魔王の神様12
あれから一週間ばかり経ったが特に何も起きていない。世界に対しての魔王宣言をした訳だが、こちらで話せば心の中の中学2年生を絶やさぬ痛いおっさんだ。
ヒグチ氏から何かあるかと思ったが何も無い。ヒグチ氏にとっても看過出来ない事があった訳だから、いきなり襲撃の可能性もあった。
季節はじわじわと寒さを強めているが、私にはこの肉の鎧がありまだまだ汗をかかない日は無い。
烈風先生宅に住む私は、衣食住が確保されている。その資金の全ては烈風先生からであり私はヒモのような実家暮らしおじさんのような状態だ。
当然住まわせて頂くのだからお金を入れる話はしたのだ。しかし、烈風先生に断固反対されてしまった。生活費にお金を払うならスパピン復活に使って、成し遂げてから言えとの事だ。
烈風先生の勢いから、スパピン復活にも出資させろという感じなので、私が生活費に切り込める隙は無い。
そんな日々なので近くのコンビニで買い物をする事が多々ある。自身の金で自分の物を買う感覚を忘れぬ為、後はジャンクな物を食べる為だ。
食事は烈風先生のお母さんである鏡華さんが全てを担当している。これについても完全にお任せして引け目を感じている要素であるのだが、鏡華さんの料理は今まで食べた何より美味い。
烈風先生が大食であるのはよく知っているが、それを満足させる鏡華さんの料理スキルも凄い。プロとして何処かの繁盛店に入っていたのではという手際だ。
鏡華さんは私も如月の一員なのだからと、遠慮を必要としない態度で接してくれるが、そこにどっぷり浸かってしまう事の罪悪感が頭の片隅でチラつく。
こうして発生さた行き場の無いストレスをコンビニフードで解消している訳だ。
「あ、魔王先生じゃないッスか。久しぶりですね」
外で聞く自分に向けての若く甲高い声にビクつくが、直ぐに声の主が菅田氏であると分かった。
若さ故の絶妙に肌面積の多い服装にドキリとするが、彼は間違い無く男子なのだ。一目見て菅田氏を男子と見抜くの難しいだろう。
「菅田氏も買い食い?」
「そうです。秋っほくなると急にお腹減りません?」
菅田氏はお菓子の入ったコンビニの袋を振って見せた。
「空腹というよりは私はコンビニフード好きだから」
「そんな事言ったら鏡華さんに怒られますよー。鏡華さんのごはんめちゃめちゃ美味しいじゃないですか。前もアシに差し入れしてくれたんですけど、ただの塩むすびに感動しましたもん」
何か心を読まれたような気がしてモヤっとする。烈風先生にはいつも筒抜けなので、遂に菅田氏にまで読心されるようになったのかと思い。自身の自制の無さにイライラしてしまう。
「鏡華さんといえどもコンビニフード作るのは無理でしょ。だからこれを買って食べる事は合理的なの」
帰る先は同じ二人なので、なんと無く駄弁りながら歩く事はよくある。だからいつもの調子というのは良く分かっているが、菅田氏が珍しく足を止めた。
「なーんかあったっぽいですね。あの一週間くらいいない時期に何かあったんですか? 僕でよければ話聞きますよ」
私も思わず足を止めてしまった。
誰かに相談して解決する問題でない物ばかりが転がっている。私がなんとかする問題ばかりだが、どうも上手く進んでいない気がしている。
相談では無いが菅田氏には言っておかないといけない事が一つあった。
「うーん。相談ではないけど菅田氏には伝えないといけない事が一つあったよ」
「何です? 愛の告白ですか? 駄目ですよ。烈風先生相手に浮気したら多分魔王先生でも命は無いですよ」
「いや、そういう話では無くて、あっちの話だよ」
菅田氏はコンビニ袋をガサガサしてチョコ菓子を開けてこちらに差し出した。
「なんか長くなりそうなんでどうぞ」
私は何となく強制力を感じてお菓子を受け取った。
「別にそんな長い話じゃないけど、ほら、ちょっとあっちともめてた時期があったんで、もう仕方無いから関わる事にしたんだよ。と言ってもあっちで何かやる訳じゃなくて、私が思うやり方で進めるか、私をぶん殴って分からせてからそっちのやりたい事を強制するかのどっちかにしろって言っただけなんだよ」
「なんかその話に僕出てこないですよね」
菅田氏は少し機嫌が悪い感じだ。
「いやー、私が勝手した分、私の関係者としてあっちに認知されてる菅田氏にも迷惑がかかる可能性があるので、それを説明したくて」
「それを聞いて僕はどうしたらいいんですか? あっちの人に僕は無力なんでしょ? 何かあったら魔王先生に助けを求めろって事スか?」
「そこは菅田氏には手が回らないようにしてるし、何かあっても助けるから」
菅田氏がチョコ菓子をバキッと歯で砕く。
「分かりました。魔王先生が僕の事を子供扱いしかしていないと言う事がよーく分かりました」
「いや、子供扱いというか私のせいだから私が何とかするしかない訳で」
「僕があっちに行きたいのは僕の意思です。あっちに目を付けられていても関係無い。僕はあっちでやれる事が決まればあっちに行きますよ。そんな僕を魔王先生は止めますか? さっきの話では止めるんでしょう。そして僕があちらに行く事は今現在は叶わないんですね?」
こちらでの私の関係者にはあちらの者から手出し出来ないようにしているのは事実だ。そしてそれは菅田氏があちらに渡る事が出来ないと同義だ。
「確かにそうだが。今だけだよ」
「僕の意思とは関係無く僕の意思決定がコントロールされているというのが子供扱いだと言っているんです」
普段から穏やかな菅田氏が珍しく言葉を荒らげている。しかし、菅田氏は私の大切な人達を守る行為に是非など無かった。
「私の独断ではある。だけどそれは菅田氏にだけじゃない。私を知る人達は等しく守ってある。別に菅田氏を子供扱いしたからという訳ではないよ」
「魔王先生が引けないの分かります。僕達を思っての事なんでしょう。だから僕はこの問題の解決方法を知っているんです」
「問題解決って何を?」
「見ていて下さい。僕は僕の強さを魔王先生に証明します。そうなれば魔王先生は僕を守る必要は無いでしょう。だから、ここからは僕と魔王先生の勝負ですね。いや、一方的に僕が挑むのか」
菅田氏は何かの決意をしたようだが、私には何の事かさっぱり分からない。
「一体何をすると…」
「まずは漫画で魔王先生をギャフンと言わせてやりますよ」
私はこんな道端に似つかわしく無い大きな宣言を聞いた気がした。