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魔王の漫画9

 あの夜以降、菅田氏は私の家に来ていない。


 元の鞘に戻ったという事であれば良かったのだが、そういう訳では無く、単純に私の仕事が忙しくなったのだ。


 漫画描きとしては大きめのイベントである単行本作りである。


 私にとって漫画を描く事と本を作る事は全く別の思考なのだ。

 担当編集は、あの曲川氏であるから、単行本を売る為の仕込みに余念は無い。

 ただ、私の漫画のような細い連載では、大々的な予算を掛ける事は出来ないので、その分私の作業でカバーする事になる。


 曲川氏の言っている事は理解出来るし、私が単行本でやりたい事もやらせてもらえるのだが、とにかくやる事が多い上に、慣れ無い事もしなくてはならない。


 そんな感じで、菅田氏の来訪は待ってもらいつつ月日は流れて、季節はすっかり秋になっていた。


 菅田氏とは電子的な連絡は続いており、頻度は落ち着いたが、異世界への熱量は変わっていない。


 私の仕事も落ち着いて、久しぶりに菅田氏が来訪する事になった。

 いつものように、こちらに来る時間だけが指定されて、私はそれに簡単に返事をした。


 大体、いつもくらいの時間にインターホンがなり、いつものように玄関扉を開いた。


「お前か?魔王とか言う漫画家は?」


 背の高い金髪の女性が玄関からずいっと入ってきた。


「ふわぁ!?」


 突然の出来事に変な声が出る。


「ちょっと顔貸せ。直ぐに出ろ」


 上から頭を鷲掴みにされて、低い声で促される。これは、明らかに暴のレベルの高い方の雰囲気だ。

 暴力沙汰に巻き込まれた事はないが、相手から発せられる威圧が私の心を萎縮させる。


「今、ちょっと、忙しくてですね。その、また後日ではいかがでしょか?」


 掴まれた頭がギリギリと圧迫される。


「うちのもんに手え出して、その言い草か。いいから来い! 直ぐに終わらせてたるわ」


 怒気の混じった声が、私の思考力を奪う。今はこの状況が変わりさえすればいいと心が逃げ出す。


「はい…、直ぐに行きます」


 私は謎の人物に付いて行ってしまった。


 ――


 軽自動車の助手席に乗せられた私は、無言のまま何処かへと運ばれている。

 外は大分暗くなってきたので、何処を走っているのか分からないが、人気が少ないヤ山の中に入って行っている事は分かる。


 運転している女性は、ラフな感じであるが、社会人という服装だ。

 漫画の資料でよく見る、働く女性が会社に来ていく服といった装いだろうか。


 少なくともカタギの方であると信じたい。話の流れと家に来たタイミングから、菅田氏の関係者の線が濃厚だ。

 お姉さんかお母さんか、またはあちらの出版社の日だろうか。


 今の沈黙が辛すぎて、相手に素性を確かめたりしたいが、しゃべるなのオーラが強すぎて、何も言えない。


 無言の空間に軽自動車とは思えないエンジン音が鳴り響いていた。


 ―


 山の中にある何かレジャー施設的な駐車場に車は止まった。

 オフシーズンなのか廃業しているのか分からないが、他に車は無いが、バイクがやたらとある。


 少し離れた場所で何人かの人が集まっており、車を見るなり1人が寄って来た。


「アキ姐さん!ちゅーす!」


「お前らか。あんまたむろしてっと捕まるぞ。ゾクはゾクらしく走りにいけよ」


「姐さんが来たって事は、今日はポリいねんすね。頭数揃ったらウチ行きますんで、お邪魔はしませんよ」


 明らかなレディーストークに私の緊張感がマックスになる。間違い無くここは死地だ。


「降りろ」


 そう短く伝えられ私は急いで車を降りた。


「来い」


 そう言って指が示した方向には、街灯の下に外置き用のプラスチック椅子がポツンと二脚あった。

 姐さんと呼ばれた人は、椅子に座ると煙草に火を付けた。


「座れ」


 指示されるまま、対面に座る。


