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烈風と魔王6

 ◆


 烈風先生の仕事場に一つ机を足した場所、そこが私の定位置となっている。

 烈風先生は検診の為この場にはいない。無論、検診の付き添いを申し出たが、烈風先生のお母さんである如月鏡華さん断られた。


 理由は二つ、一つは産科婦人科に男がウロウロしているのは他の患者的には好ましくない事。もう一つは私が車を所持しておらず、運転も出来ない事だ。

 鏡華さんは特殊車両から航空機まで、思い付く乗り物は大体操縦する事が出来るらしい。

 人生をどのように歩んだら、そんなアクション映画の主人公のようなスキルを獲得するのか理解出来ないが、そうなってしまっているのであれば、事実として受け入れるしかない。


 アシスタントの人達が来る事も今はない。烈風先生の事を考えて今は、敢えて来ないようにしているとの事だ。


 私がやる事は、この場を借りて漫画を描くか、烈風先生の側に居るくらいだ。

 何かに役に立っているのだろうかと思いながら数週間が過ぎた。


 烈風先生曰く、私の存在は精神安定に役だっているのだそうだ。そう言って頂けるので、そう思うようにしているが、私はドキドキしっぱなしだ。


 基本的にこの家には私と烈風先生しかいない。言ってみればお付き合いのレベルでは、付き合いたてなのだから、男女のイチャコラが生じても仕方がないのだ。

 しかし、烈風先生は安静にしておかなくてはならないし、私もそこは弁えいるし、むしろ日々心配している。


 だが、烈風先生から迫ってくる事を回避は難しい。


 どうやら、漫画を描けないストレスという事らしいのだが、それはもう狡猾に誘惑されるのだ。


 当然、私は烈風先生の体を心配して断るのだが、あの手この手で籠絡されてしまう。

 少しくっつくだけだの、朝だから仕方ないだの、上半身しか使わないから大丈夫だの。挙句の果てには「わし以外に出す予定でもあるのか?」等の殺し文句によって、私は論破され昇天する。


 あまりにも迫ってくるので、少しずつでも漫画を描いては如何かと提案したが、それは体に負荷がかかり過ぎるので無理なのだそうだ。

 一体、漫画を描く事にどれだけの運動量があるのか不明だが、烈風先生の漫画とはそういう物らしい。


 また、安定した出産に備えて筋肉の構成を変えているという話が、烈風先生と鏡華さんの間でされていたのが聞こえたが、理解を超えた世界なので、聞かなかっ事にした。


 烈風先生は漫画を描いていない。そうなるとBCの連載は止まる。

 そろそろストック分が尽きるので、雑誌から正式に休載が発表される頃だろう。


 この辺り、正直に理由を公表するのかという話合いが、烈風先生と出版社の間どあったそうだ。

 公式としては、BCアニメの脚本制作に深く関わるので、一旦休載するという程でいくそうだ。


 これは烈風先生から聞いたのだが、BCのアニメ化部分は1期だけでは短く、2期だと中途半端になる。そこで、アニメは2期とし、中途半端な部分はアニメオリジナルで乗り切るのだそうだ。

 BCは私も含めて、信者と称される熱心なファンが多い。中途半端なアニオリはファンからの拒絶反応が強い事は容易に想像がつく。

 そこで、烈風先生はアニオリ部分の脚本を担当し、ファンサービスする事で、拒絶反応を減らす事を決めたそうだ。


 実際は産休による休載だが、正体を明かしていない烈風先生は、そのスタイルを貫く為に、アニオリ脚本の道を選んだのだ。


 正直、BCファンからすれば、アニメの構成は不安事項ではあった。漫画連載がストップするのは辛いが、アニメ化というBCにとっての大きな転換点を、ファンが一番納得出来そうな形で進めてくれる事は、かなり嬉しいのだ。


 烈風先生の漫画描きとしての姿勢は凄いものだ。今は近くに居るので、その凄みを余す事なく体感してはいるが、仮に今のような関係では無く、一ファンとしてこれを聞いたとしても同じように尊敬しただろう。


