魔王の神様14
神夢々先生が海外生活中に起業した漫画復活事業では、復活の為に出資者を募る仕組みだ。
単純に本を出すだけならば原作者本人の持ち出しも可能だが、連載復活となると出資者を2000人集めなくてはならない。
そうして集めた出資者が読者となり連載が始まり、月刊連載を1年継続した後、出資者に翌年の継続を問う。
出資者が2000人を割れば連載を終了し、2000以上であれば継続する、そんな仕組みなのだ。
本人の望まぬ形で連載終了した漫画描きにとっては夢のある話だ。
だが、現実はそこまで甘く無い。出資者2000人のハードルは高いのだ。
神夢々先生自身が、たった一巻で終了した漫画、ショッキングムーンの復活を自身の事業で問うたのは、元アシスタントの鏑矢さんの強い後押しがあった為だ。
「こ、これは一体?」
ショッキングムーンの出資者数が爆伸びしている。しかも、これはモロ運営側の漫画なのだ。
「おうよ、魔王。お前さんの思った通りよ。こいつは世に言う不正票ってやつだぜ」
神夢々先生の口から意気揚々と赤裸々に不都合な真実が語られる。
「これは不正票などではな無い!何度言ったら分かるんだ」
鏑矢さんが怒り気味に口を挟む。
「ま、俺は好きなタイプの不正だから気にいってんだ。どうだ?魔王もやるか?」
「不正では無い。特定の層に訴求したまでだ。出資者は興味を持って集まったのだ。何もやましい事など無い」
神夢々先生はニヤニヤと鏑矢さんを眺めている。
「あの、結局どういう事なんでしょうか?」
私に真偽は分からない。運営者のトップである神夢々先生ならば水増しする事は可能だろう。だが、私の知るこの人は漫画の価値を落とすような事はしない。いや、漫画の価値を上げる事しか頭に無いのだ。
「ショッキングムーンを翻訳し、海外のSF好きクラスタに売り込んだのだ。至って普通の広報活動だ。まあ、SF好きは珍妙な集団だからな、半端なモノでは食いつかんがこの漫画であれば部分的にでも反応するとは思っていた」
「だがよー。うちに登録のある漫画の広報活動なんか何もやってねーのに、俺の漫画だけやるなんざずりーよな。だが変人ばかりの集団に売り込んだって聞いて、おもしれーからアリにしたけどな」
「私は言ったはずだ。ショッキングムーン復活の為には何でもやるとな」
鏑矢さんの神夢々漫画にかける情熱は異常と言っていい。それは昔から知っていた事だ。金融系で将来有望だった道をあっさり捨てて神夢々先生のアシスタントになった人だ。しかも最初は漫画の描き方など何も知らなかったらしい。
「なるほど、ひとまずショッキングムーン復活おめでとうございます」
「んな事言ってる場合かよ。魔王の漫画はまだ蘇ってねえんだぜ。どうすんだ?そっちも鏑矢っちに任せるか?」
それは自分の漫画が復活出来るなら嬉しい。誰かに頼る事は悪い事ではない。私は連載時代には編集の曲川さんに頼っていたのだ。
だが、今回はどうだろうか。既に四天王が動いてくれていたりするし、何より復活の為にまだ自分が何もしていなのが気になっている。
誰かに頼るにしても、まず自分で動いてからにしたい。まだ今では無い気がしている。
「確かに魅力的な提案なんですが、まだ私は何も出来てはいません。復活するにしてもどう連載していくのか、まだ何も考えていない状況です。ですから、私が再び歩み出してからそれでも必要ならば助けてもらいたいと思います」
私の言葉に、神夢々先生が膝をピシャりと打つ。
「かあ〜バカ真面目だねぇ〜。だがそこがお前さんのいいところだね。自分で考えないと気が済まない性だ。そんで捻り出した魔王の考えってのは中々侮れねぇんだよな」
「自身で出来るならそれに越した事は無い。必要ならば頼れ」
神夢々先生と鏑矢さんは私を心配してくれたのだ。昔漫画を一緒に描いていた時代を思いだす。あの頃はただただ目の回るような忙しさだったが、それでも二人の存在は頼もしく確かな物に感じていた。
「そうですね。私は遅筆ですから、まずは描いてから考える事にします」
今日二人に会えて良かった。何をするべきか再認識出来たし、何より大好きな漫画であるショッキングムーンの復活を知る事が出来たのだ。
―――
仕事場で原稿に向かい合うと思う。やりたい事は無限にあるのに、漫画という形にするのが難しい。
結局のところ漫画が面白いかどうかは読者が決める。私の元にある原稿が面白いのかどうかは分からない。勿論、自分では面白いと思っている。しかし、世に出して読者に受け入れられるかは誰にも分からないのだ。
時間はあるので何パターンも描くが、そうなるとどれが一番いいのか自分では分からなくなる。こんな時に編集者がいればと感じてしまう。
誰かの意見が欲しい。ただ、烈風先生や菅田氏には聞けない。二人は同業であり、結果としてライバルになるのだ。
漫画描きが連載しているときあまり意識しないが、実際は漫画を買うという層の中で読者を取り合っている。
連載を勝ち取る為にもがいている漫画描きは、このライバル構造を強く意識する。私も今の立場になって久しぶりにこの感覚を思い出した。
連載という枠に収まる為にどうするのか、これは編集者が漫画描きを選別する。いかに読者が取れる漫画を描くのか厳選されるのだ。そんなとき漫画描きは思うのだ。既に連載してる漫画描きよりも自分の方が面白いのを描けるのにと強く思う。
私は自分の漫画の復活をかけての活動をしているので特殊だが、それでも既に描いている人々に負けまいと思ってしまう。
そんな訳で自分の漫画の良し悪しを他の漫画描きには相談出来ないのだ。
自分の原稿を眺めていると視界の端に一冊の本が見えた。烈風先生がスパピンの二次エロ同人として作った本だ。
何となくその薄い本を手に取る。再度読み返して見ても抜群にエロい。しかも原作過去をでっち上げる手法も見事だ。これを週刊連載しながら、合間にコスプレ衣装まで用意していたのかと思うと、その才の大きさに押し潰されそうになる。
内容は見事だ。しかしスパピン原作者の私であれば絶対にやらない事もやっている。
烈風先生が全力を持ってスパピンを真似ているのだと言う事が分かる一冊だ。
烈風先生は漫画を描く事について言っていたのを思い出す。自分の漫画は既存漫画の真似の結集なんだそうだ。分からないようにいいと思うところを借りて来ているらしいが、それを判別出来る人はいないぐらいにオリジナルになってますよと思ったものだ。
あの烈風先生でさえ真似だと思って漫画を描いている。私だってスパピンは神夢々先生の漫画を自分なりに結構パクって描いたものだ。
いつの間にパクリが自分の物になった感覚はあった。結局描いている神夢々先生と、読んでいる私では全く別の思考なのだと思って割り切った。
また自分の原稿を見る。自分だけで考え無くてはという考えが先行して、面白さに思い切りが無い。
私は再始動の岐路に立っているのだ。なりふり構わずやらなくてはならない。
私の連載の原点なんて結局はパクリで始まった物だ。ならば今もそれでいいのではと思えて来た。




