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烈風と魔王8

 ◆


 読んでいる連載漫画の休載は辛い。最新話を読む事で得られていたエネルギーが膨大であった事を再認識する。

 週刊誌の漫画は、一週待たなくては最新話を読む事が出来ない。待つ事によって期待感が増幅され、それを解放するカタルシスは、何にも変える事が出来ないのだ。

 言ってみれば行列のあるラーメン屋で、並んで食べるラーメンだ。行列に並んだ挙句、ラーメンが食べられないとしたら、その怒り、苦しみは、最大級だ。


 烈風先生はそんな読者の怒りを鎮めるべく行動した。

 怒りの矛先は、烈風先生というよりは出版社、アニメ制作会社に向いている。


 烈風先生はまず読者に納得してもらう為に行動した。


 初めにその手法を聞いたとき、私にはそんな方法で読者が怒りを鎮めるのか疑問だった。

 しかし、この方法に納得出来なかったのは、私が既に烈風先生サイドに立っていたからであった。


 烈風先生の休載理由は私にあるのだ。私はその罪悪感に包まれており、一般読者の心情では無かった。

 そして、烈風先生がアニオリシナリオ用に描いたコンテの存在も知っていた。

 この二つがある事で、私は自体を正視出来なかったのだ。


 烈風先生はアニオリ用のコンテの一部を一般公開したのだ。そのクオリティに読者のアニメに対する期待感は高まった。

 当然、それだけで怒りは鎮まらなかったが、アニメ第一話が放送されて話題は一気にそちらへと流れた。


 アニメは原作再現度が高く、山田監督の丁寧な作りが評判を読んでいた。

 BCは一般向けと言えるほどライト向けな漫画では無い。どちらかと言えばマニア向けで、一般向け漫画の展開に飽きた漫画愛好家が支持している。


 そんな漫画がアニメ化して評判を読んだ。既存ファンは自分の事のように喜び悦に浸った事だろう。こうなるとアニメの拡散は早い。一気にブームになる。


 だが、この流れを受けて、引いてしまう既存ファンもいる。

 インディーズのアーティストがメジャーデビューして一歩引いてしまう古参ファンの心情だ。

 自分だけの物と感じていた対象が遠くに行ってしまった感じ者も少なく無い。


 烈風先生はこのファン心理を読んでいたのだろう。古参ファンの居場所として、アニオリのコンテというディープな場所を用意したのだ。

 アニオリのコンテには長年BCを追っており、単行本の隅々まで舐め尽くしているファンにしか分からないの要素が満載なのだ。

 この烈風節のアニオリシナリオが、今のアニメクオリティで実現するのかと思うと、古参ファンはトキメイてしまう。


 烈風先生は相手をコントロールする事に長けている。私の下半身も完全に制御下に置かれている。


 しかし、コントロールされている事に微塵の嫌悪も劣等感も無い。

 BCファンは知っている。烈風先生は漫画に全力なのだ。漫画から伝わってくる迫力が、他者のコントロール目的ではない事を分からせてくれる。

 烈風先生は漫画で全力を出す手段として、読者の意を汲み取っているだけなのだ。


 まさかエッチな事にも全力だと知るのは私だけだが。


 BCの休載騒動は鎮静し、アニメへの熱狂へと流れていった。毎週の楽しみをBCの最新話に求めていた者達は、アニメの最新話を追うという矛先を得たし、これを気に離れようとした者は、アニオリの深き世界を得た。

