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魔王の漫画8

 流れで私の別宅に行く事になった。別宅と言っても、そちらの方が縁が深くて、今の仕事場は近くで安いからという理由で借りたのだ。


 自転車に乗った菅田氏が低俗でついてきている。彼は事もあろうに、ノーパンで自転車に乗っている。

 別にズボンを履いてのだから、何の法にも触れてはいない。ただ、ノーパン乗車者が居るという事実が、私をソワソワさせる。


 私の仕事場兼自宅を通り過ぎて、街灯のあまり無い道を進んで行く。

 この辺りは住宅ばかりで、店など殆ど無い。駅からも遠いので、夜はなかなかに静かだ。


「菅田氏よ。今日は別宅を見たら、直ぐに帰ってもらうからね」


「えぇー。泊めて下さいよ。僕、お風呂入ると眠くなっちゃうんです」


 同性とは言え、容易に女性と見間違う菅田氏を朝チュンさせる訳にはいかない。最近は漫画業界と言えども、すっぱ抜かれる事があるという。菅田氏の未来に傷を残す事になる。


「ダメダメ。それに自転車で帰るのも駄目だから。タクシー呼ぶから、それで帰って。自転車はなんとかするから」


「何もないし、誰も襲ってこないですよ」


「今まで無かったからと言って、これからも無いとは言えないからね」


「心配性のお父さんみたいな事言ってますよ」


「それは知らんけど、ほら、着いたよ。コレ見たら帰ってね」


「はーい」


 菅田氏の気のない返事が、静かな夜の町に小さく響いた。


「自転車は玄関前に停めといて」


「随分クラシックな家ですね」


 ブロック塀に囲まれた緑色のトタン屋根の平家、これが私の別宅だ。


「素直にボロいって言っていいよ。私もそう思っているからね」


「鏑矢って、魔王先生のこっちの本名ですか?」


 表札を見て半笑いの菅田氏がこっちを見ている。


「鏑矢さんは私の元同僚だよ。昔、私がアシスタントしていた頃の先輩で、凄く頭のいい人だった。変な人でもあるけど」


「魔王先生は誰のアシスタントをしていたんですか?」


「うーん。それは色んな事情があって言えない。まあ、この家がその人の仕事場だったんだよ。私が別宅として使わせてもらっているのは、そういう縁さ」


 玄関に無骨な金属の鍵を刺し回すと、独特な音がして鍵が開いた。金属の引き戸をカラカラと押すと、多少の引っ掛かりと共に扉が開いた。


「インクというか独特の同業っぽい匂いしますね、この家」


「もう7年くらい誰も漫画描いてないけど、本が多いせいかな? まあ、上がってよ」


「お邪魔しまーす」


 高めの上がり框を超えると、長い廊下が続いている。電気を付けてもまあまあ暗いのがこの家の特徴だ。


「この部屋はまだスペースあるから、ここで待ってて」


 玄関入って直ぐ右の部屋に菅田氏を案内する。


「うわっ、漫画がばっかりですね」


「ルールを守れば、私物の漫画を置いていい事になっているんだよ。その部屋は、殆どが私の物かな」


「置いては駄目な漫画があるんですか? エッチなヤツとかですか?」


「ジャンルでは無くて、この家で漫画描いていた人の漫画は置いて駄目なんだよ。何か謎の法則がいっぱいある人で、鏑矢さんも変だったけど、あの人は超が付くほど変だったな」


