烈風と魔王11
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魔王を皆に紹介した。菅田は既に魔王の事をよく知っているが、特に目立った反応はしなかった。
別の漫画を描いている者が同じ家に居る。これは色々と気にしないといけない事が出てきた。
まず、お互いの描いている漫画の内容を知られてはならない。そんな訳で仕事場は別の部屋にした。
わしはこれまで通りの仕事場を使い。魔王はわしの籠り場のある部屋で仕事をしてもらう事にした。
今のわしに籠り場は必要無くなっていた。魔王の前で全てを解放している訳だから、わざわざ箱に入る必要は無いのだ。
わしは漫画を描く事は出来ないので、アキ姐とネームを進める。
そこからの工程はアシスタントの皆に任せて、わしはわしの漫画として出していい状態になっているかどうか確認し、直すところを指示する。
正直、自分で描いてしまいたいという欲求が出てくるが、それは自制している。
当然、繰り返し直すので漫画が仕上がるスピードは遅い。そんな状況に歯痒さを感じながらも、アシの皆がよくやってくれている事を実感する。
わしも皆も久しぶりの仕事だが、よく回っていると思う。
そう感心していると、真波がこちらに向かってきた。
「烈風先生、いや、ここは友達として烈ちゃんと呼ばせてもらうわ」
「なんじゃ真波、急じゃな」
「急でもなんでもない。さっきの男と結婚するってマジなの?」
結婚という単語を聞いて、改めて実感した。魔王がわしの為に如月籍に入るという事は、即ち結婚するという事になる。なんだかむず痒い気分になってきた。
「ま、まあ、そうなるじゃろうな。ちょうど実家にも挨拶してもろうたし、うちのもんにも納得してもろうた。中々、気難しい家なんじゃが、魔王がなんとしてくれた」
「はあー? ご両親も納得済みなの? 大体、烈ちゃんの家って何屋なわけよ?」
「うーん、そうじゃな。武道家?」
「何それ。そんなドラゴンがクエストしそうな職業は現実には無いのよ。それより、その魔王、そこが問題よ」
「魔王の何か問題なんじゃ?」
「わたしの第六感が告げている…、あの男からは犯罪の匂いがプンプンする」
「あー、あたしもそれちょっと思いましたー」
「ねー、本名言えないなんて怪しいよねー」
木之本姉妹も話に加わってきた。
「そうですよ。ペンネームしか語れないなんて怪しすぎ」
「名前なんてなんでもええじゃろ。わしは本名でやっとる訳じゃし、誰かを識別出来たら別に拘る事もないわ」
「本名で漫画描いてるようなトンチキはそうそういないもんなの。それに、あの男の目的は烈ちゃんの体と財産よ。間違いない」
そう言われてドキっとする。
「ええ〜? そ、そうかの〜」
「そこで何故照れる。そういう流れではないのよ!」
「ま、そうですよねー」
「マナミンさんは、どう思いましたー?烈風先生の妊娠」
「そこよ! 腕力で烈ちゃんをどうにか出来る人類はそういない。そうなると、何か弱みを握って関係を迫ったに違いないわ。抵抗出来ない烈ちゃんにあの巨大でのしかかって、何度も何度もプレスしたに違いないわ!」
「マナミンさんの妄想っぽいー」
「そういうの普段から読んでるんですね。やらしー」
「事実かどうかはともかく! その辺りどうなの?」
真波に聞かれて、わしのしてきた事を思い出すと顔が赤くなるのを感じた。
「そ、その、どちらかと言うと、わしが、プレスしたかなー、なんて」
「何故…」
「マナミンさん死んでるー」
「烈風先生もやらしー」
「何故可能性を捨てたの?」
「な、なんの事じゃ?」
「漫画家で、しかも結構な売れっ子なら、いけたでしょ? イケメン声優との結婚いけたでしょうが!そこをどうして、同業者で手を打ってしまったのか、わたしはそれが口惜しい」
「別にわしは声優に興味ないしの。まあ、好きになってしまったんじゃから仕方ないじゃろ」
わしの騒ぎにオババも集まってきた。
「烈よ。経験者からひとつ言っておくと、同業者同士の結婚はキツいぞ。大体はどちらかが辞める事になる。その辺は分かっておるのか」
オババの言う事は分かる。漫画描きをやっていれば他所の才能に打ちのめされる事などよくある。そんな相手が身近に居て大丈夫なのか。これはわしだけでは無く魔王にも言える事だ。
「オババ…。わしもそれはどうなるか分からん。今後、子供が産まれれば尚更じゃ。じゃが、そうじゃの。わしはこの先魔王無しには進めんのじゃ。だから、それは覚悟しとる」
わしと魔王は互いの漫画に敬意を持っている。これから互いの漫画がどうなるか分からないが、もう生まれてしまった感情は消え無い。それがわしと魔王を繋ぐのだと思っている。
「烈がそこまで言うなら、あたしらが何を言っても関係ないね。さ、皆騒ぎはこれまでにして、あたしらのやる事をやろうかね。それでいいだろ真波チーフ」
「オババ…。烈ちゃんのBCは無くならないよね?」
「それは烈次第だが、お腹に子がいても描いてる奴の漫画は、なかなか終わらないねぇ。これも経験則さ」
魔王の事が皆に分かってもらえたか分からないが、わしの元に皆戻ってくれた。わしの都合で仕事が無くなったのだから、皆が他所に行ってしまっても文句は言え無い。
こうしてまた同じメンバーで漫画を描ける事が嬉しい。わしはわしの為、皆の為、魔王を含む読者の為に漫画を描く。改めてそう思った。
――――
魔王とわしが同じ家で漫画描き出して、段々とこの状況にも慣れてきた。
魔王は、仕事の関係上出かける必要がある。あちらの出版社と魔王のやり取りをここでやる訳にはいかないからだ。
ある日、魔王の様子が明らかにおかしくなった。出版社との打ち合わせで出かけると言った日に、戻ってからの様子がおかしい。
直ぐに聞こうと思ったが、魔王の思考はものすごく内に向かっているようだった。なんとなく、わしが聞いていい事ではないのだと感じた。
魔王は普段の態度に出さないようにしていた。魔王の事をよく知る菅田にも、それとなく聞いてみたが、特に変化は無いように感じるとの事だった。
わしだけが感じる魔王の変調、それはいっしょに居るときに強く感じる。魔王はわしに何かを隠している。それは分かる。
時間が経つにつれて、魔王の中の何かが大きくなる。この調子でソレが育ってしまうと、あと少し経てば魔王中からソレが漏れ出す、そんな予感があった。
もう魔王が破裂してしまうのではと感じていたところに魔王から話があると言われた。
寝室で待っていると暗い顔の魔王が入って来た。今日はもう寝るだけなので、後の時間は魔王の為に使う事にしていた。
「どうした魔王よ」
「烈風先生は私が変なのに気が付いていましたよね」
「そうじゃの。何かわしに言え無い事があるのじゃろうとは思っておった」
「出来れば子供が産まれた後でお知らせしたかったんですが、そうも言っていられなくなりました」
「わしに気を使っての事か。じゃが、わしもここのところの魔王は心配じゃった。言って気が晴れるなら言ってくれ」
魔王から大きくな覚悟のようなものを感じる。
「では、言います」
「おお」
「私の連載している漫画スーパーピンクの打ち切りが決まりました」
わしには最初、その言葉の意味が理解出来なかった。