 離れた者が零では無かったが、BCはより多くのファンを得たのだ。


 烈風先生のお体も問題無く、無事に安定期に入った。産科の先生からもお墨付きをもらっており、烈風先生は積極的にアニメオリジナルの制作に関わっている。

 ただ、連載再開という訳にはいかない。この後には出産、そして産後の期間があるので、まだまだBCの漫画最新話が読めるのは先の事なのだ。


 ――――


 さて、私はというと、如月家の籍に加わるという事で烈風先生のお兄さんである烈火さんに連れられて、烈風先生のご実家まで来ている。


 田んぼが一面に広がっている分かりやすい田舎に来ている。既に外は暑さを感じる季節なので、肉満載の私にはきつい環境だ。

 烈風先生は同行していない。新たに籍に加わる者しか来てはいけない決まりなのだそうだ。

 烈火さんの運転する車に揺られて山の方へと移動している。山裾に長い壁に囲まれた立派な建物が見えてきた。


「あそこじゃ」


「私は一体何をすればいいのでしょうか?」


「まあ、親戚への挨拶じゃ思うといたらええ」


 如月家の皆さんに挨拶という事なのだろうか。これまでの感じから察するに、どうもそれだけでは無い気がする。


 伝統的な家屋に似つかわしく無い整備された駐車場に到着すると、そこには幾つもの高級車が停めてあった。

 親戚の方々の車だろうか。そうなのであれば、如月家の財力はかなりのものなのだろう。

 烈火さんからは贅の雰囲気はしないのだが、恐らくこの人は財に興味がないのであろう。こんな平和な国に似つかわしく無い、生粋の戦闘狂というイメージが固まって離れ無い。


 案内された場所は板張りの広い空間のある道場のような場所だった。

 広い空間に思い思いの姿で、如月家の方々が集まっている。烈火さんを含めて12人が如月家一同のようだ。


「はじめまして、私は魔王双区です。よろしくお願いします」


 作法も何も分からないが、挨拶と聞いたのでそれっぽい事を言ってみた。

 意識がこちらに向くように感じたが、これと言って目立った動きをする人は居ない。


 烈火さん以外の11人にはあまり共通点が無い。年齢も様々で学生らしき人から仙人のような髭を伸ばした老人も居る。異国の方もいるかと思えば、パーカーを目深に被って顔すら見えない人もいる。

 女性と分かる人が3名、男性だろう方が6名、正体不明が2名といった感じだ。


「おおー、皆おるな。よし、ほいじゃあさっさとやろうかの」


 烈火さんのパンという手を叩く音で、11名の雰囲気が変わる。


「ここにいる皆さんと挨拶という事ですか?」


「ほうじゃ。挨拶いうても、軽く戦こうてもらう。魔王が如月に入るなら何処の位置に収まるか決めんといけん」


「ええ! 戦う!?」


 驚いた台詞を吐いたが、割と予想通りの展開だ。如月家が普通の挨拶や親睦会をするなど無いと思っていた。

 だが、予想していたから対処も考えてある。ようは降参すればいいのだ。


「なんじゃ、魔王よ、思いの他やる気じゃの」


「いえ、そういう訳ではないです。恐らく私は誰に勝つ事も無いでしょうから、棄権しようと思っていたまでです」


「棄権はできん。立ち合うてから降参するなら認める」


「そうなんですか? という事は12人全員にそれぞれ降参する必要があるのでしょうか?」


 烈火さん鼻で笑う。


「12人の。魔王よ、中々面白い事を言う奴じゃの。まあ、そうじゃなあ。一番下からやっていくんがええじゃろ。ほれ、だんよ。用意してくれ」


 ダンと呼ばれた方は金髪で長身ムキムキの男性だった。形容するなら、未来から送り込まれた殺人アンドロイドと言った雰囲気だ。


「烈火さん。本気か?」


 ダンさんは異国の雰囲気がありが、言葉は非常に流暢だ。


だんよ。おもろかろ。こいつ12人とやると言いよった。知ってか知らずか大したもんじゃ。少なくとも普通の奴ではない。よう確かめてくれんか?」


 謎のバトルが始まろうとしている。しかし、私は降参すればよいのだ。如月家的な序列など一番下ど当然でよい。烈風先生、生まれくる子供の為に籍を手にいれなくてはならない。


 私は高速土下座の構えで戦いへと挑んだ。

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