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烈風と魔王12

 ◆


 今までの人生で一番の衝撃だった。


 私の漫画が終わる。それは、いつかは終わると思っていたが、まさか今終わるなど考えもしなかった。


 自分の関わった漫画が終わるのは初めてでは無い。あの人の元でアシスタントをしていた頃に、私は漫画の終焉を体験したのだ。

 だが、あれは私の漫画では無かった。自分の漫画が終わる。私の生み出した世界と呼んでも過言では無い、掛け替えの無いモノが否定された。


 よく考えてみれば、私は本当の意味で大切なモノを失った事はなかったのだ。

 自分の生まれ世界を自分の都合で作り替えたのは、世界が私にとってどうでもよかったからだ。だから失っても、変わっても心は動かなかった。


 世界を失う。そんな初めての経験に、私はどうしていいのか分からなかった。


 担当編集の曲川さんと話をしたのだが、内容はあまり覚えていない。

 ただ「漫画家に冗談でもこんな事は言わない。これは決定だから言っているんです」という言葉だけははっきり覚えている。


 それからの私は悩んだ。一番に伝えないといけない相手は烈風先生だ。だが、言えなかった。

 まだ世に出ていない漫画の話は互いにしないという、二人で決めた約束を盾にして私は語らなかった。


 烈風先生に言えない以上、誰に言う事も出来なかった。

 どうやって自分の漫画わ終わらせるのか、そんな考えたくもない事を考えるしか、私には残されていなかった。


 そんなとき私の元にやって来たのはヒグチ氏だった。

 私のいた世界の人で、こちらで知り合って交流のある数少ない友人だ。


「やあ、元気ないやん」


 ヒグチ氏は私の事情を知っていた。理由は簡単だ。あちらの力を使えば簡単にこちらの情報は手に入る。


「その感じだと全部知っているんですね。何故、私の事を調べたりしたんですか」


 いつもの古い喫茶店で私とヒグチ氏は対峙している。


「魔王君の事はなんでも調べてあるんや。隠してへんいう事は、知られてもええと思ってるんやろ? 魔王君やったら僕に知られへんようにするのなんか簡単やもんな」


 ヒグチ氏との友人関係はちょっと特殊だ。私に対して善意も悪意も同じだけある。そんな人は初めてだったから今も妙な交友が続いている。


「今日はやけに攻撃的ですね。まさか弱っている私を見に来たんですか」


「んー、それも興味はあったんやけど、本題はそれやないんよ。僕がほんまに興味あるんは魔王君がここからどう変えるんやろってトコ。小さいけど僕も世界を預かる身やから、魔王君がどうしてまうんか気になってんのよね」


 ヒグチ氏はあちらで世界を管理している。享楽王と呼ばれる人の楽を体現する世界を支配している。

 ヒグチ氏の管理は基本的に非干渉だ。ただ、出来るだけ多くの享楽を世に残す為、世界に線引きだけをする。


「私は変えないよ。この現実を受け入れる。私が変えた世界がいい事など無いからね」


「そうかな。僕はあっちがあんな事になって楽しいけどな。それに、簡単に変える力のある魔王君がその狭間で揺れるんなんて、めっちゃゾクゾクするやん」


「相変わらず悪趣味ですね」


「人が悩み選んだもんが一番美しいんやんか。あの菅田いう子も僕なりに背中押したんやけど、肝心のとこで魔王君の仕込みに邪魔されてもた」


 ヒグチ氏が菅田氏に何かしたという事は知っている。菅田氏から何も話がなかったので、それはそういう事として納得した。


「ヒグチ氏のやり方はルールギリギリですよ。あれ以上は私も看過出来ない」


「魔王君がルール語るなんてな。ほんまにルール無用なんはそっちのくせに。あーあ、菅田君には本当の魔王君の事体験してもらいたかったなー」


「菅田氏が知りたいと思うなら私に聞きますよ」


「お堅いなー。まあ、今回僕が言いたいんは一個だけや。魔王君、今回は変えてええんちゃう」


 ヒグチ氏の言葉に揺らぐ自分を感じた。目の前のテーブルにあるコーラフロートのアイスがすっかり溶けていた。


 ヒグチ氏とはそれっきりだ。


 私の漫画は進み、終わりが近づく。私の漫画の最新話を読めば、四天王や烈風先生は間違い無く終わる事に気が付いてしまう。私の漫画はそういう漫画だ。


 もう私の漫画が連載している雑誌が発売するという前日に私は決心した。


 烈風先生には先に伝える。ヒグチの言葉を跳ね除けて、変えないという事を自分の中で確定させる為だ。


 烈風先生には寝る前に伝えた。今日寝て起きてしまえば、明日には知られる事になる。



「嫌じゃ」


 烈風先生の反応は意外なものだった。


「えっ?」


 ベッドの上に押し倒され、烈風先生が馬乗りになっている。体重差はかなりあるはずだが、私の体は全く抵抗出来ないようにロックされていた。


「スパピンが終わるなんて嫌じゃ!そんなのわしが許さん!」


 烈風先生は真っ赤な顔で怒っていた。いや、泣き出しそうなところを必死に我慢しているようにも見える。

 こんなにも激情に流された烈風先生を見たのは初めてだ。


「すいません。私は無職になってしまうようで」


「そういう事を言うとるんじゃない! わしは…、嫌じゃ…!」


 烈風先生は泣いてしまった。私の体のロックは外れ、烈風先生と相応の軽い体重だけを感じる。この重さが二人分だと思うと、私が守らねばと思ってしまう。


「漫画はいつか終わります。私だって完全に納得して終わる訳ではないですが、出版社の決めた事ですから、これは覆りません」


「う、うううゔゔゔっっ……」


 体を起こし私に抱きついた烈風から涙の水分を感じる。大好きな漫画が終わる。確かにショックで耐え難い苦痛だ。

 私が烈風先生かBCが終わると伝えられたなら、きっと私も同じように取り乱すだろう。


「どうして終わるのか聞きますか?」


「いい………。どうせ……わしの納得出来る理由なんて……無いんじゃ……」


「烈火さんや鏡華さんにもお伝えしないといけませんね。いきなり無職になったとあっては安心して烈風先生を任せて頂けないですもんね」


「……………」


「明日の最新話ではまだ終わりませんよ。最後まで楽しんで下さいね」


 烈風先生が私を掴む手に少し力が入る。


「魔王は、スパピンが終わったらどうするんじゃ?」


 そう言われて何も考えていなかった事に気がついた。


「そうですね。一度漫画連載を味わってしまったら、またやりたいと思ってしまいます。ですが、そう簡単に連載出来るようにはならないですから、とりあえずまた持ち込みから地道にやっていきます」


 次の漫画、そんな事は全く思いついていない。


 あの人も次は無かった。同人は描けても、商業連載は出来なかった。あんなに才能のある人でも出来なかったのだ。私にやれるのだろうか。


「漫画はまた描くんじゃな?」


「ええ、描く機会があるならどこでも描きますよ」


「ほじゃったら今ええ。それで許す」


 どうやら許されたようだ。弱音を吐いては烈風先生を心配させるだけだ。


 しかし、これから先どうしたものか。私には何も無いのだ。何の拠り所も無い。


 また、あの人に相談に乗ってもらいたい。今は漠然とそう思うだけだった。

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