 向かいの女性は明後日の方向を見ながら紫煙を燻らせている。


 また、謎の無言時間が始まる。苦痛に満ちた沈黙に思わず喉が鳴る。


「お前、何で呼ばれたか分かってんのか?」


 鋭い眼光がこちらを向いて、沈黙を破った言葉に思わず反応してしまった。


「はい! 菅田氏の件ですよね。ただ、私と菅田氏は友人同士なだけであって、そちらのお仕事に影響のある事は何も無いと言いますか、とにかく健全な仲なんです」


 今まで心の中で練っていた弁明の言葉の表層が一気に溢れ出る。


「菅田氏が烈風先生のアシスタントである事は理解しておりますし、私がそれを阻害したり、ましてや引き抜きに類する事も一切しておりません」


 向かいの女性は、早口に語る私を静かに見ていた。そして、吸い終わった煙草を携帯灰皿にしまって、ゆっくりと腕を組んだ。


「俺は如月烈風先生の担当編集の泉野だ。菅田は成人しているとは言え、まだ若い。それを親御さんから預かって仕事してもろうとるっちゅうのは理解出来るな?」


 よし!相手の正体が分かった。やはりあちらの出版社の人だったか。これで穏便に事が運ぶ。


「泉野さん。それはもう理解しております。菅田氏に関しては私も丁重に接しておりますし、そちらのお仕事に関わる事は聞いておりませんし、こちら側の仕事に関わる事も同様です。あくまでプライベートでの友人関係であり、その領分を超えるような事は一切ありません」


 私の言葉を聞いて、泉野さんが鞄から何か取り出した。

 それは見間違う事も無い、私の漫画の第一巻であった。


「これはお前が描いている漫画だな。漫画の内容は作者の創作であり出版社が許容した物であれば世に出る。これをとやかく言うつもりは無さねぇが、漫画の内容には作者の品性が出る。これは間違いない」


 あ、不味い。私の漫画はジャンルで言えばSF日常系コメディであるが、その根底には間違い無くエロスがある。


「漫画の内容と作者のリアルには、因果関係は無いと思いますけどね」


「ごちゃごちゃ御託を並べる気はねぇ。ようはお前がうちの菅田にその獣欲を向けてねぇのかって事だ! 俺はお前からはエロ豚の匂いしかしねぇと思ってる!菅田が男でも関係ねぇ!お前は全方位ド変態エロ豚魔王だ!! 」


 う、中々に鋭い。確かに私の2次創作は全てエロだ。だが、それは愛故の暴走。他の神々が作りし世界の不可侵性故に、愚かなる読者が持つ背徳感。神が居れば悪魔があるのは当然の摂理なのです。


「わ、私は二次元と三次元は区別出来るのです! 確かに私の漫画の根底はエロス。しかし、それをリアルに持ち込んだりはしない。それを証明する為に、菅田氏と今後は会ったり連絡を取らなくても結構。なんなら泉野さんの管理下に置いてもらってもいいんです」


 菅田氏は嫌がるだろうが、これが一番いい未来になる。恋愛沙汰ではないが、菅田氏が私に近付き、あちらの世界に近づくのは避けたい。

 問題は、いきなり禁止しては菅田氏が暴発しかねないかという事だ。これは、泉野さんと相談して、いい感じの距離感を作ってもらうのがいいだろう。


「言ったな豚! ならば、念書を書いてもらう。それで手打ちだ」


 なんか、反社の人とのやり取りみたいたが、それで納得するならそれでいい。


 泉野さんが立ち上がったという事は、この暴力空間から解放されるという事だろう。


 そんな開放感が少しだけ出てきたところで、辺りが少しざわざわし始めた。

 どうやら、誰かがこちらに向かって来ているようだ。

 しかし、車やバイクの駆動音はしない。


 小さなライトが暗い道を高速で迫って来る。この音はまさか自転車?


 高速の自転車は、少し登り坂になっている場所をジャンプ台にして、一気にこちらへとすっ飛んできた。

 着地した自転車がサークルを描いて華麗に停車する。


「なんしょんならーーー!!!」


 自転車に乗った上下ジャージの中学生のような少女は、謎の言葉を放った。

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