魔王の神様8
ヒグチ氏からあちらの世界で世界の選択がなされる事を聞いた。
世界束を一つ消滅させるという選択に納得感は無い。そもそも消える東極世界にある存在が、そんな事を納得する訳が無いのだ。
世界束を一つ消す理由は明らかだ。他の世界束が生き残る為に一つの世界束を燃料に変えるのだ。
それで残りの世界束の問題が暫く解決するだろう。だが、根本的な解決ではないのだ。残りの世界束の中からまた同じような犠牲が必要となるのは明白だ。
そんな事をしていずれ全ての先生束を焼き尽くすつもりなのだろうか。
今の選択に未来が無い事に間違いは無い。ならば何故そんな選択をするのか。
「よう分からんって顔やな」
「うーん、まあ分からないというか、そんな事しても意味はないんじゃないかなとは思う」
「ところが意味はあるんやな。一時凌ぎの一番愚かな選択をする。これの言わんとするのは、餓鬼の駄々やな」
「まさか…」
「そうや。自分らでは無理やから親に泣きついとんねん。自分らは最悪の選択しかでけんから、親に全部やってほしい。奴等はそう言うとんやで」
私が先代魔王から引き継いでしまった魔王業をまたやってほしいとそう言っているらしい。俄には信じられない。
「今のままでは無理でもいくらかの理を諦めればどうにでもなるだろうに。現にこの世界はあちらの理を使っていないのに成立している」
「それは無理やな。こっちでこのままでは世界が滅ぶから石油使うん辞めましょ言うんと同じやで。使い続けても直ぐ滅ぶ訳やないし、何より不便なんは嫌やろ? 一回覚えてもうたもんは辞められんのや」
だからと言って自分達では何も変えずに、誰か出来る奴が管理しろと言うのか。あまりにも不合理で無茶な要求だ。
「それでも私のところにはそんな話は来ていないよ。最近では菅田氏経由で相談出来るはずだし」
「そんな恥ずい事、自分らから言いたないねん。だから子供の駄々なんよ。自分ではよう言わんけど、気付いてほしくて暴れる。なかなかタチが悪いわな」
「なんでそんな事をヒグチ氏が伝えに来たんだよ」
ヒグチ氏は赤く裂けた口から舌を出す。
「ボクの性は知ってるやろ? おもろい事に興味があんねん。魔王はこの難題にどんな答えを出すんやろ思ってドキドキしとんのや」
ヒグチ氏は股に自分の腕を挟んでクネクネしている。
「私が答えを出す問題じゃないだろ」
「気付かん振りしてたらあいつら更に暴れよるで。どうやろな。こっちの世界の環境をいじってきよるんちゃうか?」
そんな事をすれば元に戻すのに多大な無駄が生じる。東極世界を消滅させるが加速度的に近づいてくる。
「私に元の場所に戻れと言うのか?」
「それは魔王の決める事や」
「ヒグチ氏も無関係じゃないだろ」
「ボクは西極世界の担当やから、それなりにやらせてもらうわ。東極世界が消えて一番得するんはウチやしな。ただ、そんな結末はボク的に全然おもんないんやけどな」
ヒグチ氏は、背を伸ばせば天井に頭がつっかえてしまう体躯で見下ろしてくる。
「私に面白い結末を求めても無駄だよ」
「そうかな? まあ、ボクの話はこれで終いや。新婚夫婦の夜をこれ以上邪魔するほど野暮ではないしね。ほなおもろい答え期待しとるよ」
そう言ってヒグチ氏は玄関を出て行った。
時間が正常に流れ出し、外から微かな車の走行音が聞こえる。
―
私は烈風先生宅に戻った。戻るしかなかった。持ち帰った郵便物の中身を確認する気になれず、そのまま烈風先生と夕食を食べた。
烈風先生は私の変化を感じ取っただろう。何も聞かれなかったのは、私に答えがない事まで透けて見えてしまったからだろうか。
あちらの問題は考え無いようにした。今はスパピンの復活の為にどう連載を再開するか考えなくてはならない。
考え無い、考え無い、そんな思考では漫画の事もまとまらない。風呂に入ってもそんな調子だ。
思考を鈍らせていると別の感覚が鋭くなるのか、視界の端に映る烈風先生の肢体に、我が主砲は発射寸前だ。
烈風先生の姿が一瞬消えると、背後から主砲の主導権を握られてしまう。
「迷っておるな」
背後から声が響くが表情は見え無い。
「な、何をでしょうか?」
細い指の感触が下の方から伝わってきて自我が下半身の支配されていく。
「何かは分からんが、わしの指が感じるには、わしに答えのだせん悩みのようじゃな。そうなるとあちら絡みというのが妥当なところじゃな」
「その、隠すつもりは無いんです。ただ、ちょっと規模の大きい悩みでして…」
こうなっては烈風先生に完全に支配されている。
私は密かに思っているのだ。烈風先生は誇張抜きで淫魔であると。
淫魔などどこぞの宗教的伝承がご都合ファンタジーによって曲解されたフィクションの中の存在であると思っていた。
しかし、淫魔はここに居る。断言しよう肉欲を支配し感情を操り精を搾り力を増す存在こそ烈風先生なのだ。
抗え無い。私では決して抗えない存在、それが烈風先生なのだ。
―
辛うじて賢者の時間を得ているが、直ぐにでも次弾装填してしまいそうになるのが烈風先生の魔力だ。
「悩んで答えが出るのであればよいが、そうでないのならば誰でめ頼れ。わしと魔王に答えが出せぬのであれば他の者が答えを出すかもしれん」
そう言って烈風先生は浴室を出て行った。私の賢者時間は辛うじて守られた。
―
答えはあるのだろうか。実は最悪の答えは一つある。私が元の鞘に戻りあちらの管理運営に口出しする事だ。
何も解決していないが、一つ確実な答えではある。
ただ、これだけはやりたくないのだ。興味の無い事に自身を使い歯車となって虚無を感じながら生きるのだ。これほど辛い事は無い。
私があちらに少しでも意義を感じていたらならば、こちらに逃げて来るなどしなかっただろう。現実の私は耐えられなくて逃げたのだ。
答えは私以外が持っているのだろうか。
また、もやもやとしてきたので郵便物を片手間に確認して気を紛らわせる。
郵便物の中に一つ異質な大きい封筒があった。差し出し人は知らない名前だったが、私が前に漫画を描いていたあの出版社経由で届いていた事は分かった。
あの会社とは絶縁状態なので、誰かが手を回してくれたという事だ。恐らくは曲川氏だろう。私の住所に張り替えられたシールのチェックマークに見覚えがある。
郵便物の中身は何かの許諾に関する物のようだ。
中に入っているのは写真数枚と何かの書類だ。
これはフィギア制作に関する許諾書類だ。写真はフィギアの三面図のようだ。なんとスーパーピンクのキャラを許諾してほしいという申し出のようだ。
そう言えば何度か見に行った事があるが、造形氏によるフィギアキット即売会があるのだった。
同人誌とは異なりフィギアキットは二次の場合版元に許諾依頼をする事が多いのだそうだ。
こんな許諾が来たのは初めてだ。連載期間中に来た事など一度も無かった。
しかし、写真の造形物を見て直ぐに誰からの依頼なのかは分かった。
この意匠の拘り具合、切り取ったシーンの内容から、これは四天王の赤石さんからの依頼なのだ。
どうやら本当に四天王はスパピン二次の活動を開始しているようだった。