 私は漫画描き如月烈風を尊敬している。それは間違い無い。だが、なんだろうか、焦りのような物を感じ事も事実だ。

 漫画描きとして、世に出ている漫画の評価としても、私と烈風先生の差は大きい。比較するのもおこがましい程の差がある。

 そうして差があるとして、私は烈風先生のように漫画描きとしての振る舞いが出来るだろうか。いや、それは無理だろう。

 私は今の連載ペースで精一杯なのだ。漫画を描く以外で読者の要望に答える動きが出来る訳が無いのだ。


 差を感じずにはいられない。感じたところでどうする事も出来ない事実だけがある。

 何かしなくてはいけない気持ちになるが、私に何が出来るのだろうか。


 こんな気持ちになっているのは、今日が原稿を編集に渡す日だからだろう。

 近くの喫茶店で渡す事になっている。流石に烈風先生宅に取りに来てもらう事も出来ないので、今回は場所を外に設けたのだ。


 原稿の入ったカバンを肩から掛けるとズシリと重い気がした。


 ――


 喫茶店に到着すると、担当編集の曲川さんが既に居た。紳士の国の名探偵を思わせるレトロなスーツを着ているので、直ぐに分かった。


 曲川さんには私の近況の変化を伝えていない。何から切り出していいものかと思うし、籍を入れるという具体性のある事実が発生してからでいいのでは考えたからだ。


「どうも、お待たせしました」


「いや魔王さん、俺は全く待っちゃあいない。今来たところだよ」


 いつもの手順で原稿を渡たすと、曲川さんは素早く内容を確認し自分のカバンに納めた。


「どうですか?」


「どうもこうもない。指定通りだ問題ないよ」


 そう言い終わると、店員を呼んで注文をし始めた。私も促されままにコーヒーを頼んだ。


「今日はあまり時間が取れないので、次回の件の打ち合わせは後日でいいですよね?」


「事前に聞いた通りだし、魔王さんは〆切は守るタイプだ問題ない。だが、そうだな少し世間話をしようじゃないか」


 この切り出しには緊張する。烈風先生との事は、別に厳戒令を敷いて極秘にしている訳ではないが、積極的には言い辛い事柄だ。

 作家の状態には常に気を配っているのが担当編集だ。何か情報を掴んでいる可能性は充分にある。


「世間話ですか? まだ多少時間があるので、問題無いですよ」


 曲川さんはコーヒーにミルクを溶かしながら、こちらに視線を向けた。


「俺はスパピンの部数が伸びにはもう少し時間がかかると思ってる。どうしてだか分かるか?」


「正確な答えは分からないですが、購買層が狭いからですかね」


「まあ、概ねそうだが、漫画なんてのは部数がスパイクする為のきっかけが無いと駄目だ。魔王さんの漫画に、それが無いとは言わないが、自然発生するには弱く、編集にもなんとかしてやる策がない」


 曲川さんは、通称強欲と呼ばれる程に担当作品を売る事に拘りがある。作家を鼓舞し盛り上げる事よりも、ロジカルにどう売れる物に仕上げるかという事にリソースを割くのだ。

 私は曲川さんのカンジが正直苦手ではあるが、彼の助言には何度も助けられた。


「暫くは現状維持という事ですか?」


「まあそうだ。長く続ければスパイスする目があると俺は見ている。だからそうだな。一つ忠告しておくと、出版社の不況を買うような事はするなよ」


 何か核心に迫る話ではないが、曲川さんが何か情報を掴んでいる事は間違いなさそうだ。


「それは、一体どういう事ですか?会社側で何かあったんですか?」


「うちは何も知らん。そうだな、出版業界というのは色々と複雑な関係性があるんだ。有能な作家を引っ張れれば、それだけで大きくパワーバランスが変わる。故に大作家の動向は注視しているんだよ。大先生を他に奪われる訳にはいかない。ちょっかいをかける奴は許さない。特に大手はその傾向が強い」


 これはつまり、烈風先生の所属する会社から睨まれているという事なのだろうか。

 曲川さんは、これ以降この話には言及しなかった。


 出版社と作家の関係性、こんな事を考えると思い出してしまう。あの人の漫画が終わるまでアシスタントをしていたときの事を。

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