「はあ」


 相変わらず気のない返事の菅田氏だ。


 私は風呂屋で紹介した漫画を取りに別の部屋へと移動した。ちょくちょく来るので、どの漫画が何処にあるのか、大体分かっている。

 一番奥の部屋は仕事場だった。今も当時のままにしてある。


 お目当ての漫画を引き抜いて紙袋に詰める。10冊ともなると結構重い。まあ、菅田氏は今日の帰りは車だからいいだろう。


 菅田氏が待つ部屋に戻ると、部屋の真ん中で小さくなっていた。


「どしたの?」


「なんか、この家寒くないですか? 窓にも動く何かが張りついていたりして、もしかしてここって出ます?」


 なるほど、どうやら霊的な物に怯えているようだ。


「菅田氏は霊感あるの?」


「無いです。異世界探しで心霊スポット結構行きましたけど、全く何も無かったです」


「なら、菅田氏が今怯えている物は、現実にある物だし、当然霊とかでは無いよ」


「じゃあ何なんですか?」


「まず寒さだけど、古い家は夏が快適になるように設計されている。なので、場合によっては外より中の方が遥かに寒くなる事がある。あ、これは鏑矢さんの受け売りね。後、窓のヤツは多分イモリでしょ。これは家が木造で、庭に木が植えてあったりするから出るのは仕方ない。答えを聞いてみるとどうという事はないでしょ? ただ、知らないと怖いよね」


 私が窓ガラスをトントンと叩くと、ヤモリの白い腹がチロチロと動いて、窓のフレームから外れた。


「いや、本当に霊かと思いましたよ」


「霊がいるなら、私は遭遇してみたいものだけどね」


「霊は居ない派なんですか? 魔王なのに?」


「一般的に言う死んだ人が精神体となって物体を貫通しながら存在し続けているというタイプの霊は居ないんじゃないかな。だって、その霊って人に都合が良過ぎるでしょ?明らかに死んでも生者に干渉出来たらいいなっていう人の願望みたい物の塊じゃない。それは流石に都合良過ぎでしょ。でも、漫画の幽霊物はいいよね。ホラーからバトル物、ラブロマンスまでいける万能素材だよ」


「でも、見える人には見えるって言うじゃないですか?」


「私にしか見えない、確かに見た事のある物は存在するよ。例えば夢とかね。夢は確かに見るでしょ? どんなにとんでもない事でも確かに見る。なら、それが起きている状態でも起こり得るんじゃないかな。見える人には見えるは、そういう事だと思うよ。ただ、可能性としては、人が進化しつつあり、これまで認識出来なかった存在を認識しつつあるという方が好きかな。ただ、それがさっき私が言ったような幽霊では無いというだけ。未知の存在は居るかもしれないよ。現に私のような異世界人が居るわけだし」


「幽霊は居ないけど、異世界はあるって事なら、僕的には大賛成ですよ。何かちょっとびっくりしたんで、家に帰りたい気分になりました」


 ナイスだイモリ。お前が何かに役に立つところを初めて見た。


「タクシーは呼んでおいたから。そのうち来ると思うよ。あ、これさっき言ってた漫画ね。ちょっと怖い漫画だけど大丈夫かな?」


 キッとした鋭い目つきで菅田氏が睨んでくる。


「僕が漫画にビビる訳ないでしょ。だって漫画を描くアシスタントをしているんですから! 制作の現場が漫画にビビる訳ないですからね」


 異世界行きを希望しているから、心霊耐性あるかと思ったら以外と無いようだ。正しくは、これまでどんか曰く付きの場所でも、それらしい体験が無かったから、恐怖が無いのだろう。

 体験という物は非常に重要なのだ。あちらからこちらに来て、漫画という超こちら側の物を創作するには、体験がいくらあっても足りないと認識している。


 車の音が迫って来て、家の前で止まった。手配しておいたタクシーが来たのだ。このままの勢いで菅田氏を家に帰してしまいたい。


「菅田氏、タクシー来たよ」


「はい……」


 しょんぼりした菅田氏が、素直にタクシーへと乗り込んだ。


 因みに、タクシーの運転手さんに彼女をこんな時間に1人帰すなんてけしからんと、30分程説教を頂いたのだった。

 菅田氏は、説教中しおらしい振りをして、私をたっぷりと困らせてから帰って行ったのだった。






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