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烈風と魔王4

 ◆


「兄上! 何を企んどるんか知らんが、うちの問題に魔王を巻き込むのは許さんぞ!」


 興奮した烈風先生を制するように、お兄さん、つまり如月家当主の烈火氏が静かに手を突き出す。


「落ち着け烈風。儂はお前らの子の事を思うて、こげなことを言うとる。親となるもんに籍が無いんはいけん事じゃろ?」


 確かに私に籍は無い。


 以前に鏑矢さんの遠縁という事にしてもらっているが、それも不自然に見えないような工作がしてあるだけで、私の籍は存在していないのだ。


「確かに私に籍はありません。籍があれば憂い無くこの国で暮らす事が出来るでしょう。私や烈風先生、そして生まれて来る子にも良い事です。我々にはいい事尽くめだ。ならば、如月家は私を籍に加えて何を得るんですか? 我々の為と仰ったが、何か目的があるのでしょう? それを今ここでお聞きしたい」


 如月家、まるで漫画の設定のような一族だ。到底信じ難い事に関わっているが、それを目の当たりにした以上は信じる他無い。


「ほうじゃの。話てやらんでも無いが、ちいと人が多いの。母者と烈風は外してくれんか? 烈風は寝とらんといけんのじゃろうから、母者と向こうで大人しゅうしとれ」


「兄上! 魔王は何も関係ないんじゃ」


「烈風よ。魔王を如月の家に巻き込んだのはお前じゃあないんか? 儂はそれに片をつけようとしとるんじゃ。今は出張ってくるな」


 そう言われて烈風先生は下を向いてしまった。


「烈風先生。私ならば大丈夫です。何、魔界を統べた事もある魔王なのですから、これくらい私一人でも間違わないですよ」


 烈風先生が少し泣きそうな顔でこちらを見る。何か言いたいようだが、言葉が出ないようだ。


「ふうたん。あちらで待ちましょう。後はかーくんがちゃんとしてくれるわ。心配しなくても何もしないからね。何かするようなら、うちが既にやっとるでしょ?」


 何か怖い言葉を残して、烈風先生とお母さんは部屋を出て行った。


「さてと、魔王よ。少し如月の家の話をしようかの」


「お願いします」


 ゆったりとした動きでお兄さんはソファーの上で胡座をかいた。


「如月家は殺人術は飯のタネにしとる。それは分かるか?」


「殺人術ですか…。あの地下闘技場で戦う術を持っているという訳ではないのですか?」


「それはただの使い道よ。如月流は殺人術、それが変わった事は一度もありゃあせん。それに珍しい事でもないわ。今に残る武術は殺人術が形を変えた物よ。警察や軍隊がそれを治安維持に使うのも同じよの」


