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烈風と魔王9

 ◇


 魔王は兄上と実家に行っているので、今は家にわし一人だ。

 まあ、母上は来てくれるし、お腹には我が子がいるのだから、一人ぼっちという訳ではないのだ。


 別に魔王も明日には帰って来る。寂しさを感じる暇すらなく、また昨日までの日々に戻るだろう。


 わしの実家である如月家の得体の知れなさはなんとも言えないが、魔王が身体的に無事である事は、疑いようもない。

 魔王は異界人であり、事実、その名のとおり魔王としての力を持っている。


 世界に自意識を干渉させ、世界を改変する力があり、それは異界人にとっては一般的な事だ。

 魔王の世界改変力は異界でも随一であり、誰の追随も許さないそうだ。


 そんな魔王は世界を改変しない。自分には想像力が無いから、改変した世界は無意味なのだそうだ。それでも自己防衛の為には世界を改変する。故に魔王をどうにかする事は不可能なのだ。


 だが、物理的にどうにか出来ないのであれば、精神的にどうにかするという手段がある。

 わしが魔王を籠絡したのが正にそれだ。わしが出来たのだから、わし以外の誰かが出来る可能性はある。

 無論、わしは魔王の事を信じているが、如月家が手段を選ばなければ、魔王はどうにかなってしまうかもしれない。


 そんな事を考えてしまい、この短い時間で悶々としている。

 決定的にそう感じたのは、今日検診から帰ってきた家に誰もいない空気を感じた事だ。


 魔王を引き留める要素を増やさなければという、漠然とした焦りを感じる。

 わしには魔王が好きな漫画の原作者という魅力しかないのだ。この容姿も性格も魔王の好みどストライクという訳ではない。

 何か足さねばならないが、漫画しか描いて来なかったわしには、それが何か分からない。

 本能に訴える方向でシテみたが、これはわしの依存度も高くなるという諸刃の剣だ。というか、もはや魔王無しには立ち行かないところまで来ているのかもしれない。


 色恋沙汰でメンタルブレイクするというのがいまいち理解出来ていなかったが、今ならば分かる。

 一度得てしまったモノを失いたく無い気持ちが痛いほどに分かるのだ。


 魔王のいない今日など、早く終わってほしいものだが、そういう訳にもいかない。これからアキ姐と仕事の話をしなくてはならない。母上にもそう言って外してもらっているのだ。


 昼間に電灯を点けない室内は、以外に暗かったりする。昼なのに暗い室内は、少し気分を陰鬱にさせる。


 時間になりアキ姐がやって来た。わしは応接室にて待っていると、表情の芳しくないアキ姐が部屋に入って来た。


「お休みのところすいません」


「そんな事は構わん。わしも無理を聞いてもろうとるんじゃ、お互い様じゃろ」


 アキ姐はそれでも申し訳無さそうだ。どうやら重めの問題があるらしい。


「お腹、少し目立ってきましたね」


「ほうか? まあ、医者が言うには、予想以上に順調だそうな」


 アキ姐は少し笑うが、やはり表情は暗い。


「アニメは好調ですね。BCの本もよく出てます」


「どうしたんじゃ?アキ姐らしくないの。はっきり言うてくれてええ」


 アキ姐は少し目を閉じてから、こちらを真っ直ぐに見た。


「そうですね。あたしとお嬢の仲に遠慮は無用でした。では、はっきり言います」


「聞こう」


「BC自体の調子は良いです。予想以上に売れていて編集部でも次の展開について沸いています。しかし、雑誌の方の売行きが芳しくない。アニメをやっているのに、原作漫画はやっていないという事で、雑誌自体の注目度は低下している状況です」


「なるほどの。じゃが、それはわしだけの問題では無い筈じゃ。BCの本が売れんのならわしのせいじゃが、雑誌はわしだけの本じゃない。わしの範疇の問題ならばわしが解決しよう。じゃが、わし以外のところの話をされても困るわ」


「仰る通りです。ですが、編集部やその上の経営陣の意見としては、BCの本誌再開の早期化を強く望まれています」


「描けと言われても、漫画を描く体になっとらんのじゃ。わしは才気が無い分を体に頼っとる漫画描きじゃ。他の先生方のようにはいかん」


「アニメのコンテのようにはいきませんか? 仕上げをアシスタントに任せて、お嬢はネームまでとするのはどうでしょうか」


「いよいよとなったら、その手も仕方無いかもしれん。じゃが今はコアなファンの気が立っとる。アニオリのコンテで誤魔化しておるんじゃ。そこに中途半端な漫画を出すとなると、また批判が押し寄せて来よるぞ」


 アキ姐はため息をついている。


「それはあたしも理解しています。お嬢に聞くまでも無く同意見でした。しかし、会社の意見はそうではない事もご理解下さい」


「仮に隔週や月一で漫画を描けたとしても、産む頃にはもう一度休載せんといけん事になるぞ。それは分かっとるんか?」


「会社としては、そのときはそのときでなんとかすると言っていますが、明確な見通しは無いでしょう」


 人は確実に手に入ると思っていた実りが、実際には手に入らないと分かると我を忘れる。

 わしとて漫画を連載してもらっている恩義があるので、出来る限り報いたいとは思う。

 しかし、わしがわしの読者の期待に応える事も重要だ。そこを考えずに漫画を描いてしまったら、BCというコア層に支えられた漫画は成立しなくなる。


 アニメによってわしの漫画が広く知られる事は嬉しい。しかし、わしはアニメや人気の為に漫画を描いているのでは無く、わしの読者の為に描いているのだ。それを裏切る訳にはいかない。


「わしの読者が納得する漫画は、今のわしでは週刊ペースでは描けん。じゃが、アシの皆に相談せんといけんが、月一くらいのペースじゃったら、納得のいくもんが描けるかもしれん。これが、最大限譲歩したわしの答えじゃが、これでもええか?」


 アキ姐は深々と頭を下げている。


「お嬢。無理を聞いてもらいありがとうございます」


「いやいや、相談してくれてありがたかったわ。それに、会社の言う事も、ほんの少ーし理があったの。読者はやっぱり漫画を読みたいもんよ。長い事、最新話が読めんのは辛いわな」


「そう言って頂いて助かります。では、アシスタントとの調整は急ぎ進めますので、後ほど予定を送ります」


 アキ姐はそう言うと急いで会社へと戻って行ってしまった。


 アキ姐とは長く漫画を描いてきた仲、言ってみれば戦友のような存在だ。今考えれば、担当編集がアキ姐以外など想像も出来ない。

 わしは実は結構色んな人に依存して生きてきたのかもしれない。今いるアシの皆もそういった存在だ。


 週刊ではないにしても、また漫画を描く日々に戻るとなると、眠っていた創作意欲が湧いてくる。


 まずはどうしようか。


 漫画描き部屋の構成を考えなければならない。今はこれまでの構成に魔王の作業場所を足してある状態だ。

 それぞれ別の漫画を描く訳だから同じ部屋にする訳にもいかない。魔王にはどこか別室に移ってもらう他ないだろう。


 というか、魔王とアシの皆が同じ場所で漫画を描く?

 アシの皆は殆どが女性?魔王がわし以外の女と密室で作業?


 まずい!まずい!まずい!?


 これは予想もしていなかったピンチが訪れてしまったのであった。


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