魔王の神様5
烈風先生宅に集まった四天王は早々に帰るのだと言う。
というのも、身重の烈風先生を気遣ってもあるが、私の時間を削りたくないのだそうだ。
皆、長く語らうのが好きなのだが、今日は終わってしまった私の漫画をどうにかして終わりにしないという目的があって集まってくれた。故に語るのは次にそれぞれのモノが形になってからだそうだ。
長く漫画を愛して来た者は知っている。漫画はいつか終わる。終われば悲しいが、いつか忘れ熱かった胸の内が冷えている事に気付く。
そうして失われた熱は戻らない。だから皆熱を絶やさないように行動するのだ。
帰り際に赤石さんに問われた。
「魔王様はスパピンの復活という選択で良かったのですか? 拙僧は作家ではないので深いお気持ちまでは分かりませぬが、別の新しい漫画を描くという選択もあったのでなかろうかと思うのです。勿論、スパピンの復活に尽力頂けるのは、拙僧らにとってこの上無い喜び。ですが、作家として新たな作品に挑戦する欲もお有りではないのかと愚考するのです」
そう言われて烈風先生にスパピンの終わりを告げたときの事を思い出す。
目の前の読者を悲しませてしまった。しかも私の最愛の人だ。どうにかしてあげたいと思った。これほど誰かの為に描きたいと意識したのは初めてだった。
漫画が好きで漫画描きになれて私の目的は全て達していたのだと思っていた。
当然、売れた気持ちもあったが、そうならず終わってしまっても悔いは無いと思っていた。
私にそんな熱が入ったのは烈風先生に出会ったからなのだと思う。偉大な漫画描きであるという事は言わずもがなだが、遠慮の無いファンとして迫る烈風先生の熱に、私も以前にそんな気持ちで漫画を読んでいた事を思い出したのだ。
終わり冷えた漫画への気持ちを一瞬だけ取り戻した。
故にまだ熱を持ったファンがいるのに、私がこの漫画スーパーピンクを諦めてはならないと思った。
「赤石さん。私が漫画描きでいられるのは読者があるからなんです。読者に喜んで読んでもらいたい。それが一番なんです。だから考えました。新しい漫画という選択肢も。ですが今の私にはまだやり残した事が沢山あるスパピンの復活、これより良い案は浮かばなかった。だからやるんです」
私の言葉を聞いた赤石さんは親指を立てていい笑顔を見せた。そして颯爽と去っていった。
――
夜には風呂に入る。一人暮らし時代には近くのスーパー銭湯に行く以外は出来るだけしなかった。
自分の肉体と家の風呂のサイズが合っていなかった事もあるが、頻繁に入る必要性を感じなかったからというのが大きい。
今は毎日入る。但し二人で入る。
例の一件依頼、烈風先生は私と風呂に入る事に拘っているようだ。別に嫌だという訳ではないし完全にご褒美なのだが、根強く残った童貞力が私を毎回ビキバキにしてしまう。
我が子を育んでくれている最愛の人に対して、毎回獣心を自制出来ない自分が情なくなる。
二人で入る理由の立て付けも、身重で大変な烈風先生が滑り易い浴室で万が一がないようにとの事なのだが、私が介助する隙を与えない安定感なのだ。
それどころか今日も烈風先生の手技舌技によって私が手厚い介助をされてしまうのであった。
湯船に二人入っても余裕がある程に烈風先生宅の風呂は広い。
「魔王よ。スパピンが無事復活し本が出るとなったら、わしの描いた帯を付けるのはどうじゃろうか?」
「ええ!?、帯を描いてもらえるのは光栄ですが、また気の早い話しですね」
あの有名な〇〇さん絶賛などの帯商法は良く見るが、スパピン復活の場合は事実上受注生産になるので帯は不用だろうとは思っていた。というかまだ本にする以前のところなので、そんなところまで気は回っていない。
烈風先生のスパピン復活に協力したいという気持ちはよく伝わってくる。
「まあ聞くんじゃ。わしは同人用のペンネームでスパピン本を描いた訳じゃ。あれは電子上のスパピン界隈ではそこそこ有名になっとる。というのもエロ同人界隈からの流入があったからなんじゃ。濃いサブカル層にある程度認知されておるから、電子で展開するであろうスパピンの助けになるんじゃないかと思っとる」
烈風先生がペンネーム勇者王の名義で帯を描く事によって集客するという手法のようだ。
確かにあの同人本の電子版は公表で販売数は万を超えていたと聞いているし、今伸びているところなのだそうだ。
烈風先生は本を売る為の方法に長けている。というかこんな方法は私には思いつかないので、漫画に対する如月烈風の所作は天才の域なのだ。
烈風先生の才に当てられた者は誰しも嫉妬するだろう。私もかつて烈風先生の同人本の完成度に嫉妬したものだ。
今は分かる。烈風先生は漫画に対して誰よりも真摯なのだ。故に他の者には到達し得ない知見を持っている。
今の位置に立ち続ける事の困難は、烈風先生を良く知らなければ分からないのだ。そこに至る苦悶と苦悩は想像を絶する。
天才という言葉で片付けてはならない。何千何万という試作思考の先にある存在なのだ。言うなれば矢を受けても決して止まらぬ修羅の如き方だ。
「私には細かい事は分かりませんが勢いのある流れになりつつある事は知っています。もし本になる算段までいけばお願いします。ただし、一般流通しないからと言ってエッチなヤツは駄目ですからね」
「分かっておる。わしがそんなに助平ではないぞ」
これは分かる。嘘だ。私は知っている。多分私だけが知っている。烈風先生はウルトラスーパーファンタスティックエッチなのだと。
――――
スパピン復活の件で神夢々先生に呼ばれた。スパピン復活への出資者は現在400を超えたところでじわじわと増え続けている。
神夢々先生曰く動きは鈍いが悪くない状態なのだそうだ。
「今日は何をするんでしょうか」
「まさか、何も説明していないのか?」
一緒に来ていた鏑矢さんが呆れた顔をしている。
「何も知らねえほうが面白いだろ?」
「今日やるのは交渉だ。しかも半分脅迫紛いのな。知らなければ覚悟もできんだろ」
どうやら何かとんでもない事をやらかすつもりのようだ。
「何も準備してきてないんですが、いいんでしょうか?」
「魔王よ。本を売るにはどうするのがいいか分かるか?」
「え? いい本を作る事でしょうか?」
「それは作家の理屈だな。いいか? 本を売るって事は本を売っていい道筋をつける事なんだな。列車を走らせるには線路や駅もいるがよ、そもそも線路を通す為に色んな奴にどいてもらわなにゃならん訳よ。今日はそれをやる為にちょっとやらかすんだぜ」
この人は言動に反して行動は精密で理論的だ。たが一つ常人からはネジのハズレところがある。
それは無理も無茶もやるとなったら必ずやるという事だ。