 お兄さんは、私の表情を楽しむように見てくる。


「殺人術を伝える一族に私が加わる意味は何ですか?」


「答えを急ぐ男よな。まあ、そう急くな。いずれ分かる事じゃ」


「あまりに非日常の事で、その、混乱してまして」


「混乱か。まあええ、それより今日来た儂らに違和感を感じんか? 何かが足りんとは思わんか?」


 目の前の人物はそのままなのに、まるで別人のような気配がした。先程の言葉に得体の知れない何かが乗っていたようだ。

 これが世に言う殺気なのだろうか。


「なんでしょう。そうですね。烈風先生のお父さんはいらっしゃっていないんですか?」


 指をバチンと鳴らしお兄さんが喜ぶ。


「それよ、それ。おやじ殿はここに来る事が出来ん。何故だか分かるか?」


「ま、まさか……」


 少しの沈黙の後、お兄さんは吹き出すように笑う。


「ふははは! 死んだ、いや殺されたと思うたか? 残念じゃが生きとる」


「何ですか! 脅かさないで下さい」


 お兄さんの表情は一変して真剣になる。


「じゃが、生きとる方が恐ろしい。おやじ殿は烈風が怖くて来れんのじゃ」


「何があったんですか?」


「如月流の当主は殺して奪うが常よ。おジジ殿はおやじ殿によって殺された。まあ、物騒な話じゃが当主とはそういう物よ。命の惜しいもんは当主になどなろうとはせん」


「凄まじい家ですね……。でもそうなるとおかしくないですか? お兄さんはお父さんが生きたまま当主になっています」


 お兄さんの眉が一瞬動く。


「おやじ殿とおジジ殿の立ち合いは正式な物じゃった。死力を尽くしおやじ殿がおジジ殿の止めを刺した。そこまではよかったんじゃ」


 何も良く無いが、如月家ではこれが普通なのだろうか。烈風先生は何も知らされていない感じがするので、一部の者での慣例なのかもしれない。


「烈風先生とお爺さんは確か仲が良かったんじゃなかったでしたっけ? という事は烈風先生が…?」


「魔王の言う通り烈風はおジジ殿と仲が良かった。そしておジジ殿の死を偶然見てしまったそうじゃ」


「では烈風先生はお父さんを?」


「烈風は何もしとらん。立ち合った親類がそう言っとるんじゃ間違いなかろう。じゃが、おやじ殿はその場を逃げ出したそうじゃ。死をも恐れん如月家の当主となったもんが逃げ出した。おやじ殿は烈風に何を見たんじゃろうな」


「烈風先生には如月流の才が多分にあるということ事ですか?」


 お兄さんはテーブルをトントンと指で叩く。機嫌は良さそうだ。


「才どころでは無いわな。如月には鬼が生まれ事があるが、烈風は正にそれよ。前に儂が足蹴にされたのを見たじゃろ? 隙を作って挑発したとはいえ、まさかあそこまでやられるとは思わなんだ。烈風は間違い無く鬼攫鬼よ」


「烈風先生が如月家にとってどういう存在なのかは分かりました。それで、そこから私がどう繋がるのでしょうか?」


 どこか油断を誘う振る舞いのお兄さんだが、瞳の奥には冷めた、いや冷徹な光を感じる。


「武術の家が強い血を一族に入れる事はようある。儂の母者にも異国の血が流れている。それ故に強者はゆり強い者を見抜く。自然と強き血を取り込もうとするもんじゃ」


「私の血統に強さがあると言う事なんでしょうか? 正直全くそんな片鱗は見えないと思うのですが」


 お兄さんはため息をついている。


「それはそうよな。儂や母者から見て、魔王からは武の欠片も感じられん。じゃが、烈風のいや鬼の認識は違うんじゃと思う。儂が烈風の強さを正しく測れぬように、凡百には分からん強さが世にはある。儂は鬼の直感を信じる。魔王には特異な何かがある」


 確かに私は異界人なので特異ではある。しかし、私は知っている。血統という括りからだけでは何か特別な者など生まれない事を。

 生まれ育った環境や関わった人、いや、人と関わらないという事でさえ、特異を生むのだ。

 私はあちらで特異だったが、それと血統は関係無い気がする。


「私の血を混ぜたところで何も無いですよ」


「別に血が欲しいだけじゃないわ。それだけならもっと別のやり方もあろうが。儂は魔王という個を如月に迎え入れたい。どうじゃ? 儂に武の才はあまり無いが、人を見る目はあるつもりよ。烈風の才に気が付いたのも儂が最初よ。その目が魔王を見つけたんじゃ。間違いあるまい」


 正直、お兄さんの言う事が全て真実なのかは分からない。だが、私が籍を得る事にマイナスは無いのだ。仮に私や烈風先生、生まれくる子供が如月家であるが故に追い詰められたとしても、最終手段としてあちらに逃がれるという術がある。


「私だけで判断したく無いので、烈風先生と相談します。二人の意見が合ったそのときは、如月家に迎え入れて頂くという事でよろしいですか?」


「ええじゃろ。儂はいつまでも待つ。二人で決めるんがええ」

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