生の凄さに、今になって気付いた。

 今はお子さんも生まれて子育てもしているというのだから、信じられないというのが正直なところだ。


 烈風先生と魔王先生のお子さんは、丁度クリスマスの夜に産まれてた。

 元気な女の子で、名前は烈華ちゃんという。叔父さんと同じ音で文字違いなのだそうだ。如月家は昔から変わった風習があって、名前もそれに沿っているらしい。


 魔王先生も烈華ちゃんのお世話をしているらしく、夜寝なくてもいいという特殊能力が役に立っているそうだ。

 育児は大変というが、夜三時間おきに赤ちゃんが目を覚まして泣くそうなので、夜寝ていても今しんどい僕からは未知の領域にしか感じない。


 魔王先生に漫画でギャフンと言わせるみたいな事を言って、自分で勝手にライバル意識を持っている。

 魔王先生は新天地で連載を再開して絶好調、僕はまだ連載を始める事も出来ず足踏みしており、その差は歴然だ。


 僕は、こちらでちゃっちゃと漫画家になり、あっちで漫画文化の創造をしようと思っている。しかし、理想は叶わず現実は厳しい。


 こちらで漫画家にならなくてもよい。どうせ僕の本番はあっちなのだからと思うが、あちらを捨ててこちらで漫画家として大成しつてある魔王先生がちらついてしまう。

 魔王先生と合わなければ、あちら行きの糸口さえ掴む事は出来なかっただろうが、そんな恩人とも言える人が今は僕の道を阻むのだ。まあ、正確には何も阻んでなどいない。僕が勝手に捕らわれているだけだ。


 魔王先生を些細な存在と思おうとした。紙の雑誌から電子版に逃げた存在だと自分に言い聞かせたりもした。

 しかし、僕は魔王先生を知ってしまっている。電子版での連載再開にどれだけの事を費やしたのか分かっているのだ。

 魔王先生が僕にしてくれた善意の数々を忘れる事も出来ない。何の得にもならない事を僕に懇切丁寧に教えてくれたし、僕の事を理解してくれる数少ない人だ。


 今は頭の中でぐるぐる回ってもどうしようも無い状態だ。頭の中から外へ出す作業、理想を現実にする行動をしなければならない。


 そんな訳で僕は今人を待っている。


 連載する為にしないといけない事の一つアシ探しだ。編集さんが一人探してくれたので一度会社で会った人を、今は自宅で待っている。


 アシ候補の人は珍しく海外出身の方だった。名前はアンさんと言う。漫画文化に興味のある海外の人は多い昨今だが、仕事として漫画に関わる人はまだ珍しい。

 キャラやメカといった部分は無理そうだったが、僕の苦手な背景は得意そうだったので、いい分担が出来そうだと思った。


 アンさんからの確認事項として仕事場を見たいという申し出があった。確かに知らない男の家に何の情報もなく働きに行くのは嫌だろう。そもそも二人きりで暫く働く事は大丈夫なのか聞いたがそれは問題無いらしい。僕は自己紹介で男である事を説明したのだが、冗談だと思われたのだろうか。


 予定の時間通りにインターホンが鳴る。カメラ越しにアンさんの姿を確認出来たのでオートロックを解錠した。暫くすると靴音がした。スニーカーで外廊下を歩くギュッギュッという音が迫ってくる。

 玄関ドアを開けて待っているとアンさんと目が合った。その青い瞳は僕よりも高い位置にある。僕がやや背が低めという事だとしてもアンさんの背は高い。


 部屋に招き入れドアが閉まり、僕が部屋に案内しようと背を向けるとドアロックの聞き慣れた音がした。


 途端に僕は廊下に押し倒され腕を関節技のような感じで押さえられた。


「声を出すな」


 冷淡な声が響く。声を出そうにも押さえ込まれて呼吸も苦しい。しかも、力で振り解く事が不可能と感じる程にしっかり固められている。


 突然の事で動揺したが、幸にしてこの部屋は僕の部屋だった。魔王先生に習ったあちらの技を何度も試した事のある特殊な空間なのだ。

 限定した場所だけで発動出来る特殊能力が僕にはある。限られた空気における現実の改変が可能なのだ。


 レイブレード。アニメウィンダムに登場する主人公機のメイン武器である。ただし架空の武器だ。しかし僕はこれを現実改変して手にしている。

 誰かがいる状況で発動するか不安だったが、どうやら問題無いようだ。


 レイブレードはエネルギーをコントロールする事で如何様な形にもなる兵器だ。

 極められている手から相手のみぞおち目掛けて棒のようにレイブレードを発現して二人の距離を離す。同時にレイブレードを紐のように変形させ、相手の体を縛り上げる。


 レイブレードの強度を確認した事は無かったが、どうやら人力では破壊不能なようだ。設定通りで安心した。


 縄での縛り方など知らないので数に物を言わせて、蜘蛛の巣のように相手を玄関ドアに縫い止めた状態だ。


「なんですかいきなり。身に覚えが無いんですが」


 僕の言葉を相手は冷静に聞いている。脱出は諦めたようだが何か手を打っているのかもしれない。とりあえず誰か応援を呼びたいが警察に相談しずらい状況だ。そうなると僕の事情を知っていて一番頼もしいのは誰か。答えは一つだ。


