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烈風と魔王7

 ◇


 病院の行き来と家でゆっくりする日々が続いている。

 医者の世話になる事など殆ど無かったので、これ程の頻度で病院に行ったのは初めてだ。


 安定期に入るまでにはまだ時間があり、体格の小さな妊婦として気を付ける事ばかりだ。

 恐らく如月流という読みに特化した武術に関わっていたせいだろう。お腹の子の存在を明確に感じる事が出来る。

 一般的な感覚ではないのであろう事は分かる。体の中心に何かを吊っているような重みと、小さな心音のリズムを感じる。


 母上からは妊婦時の筋肉構成を聞いた。早産とならないようにお腹の子を支える構成が重要なのだそうだ。


 こうして筋肉の構成を変えてしまうと、漫画を描く事は出来ない。もちろん、安静としないといけない時期に、仕事をして体と心を使うのはNGと言われいるので、無理をするつもりもない。

 漫画を描く筋肉の話は誰にも共感されないが、わしは間違い無く筋肉で漫画を描いている。


 普段描くときも椅子に座らず立って描いているのだ。一度菅田に冗談っぽく「油絵でも描いてるんすか?」と言われた事がある。

 画家と同じこれをしているつもりはないが、自在に描くには全身の制御が必要なのは同じ事なのだろう。


 漫画描きでも、机に張り付くように描く者や、異常な筆圧で描くものなど、様々なスタイルがあると聞く。

 わしにはこの方法でしか漫画を描く事が出来ないので、筋肉が戻るまでは描けないのだ。


 仕方ないのでBCアニメのオリジナルシナリオを描いている。漫画は描けなくとも、簡単な絵は描けるので、シナリオはコンテ形式で作る事にした。相手方にも納得してもらえた。


 やり取りは主に山田監督と嬉野(歓喜のオーランジャ)としている。嬉野には既に妊娠の事、相手が魔王である事はバレている。

 嬉野は仕事相手の個人情報は他に漏らさないと言っていたが、わしは別に魔王四天王に伝わったとしても、それはそれでいいと思っている。


 アニメの方は順調だ。たが、わしの漫画は止まってしまった。これまで描いている事が当たり前だったので、今の日常の非現実感は相当なものだ。

 何より同じ家に魔王が居り、わしの中には魔王との子が居る。魔王の居た異世界を見たとき以上の驚きが今現在あるのだ。


 そんな調子だから魔王にはついつい甘えてしまう。魔王に触れたい、いや、本当は魔王に触れられたいのだが、魔王はわしをコワレモノのように扱うので、中々その機会は無い。

 いつもは一人、防音室という箱の中に篭って発散していた欲求を、今は魔王にぶつけている。得られる充足感は箱など足元にも及ばないので、わしは既に魔王中毒なのかもしれない。


 魔王の姿を熱を匂いをより濃く深く感じたいと、魔王に手を出している。

 わしの事を案じて断る魔王を説き伏せて、わしを受け入れてくれる魔王に陶酔している。


 そして、お腹の子を愛おしく感じる。これはもはや本能的なものなのか分からないが、無条件に感じる好意が愛と言うならば、これは愛なのだろう。

 魔王とわしと子、この関係性が家族になるという事かと、我ながら恥ずかしい事を自問自答しているが、少なくともこの感情は本物なのだ。


 ―――


 今日はBCが連載している漫画雑誌の発売日だ。先週号でわしの休載が一般公開されて、既に電子の世界では話題になっている。


 ただ、本格的に読者がわしの休載を理解するのは今日だろう。本当に漫画が載っていないと分かって、漸く本当に理解するに違いない。


 わしはこれまでの8年間でBCを休載した事は無かった。読者からすればあって当たり前だった物が無くなるのだ。人によっては相当にショックかもしれない。


 ――


 少しずつわしの休載が世間に広まっている。魔王のよそよそしさから察するに、かなり影響が出ているのかもしれない。

 電子的な情報は魔王と一緒に住み出して以来、完全に絶っている。


 夕方になってアキ姐から連絡があった。現状を報告に来るそうだ。


 ―


 連絡から直ぐにアキ姐が家へとやって来た。今は報告を受ける為に応接室に二人っきりだ。


「読者の反応は悪いんか?」


 アキ姐の硬い表情からそれは分かっていた。


「良い半分、悪い半分という感じです。身重のお嬢にあまりこんな事をお伝えしたくは無いですが、お嬢は隠し事がお嫌いですから敢えてお伝えします」


「アニオリの脚本担当だとか言うても、漫画の読者は納得せんわな」


「仰る通りです。アニメの構成として中途半端な部分をオリジナルで繋ぐ事については好意的ですが、それで連載が止まるのは納得出来ないと言う意見が多数です」


「漫画のファンからしたらアニメなんぞ知らん、そんなもんじゃろうな」


「連載を止めてまでアニメを優先させた出版社やアニメ制作サイドへのヘイトが特に強いようで、今のところ対策としても公式コメントを出すくらいしか無い状態です」


 予想はしていたが、まさかここまで大事になるとは思わなかった。


「コメントはわしから出す。だが、他にも何か説得材料がいるのう」


「それについては会社でも考案中です」


 こうなったときの為にわしには一つ策があった。


「一つ専門家の意見を聞いてみるのはどうじゃ?」


 アキ姐はハッとすると同時に少し嫌な顔をした。


「気乗りはしませんが、今は藁でも掴みたい気持ちです。お嬢はそのまま座っていて下さい。その専門家とやらを呼んできます」


 そうしてアキ姐は部屋を出た後、魔王を連れて戻って来た。


「魔王よ。今の状況は知っとるじゃろ? どうじゃ、読者代表として意見を聞かせてくれんか?」


 魔王は恐縮した様子だ。


「いや、私は休載納得派なので、大した意見は無いです」


 簡単に嘘だと分かった。これはアキ姐でも分かるほどの見え透いた嘘だ。

 魔王はわしに心配を掛けまいと嘘を言っているのだ。それ自体はありがたいが、今は当事者の意見が欲しい。


「魔王よ。BCがあと半年以上読めなくて納得しとるんか? 何かあるんなら本当の事を言うてくれ」


 滝のように汗をかいている魔王だが、どうやら決心して言ってくれるようだ。


「でわー、大変恐縮なのですが、私的には生きる気力の半分を失った感じです。そもそも、アニメ制作で漫画の連載に影響がある事自体がありえない! もちろん、本当の理由は知っているので理解出来るのですが、やはり体が反発してしまいます。大体、休載のお知らせなど読者は読んでいないんです。漫画雑誌の漫画以外のトコなど見向きもしない、読者とは大半がそういった生き物なんです。故に読者は急に週に一度の楽しみを奪われ、唐突に殴られたような気分です。とにかく冷静では無い。何か誰かのせいにして、このやり場の無い怒りを誰かにぶつけて発散したい、皆そう思っています。というか私もそう思ってます。今、この件のデモ行進が前を通ったなら、間違いなく私も参加している事でしょう。とにかく怒りたいそしてその後に納得したい、そう思っている事でしょう」


 魔王は早口に長ーい愚痴を吐き出した。


「よし分かった。怒りの先は会社にどうにかしてもらうとしよう。納得についてはわしから妙案がある」


 わしの策は魔王の意見を想定した答え付きなのだ。

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