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魔王の神様10

 いつの頃よりか人は自分の住む環境に干渉出来るようになる。

 絶対に動かせないと思っていた物が動かせるようになると、人は一つ先の段階へと進むのだ。


 だが、人はそう単純には変わらない。進むと同時にこれまで足元にあった問題を忘れるのだ。忘れるからこそ進めるのだが、あった問題は無くなりはしない。


 蓄積した問題は大きな流れの中で無き物として扱われる。人が火を得て闇を照らすようになったとしても、闇は無くならない。いずれ全ての火が無くなり全てが闇に帰ると知っているのに、今誰も闇の事を気にはしないのだ。


 闇を照らす事が当たり前になった世界は、光の中で何をするしか考え無くなる。誰かが闇を照らす事をしているなど思わなくなる。光はあって当たり前なのだ。


 闇を認識しつ闇を背負う者が前魔王だった。


 私は魔王などやりたくなかったから逃げ出した。誰か一人が背負うのはおかしい。皆で分担すればいいじゃないかと、その責を放り出してきたのだ。


 たが、世界はそれを拾わずに私に拾えと迫ってくる。


 どうするのか、答えは無かったのだが、一つのヒントを得た。

 人は意図せずに問題を拾い解決に向かう事がある。それぞれ別の方向へ向かっていた者達が、切実さから一つの大きな答えに辿り着くのだ。


 これは個が全てどうにかしなければと感じなければ起き得ない個なのだ。


 私はコレを世界に強いようとしている。世界は私を恨むだろう。


 私は烈風先生を見た。彼女は私を恨むだろうか。生まれてくる我が子も私を恨むだろうか。


 烈風先生は私の視線に気がついた。


「不安という顔じゃの。今ある何かに対してでは無いの。先の事を憂いておるのか?」


「烈風先生は私のせいで漫画が描けなくなるとすればどうしますか?」


 思わず烈風先生の問い答えず、訳の分からない事を聞いてしまった。


「そうじゃのう。わしはこの子を授かって漫画を描く手を一回止めた。わしが望んだ事じゃが、魔王のせいで漫画を止めたとも言えるわな。そんなわしが漫画を描いていないとき何を考えてたと思う? 一つ言うておくが誰かを呪うような事ではないぞ」


 烈風先生の容姿は年若い未成年にしか見えないが、その相貌に宿る光は先生と呼ぶに足る物だ。

 初めて直接お会いした、あの夜の寂れた駐車場で見た瞳と今で何も変わっていないのだ。


「正直、烈風先生の考えは分かりませんが、私ならばそう次に描く漫画を考えたでしょう。実際スパピンが終わるとなってから考えたのはそれでした」


「いい答えじゃの。わしが思うたのは一つじゃ。次描くならどうしてくれよう、じゃな。長く描けんかもしれん。じゃがいつかわしは描く。そんときにどうするか。そんだけは考えた。後は何も考えとらん。わしの欲しいもんは全部手に入ったからな」


 烈風先生はニシシと笑う。その笑顔はやはり少女のあどけなさがあった。


「烈風先生。7日時間がほしいと言ったら信じて頂けますか? その時間で世界とケリを付けたいと思います」


「何処ぞの創生神話のような事を言うのう。ええじゃろ。わしとこの子の事はわしに任せい。一週間じゃ魔王がおってもおらんでも変わらん。その代わり戻ってきたらしっかりスパピンの続きは仕上げるんじゃぞ」


 バシっと肩を叩かれて、許されたのだと分かった。


「ありがとうございます。行ってきます」


 ――


 世界を渡るのは一瞬だ。烈風先生の家の防音室の扉の先は私が捨てた世界だった。


 世界を渡った事を隠す事もせず私は目的に向かって移動した。


 まずは観測所で世界の状況を確認する。


 観測者達からは称賛の声で迎えられる。以前に菅田氏と烈風先生とで来た際には存在を隠していたので、こんな事にはならなかったが、今は気付く気付かないにかまっていられない。むしろ私の存在をやる事なす事を見届けよと思う。


 前魔王が残した観測網は優秀だ。世界の状況がよく分かる、が、細かい事はこれから現地で調べねば分からない。


 世界はそれぞれ色々な形式で隣接している。繋がりの深い世界同士を四種の属性に分けて考える事を世界束と呼んでいる。

 東極、西極、北限、南限と四方極限に考えるのが一般的だ。


 烈風先生達の居る世界における宇宙とは、こちら側からすると複数世界の混合体なのだ。

 世界を本に例えるならば、宇宙とは全てのページと文字をバラバラに散らした状況なのだ。無限に広がるように感じる宇宙も、世界としてまとめれば数冊の管理されたシリーズ本という訳だ。


 全くもって浪漫が無いと思う。宇宙戦争や無限に広がる恒星系に異星人といった物は存在しないのだ。フィクションに劣る現実の宇宙、それが世界論によってもたらされていると言っても過言ではない。


 私が観測したいのは極限の状態だ。世界束を構成する極限は目には見えない。認識の奥、世界の裏にあるのだ。

 特定の世界からしか渡る事の出来ない極限は、前魔王の残した最大の秘密なのだ。


 世界人達は、極限に干渉して様々な世界運用をしているのだが、極限自体の仕組みを分かっている訳ではないのだ。

 前魔王は極限の管理維持を一人でしてきた。私は極限の仕組みを一つ紐解いて、その解説と今後の運用を世界人達に任せた。

 しかし、誰も極限に触った気配は無い。前魔王のように極限管理者が現れるのをひたすらに待っただけなのだ。


 私はそんな世界人達にまんまと釣られた訳だ。極限管理者の座を任せて、自分達は光の中だけでやりたい事をやりたいのだそうだ。


 それが世界人達の総意ならば私も極限管理者を受けてたとうと思う。ただ、私がこれからやる事は、世界人の求める事とは真逆なのだが。


 ――――


 極限は無限の如く広く認識出来ない程に曖昧で複雑だ。しかし私には単純に感じる。


 私には世界を砂粒の集まりと認識出来る能力がある。どこが境界でどこが存在なのか、それを砂粒のように単純に触れるのだから、それが極限だろうと世界だろうと関係無い。

 それ故に、私には極限や世界といった物への興味がまるで無いのだ。

 唯一興味があったのが、人が無から生む有だった。だから漫画は私にとって最高の存在なのだ。


 砂粒を触るだけの退屈な時間が過ぎた。単調なそれでいて膨大な作業は人の精神を蝕む。

 前魔王が誰に知られる事無く一人で担当し、私に認識されてショックで絶命した気持ちが分からなくもない。


 私は極限を私好みに変更した。極限を変えても世界には何の変化も無いのだから笑ってしまう。

 恐らく、この先極限の変化を全く認識せずに生を終える生命は数多くあるだろう。だが、変化の分かる者にとっては驚愕を持って受け入れられるだろう。


 さあ、鈍感な世界に対して私は分かり易く声明を出す事にした。

 こちらに戻って一週間足らず、私は誰とも語り合ってこなかった。皆もさぞかし不安であっただろう。私が極限管理者となるのかどうか、その行く末が気になって仕方がなかっただろう。


 私は汚れた服のまま、何の想い入れの無い瓦礫の前で、何の前触れも無く声明を始めた。

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