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魔王の神様7

 曲川氏と会った後日、私は鏑矢さんに言われがまま契約書にサインした。


 神夢々先生や鏑矢さんが色々と動いてくれた上での成果なのであろうが、私は微塵もわかっていないのだ。

 単に人を盟友を信じたと言えば聞こえはいいが、私は契約だの何だのをまるで理解する気が無いのだ。


 あちらから逃げて来た私にとって、自分や他人を縛る決め事は最も関わりたくないのだ。

 故に法に積極的に反くつもりも無いが、賢く従う気も無いのだ。


 こちらに来て積極的に入れた知識は漫画>アニメ>ゲームなのだ。それ以外は漫画を描く為に必要なら覚えたくらいだ。


 神夢々先生、とくに鏑矢さんは私の契約無頓着をよく分かっているので、今回も色々とやってくれたのだ。

 私からすると師と兄弟子なので、この二人に騙されるなら仕方ないと思っている。

 結局、私は二人の力無くては漫画を描くに至らなかった。ならば、私の漫画の全てを預けても問題無いと思っている。


 鏑矢さんの説明では、私の漫画を別の場所で復活させ商売しても誰からも文句が付かないようになったそうだ。

 漫画だけで飯が食えるというのに実に難度の高い事なのだ。私は異世界チートで生活費を圧縮していたが、それでも連載期間中は年2回の同人委託販売が無ければ厳しい状況だった。


 神夢々先生がやっている漫画の復活は、漫画描きが十分な対価を得る構造になっている。つまり、運営サイドの儲けはほぼ無いのだ。


 何故、こんな慈善事業じみた事をしているのかとも思ったが、神夢々先生の顔を見て分かった。この人は本当に本を作るのが好きなのだと。


 ―――


 神夢々先生から言われたのは、スパピンが復活するならどんな内容にするか考えておけとの事だ。


 今は出資者が規定数に到達するのを待つしかないので、漫画描きとしてやれる事をやるしかない。


 烈風先生とお腹の子は順調なのだが、何かあったときに対応できるように烈風先生宅にて漫画の構想を練っている。

 烈風先生が一人で集中する為の部屋だったところを今は間借りしている。部屋の中に一畳ほどのサイズの防音室があるが今は誰も使っていない。


 私の漫画が復活したならば電子版での掲載となる。電子で読み易い形式でありながら、本にしたときに映える構成にせよと、神夢々先生からなぞなぞのようなお題が出ている。

 何にせよ初めての試みばかりなので、正直時間があって助かっている。


 ――


 考えがまとまる事無く夜になってしまった。


 何部屋か隔てた先で烈風先生の漫画が進んでいる気配を感じただけの時間だった。

 微かな音が聞こえるかどうかなのだが、人が動き素晴らしい漫画が作られているという熱気のような物を感じ取ってしまう。


 比較しても仕方のない事なのだが、私と烈風先生のあり様を比べて一人で落ち込んでしまう。


 既に烈風先生の仕事も終わり、熱気は消えており、小さな足音が近づいて来るのを感じる。


 部屋の扉がノックされ時間を置かずに開く。


「魔王よ!見たか?」


「え?何の事でしょうか?」


 烈風先生は携帯端末の画面を見せてくる。そこには私の漫画への出資者数821と表示されていた。


「また増えとる。やはりスパピンの事が分かっとるやつはおるんじゃよ」


 烈風先生は出資者数の確認をいつもしている。仕事中は確認を禁止されているそうなので、仕事終わりはいつもこのテンションなのだ。


「どうでしょうか…。まだ規定の半分もいっていないので、何か宣伝活動をしないといけないのではと思っているんですが、何も思い付かなくて」


 これは誤魔化しだ。本当はまだ描く物が決まっていないので時間がほしいと思っている。今のペースが続いて電子版連載が始まるとなった段階で私は漫画を描ける状態にあるのだろうか。そんな考えが頭を支配している。


「魔王よ。読者はスパピンを待っとる。宣伝は心配せんでもええ。皆、続きが気になっとるんじゃから、魔王のやりたい続きを描いたらええ」


 烈風先生には私の本心が伝わってしまう。故に烈風先生は私に本心を話してくれる。それはとてもありがたいが、時として眩し過ぎる。


「そうですね。私はスパピンを描きます。あ、そうだ今日も家を見てきます。鏑矢さんから郵便物は細かく見ておくようにと言われいるので」


 これは本心であり本当の事だ。今は少し逃げ出したい私の心に合った真実だ。


「そうか。ほいじゃわしは晩めしの用意をして待っとるからの」


「ではちょっと行ってきます」


 私はそう告げて防音室の中に入った。


 扉を出た先は私が漫画を描いて来た家だ。電気の付いていない玄関は真っ暗だが、慣れた手つきで明かりを付けた。


 烈風先生との取り決めで、私の家と防音室を繋いである。何かあっても直ぐに戻れるようにと、限定的に異世界チートを使っている。


 使い古したサンダルを履いて外の郵便受けの向かう。チラシや何やらに混じって大きな封筒がある事に気が付いた。


 とりあえず中身の確認は戻ってからでいいので階段を上がり部屋の続く廊下に差し掛かると、私の部屋の前に誰かがいる。


 暗いので誰かまでは分からないが黒い服を着ている。その風体を思い出しながら部屋へと向かった。


 まだ外気に残るじっとりとした暑さを体が感じ取った。何か感覚が戻ったような気がしたのは、来訪者が私と同郷だからだろう。


 黒地に派手な刺繍のエスニック風な姿、緑の髪に閉じられた瞳は間違い無くヒグチ氏だ。


「やあ、ちょっと用事があるんで寄らしてもろたで」


「ヒグチ氏。今日はあまり時間がないんだけど」


「ボクと君なら一瞬で済むやん? 入ってええ?」


「まあ、そうか。どうぞ」


 部屋に二人で入ると外の音が聞こえなくなる。私とヒグチ氏のいるこの部屋だけ時間の経過が遅くなっているのだ。それでいて私達の動作や認識は通常通りなのだ。言わばこれは時間隔離だ。


「魔王の付き合いが悪くなってボクも困っとんねん」


 ヒグチ氏の瞳は開き緑の宝石のような輝きを放っている。目を閉じいるときは小さく子供のような姿だが、目を開くと2m近い背丈になり体が女性的なフォルムになる。

 この姿が本来のヒグチ氏だ。こちらでこの状態になる事はあまり無い。


「わざわざ時間隔離してまでの話なんだから、あっちの話か」


「そうそう。ミュージックフェスの話もしたいんやけど、それは今度にするわ」


「こっちもフェスの話の方がよかったけど。で、あっちでなんかあった?」


 ヒグチ氏は姿が大きくなった事で丸出しになったお腹を掻きながら笑っている。


「そやねん。ちょっとおもろい事になっててボクもどーしょっかなーと思てん。なんやあっちのやつら東極世界を消すんやてー」


 東極世界とは、私がかつて生まれた世界とそして今私がいる世界を含む508の世界束の総称である。


 私が先送りして丸投げした世界の運用が遂に世界束の削除にまで至ってしまった。

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