 とりあえず烈風先生に連絡する事にした。携帯端末を取り出して電話をかけようとした。


「待て!止めろ!!」


 縛られた相手が突然声を上げた。どうやら連絡されたくないらしい。


「それを聞いて止めると思いますか?」


「分かった。事情を話す」


「それが時間稼ぎでは無いと証明出来るんですか?」


「証明は出来ないが、私は君に危害を加える気は無い。君が何処ぞに連絡すれば君に危険が及ぶ可能性がある。これは事実だ」


 僕の殺害が目的ならばアシスタント候補になって自宅に来るような事はしないだろう。そうなると僕の身柄が重要という事になる。

 だが、理由は全く分からない。唯一あるのだとすれば、僕があちらを知っているこちらの人間だという事だ。しかし、このアンという人があちら関係の人ならば、僕が現実改変を使用する可能性も分かっていたはずだ。今のままでは確かに情報が足りない。


「僕の身柄がどうして必要なんですか? あなたが今おかれている状況と関係ありますか?正直に答えて下さい。でなければ連絡します」


「この、私が捕縛される状態は想定外だ。正直、何をされているのかも分からん。君の身柄についてだが、秘密裏に協力してもらいたい事があったので強行した。端的に言うと時間が無い。君に説明し納得してもらってからの協力ではチャンスを失う。故に強制的に協力させるつもりだった」


 何やら僕の知らないところで、僕は何かに巻き込まれたようだ。


「協力ってなんですか? 僕は漫画描くくらいしか出来ませんよ」


「君の能力を欲している訳では無い。まあ、正直に言うなら私を捕縛する力があるならそっちで協力してもらいたいがそれは別だ。君の状況が私のいや、私達の力となるのだ」


 僕の状況に何か特異な事があるのだろうか。いや、これはきっと僕単独では理解出来ない何かがあるのだ。僕の存在が何かを大きく動かすのかと思うと、少し気分が高揚してくる。


「僕に何があるんですか? 端的に言って下さい」


「いいだろう。どうせ聞いてもらうつもりだった。君は如月の者と関係があるな?」


 如月。烈風先生と魔王先生の家名であり。古くからある一族という事しか知らない。烈風先生の実家は格闘技の道場だとは聞いている。しかし、それ以上の事は知らない。


「確かに知っていますけど、それが何なんですか?」


「君は如月がこの国を支配していると聞いたら信じるか?」


「そんな訳無いでしょ」


「そうか、だが事実だ。如月の目と耳は何処にでもある。私達は何も出来ない。しかし、今君の所属する出版社には如月の影は無くなった。理由は知らんがな。そこで如月を知る者として君の存在が知れたのだ。君には些細な情報でも、如月の事であれば私達には変え難い価値となる」


 烈風先生、魔王先生の事は良くは知っているが、この人は一体何が知りたいのだろうか。


「そんな事を知ってどうするんですか?」


「どうもこうも無い。君は単一の一族が国を支配している事が通常だとでも思うのか? 私達はそれを正す。如月の解体、それこそが私達の目的だ」


 何だか壮大な事になっている。正直、烈風先生や魔王先生がこの国を支配してはいない。そうなれば怪しいのは烈風先生の実家だ。しかし、烈風先生のお母さんの鏡華さんもただ優しい人だった。一体如月家に何があるのだろう。


「でも、初手から躓いたんでしょう? そんな事で大丈夫なんですか?」


「想定外ではあるが、いい意味での発見もあった。段取りとは違うが良い方に進めるかもしれない。どうだ? 私の拘束を解いて私を返してみないか? そうして私をアシスタントとして雇うんだ。そうすればこれまでに無いほどに如月に接近した情報網が構築出来る」


「それに協力する意味が僕には無いんですが」


「私達は国家に繋がる者だ。報酬は如何様にでもなるぞ。それに君はアシスタントを求めているのだろう? 私はそれなりに使えるし費用は事実上0にする事が出来る。うまい話では無いか?」


 正直怪しい。しかし僕は超常の存在がある事を知っている。今さら国家の闇だの何だので驚きはしない。


 僕は僕にしか出来ない何かをずっと待っていた。努力もしたが扉は開かなかった。しかし、出会いによって扉は開く事を知っている。


「うまい話には裏があるんでしょうけど、そうですね。アンさんの背景には結構期待してますので、その話受けましょう」


 僕は僕にしか出来ない漫画を始める事にした。

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