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魔王の世界14

 禊の為にこの2週間ほどは色々と奔走した。まあ、贖罪的な事とは言ったが、実際にはご褒美でしかない出来事だったのだ。


 烈風先生は温泉に行くと息巻いたが、どうしても長期の休み予定が取れなく、止むなく日帰りプランとなったが、二人で旅行をして来たのだ。


 二人でしかも相手は恋人で、という状況で予定を立てた事など今まで一度も無かったが、まさかこれ程楽しいとは思わなかった。


 何故、世の娯楽に旅行という物があり、皆大枚を叩いて出かけていくのか理解出来なかったが、こういう事だったのか。


 誰かの為に時間を使う事に意味を見出しせなかったが、悪くない時間の使い方だと思う。

 旅行の計画とはシミュレーションなのだ。つまり楽しい妄想な訳だ。しかもこの妄想の実現性は高い。

 相手を思い妄想し、それが実現する。なるほど、楽しい訳だ。


 実現した旅行は、それは楽しかった。しかし、私には何が楽しかったのか、今は朧げな記憶しかない。記憶とはより強い物によって上書きされる。


 元よりこの旅行の目的は二人で入浴するというものだ。あまりにもエッチすぎる目的に、童貞に毛の生えた私が抗える訳も無かった。

 旅行の予定はほぼ計画通りに進行し、楽しい時間を過ごしたと思う。


 しかし、私の記憶は昼下りの温泉宿の客室付き露天風呂からしか鮮明に残ってはいない。


 烈風先生と二人で入浴という状況に、私の魔王砲は脱衣の時点で臨界点に達していた。

 当然、そんな状況を烈風先生に隠し通せる訳もなく、それと無く距離を詰められる事にドキドキが止まらなかった。


 鮮明な記憶に烈風先生の肢体の全てが記録されているが、本番まで致していないという事ははっきりとしている。


 詰めてくる烈風先生に対して、私は紳士ぶって、入浴施設や客室を汚す訳にはいかないので、とか言う謎理論をしどろもどろに展開した。


「ほうか、では汚れなければいいんじゃな?」


 と言う烈風先生の言葉を最後に、私の脳内は(んあああぁぁぁぁ!!らめらめらめぇ!!!もどれなくなっちゃうのおぉぉぉ!!!)で埋め尽くされたのだった。


 烈風先生は私の脳力の漫画以外の領域を埋め尽くすつもりだと言ったが、どうやら本気のようだ。


 現在の私はあちら側に戻って来ている。勿論、私単独ではなく、菅田氏と一緒だ。そこまではいいのだが、何故か烈風先生も居るのであった。


「ここ! ここですよ!! 僕が中学生の頃に来たのは」


 菅田氏のリクエストで来た場所は、あちらとこちらの縁の深い場所であった。

 私が主に関わっていた、一般的に中央と呼ばれる場所からは遠く、国どころか世界も違っているので、少しホッとしている。

 二人には、場所の説明として観光地になっている古い寺院群だと言っておいた。説明内容として大枠しか合っていないが嘘では無い。


 実際にはあちらとこちらの人の籍を管理している場所なのだ。説明が非常に厄介な施設であり、中央との繋がりもあるので、私的には関わり合いたくはないのだ。


 しかし、この場所も歴史が深く趣きのある意匠なのに、どうして、こう興が乗らないのだろうか。

 烈風先生と歩いた古い温泉地は素晴らしかったのに、何故かこの場には興味が持てない。


 烈風先生は街並みや建造物のスケッチをしている。鉛筆で描かれた風景を見て、今感じている違和感の正体が分かった気がする。


 烈風先生は見た物を正確に描いている。その絵の風景と、私が体感している実際の風景には差異があるのだ。

 こちらの世界は、街、大地、海、そして空までも何者かの意思力が働いているのだ。意思力を排して見ている私には、つまらない物に見えるのだ。

 言ってみれば、烈風先生はテーマパークの着ぐるみのキャラクターに興を感じているが、私は着ぐるみの脱げた中の人にしか見えていないのだ。

 テーマパークから一切のキャラクター性や世界観を排してしまえば、ただの普通の街を歩いているに過ぎない。


「中々、興味深い場所じゃな?」


 そう言った烈風先生の手元のスケッチブックには、幻想的な風景が描かれていた。


「そうですか。ならばお連れした甲斐があったというものです」


「魔王にとっては見飽きたとこなんか?」


「初めて来ましたが、知っている場所です。ただ、あまりにも知識と実物に差が無かったので、当然か、という感想しか湧きませんね」


「菅田は念願叶ったようじゃな」


「そうですね。ただ、連れて来てよかったのか、今でも迷いが消えません。ここは比較的安全ですが、危険な場所も少なくありません。正直、菅田氏にはこちらに深入りしてもらいたくありませんよ」


 烈風先生はスケッチブックをパタンと閉じると、大きめのショルダーバッグに仕舞った。


「それは菅田次第じゃろ。魔王は神夢々先生に今の連載止めろと言われて止めるか? いくら尊敬する相手からの助言じゃとして、それは自分で決めるわな。そういう事じゃ」


 烈風先生の言う事はよく分かる。しかし、止めたい。私と同じ認識に菅田氏が至る事は無いかもしれないが、何者かの意思だけで成る世界の不完全さに、警鐘を鳴らさずにはいられないのだ。


「魔王先生。何か食べて行きましょうよ」


「菅田氏よ。事前に言ったとおり、食事は持ち込みの物でね。あちらの人では分解出来ない物質が料理に入っている事もあるので、念には念を入れて」


 菅田氏はつまらなそうに目を細める。


「じゃあ、景色のいい所で食べましょうよ」


 そう言って指差した先には、黒いガラス状の絶壁の上に引っ掛かるように建っている赤い寺院だった。


 ―


 高所に至る為に、煙状の浮遊足場で上昇中も菅田氏のテンションは高いままだった。


 半球状の寺院の中にある球体を連結した観測装置に菅田氏の興味が全振りされていた。


 この場所は、確かに信仰の場ではある。ただし、信仰とは様々な世界を観測する事、そしてそれを中央に、言い換えれば旧魔王に向けて報告する事が教義なのだ。

 あちらの世界に関わるこちら側の人の籍を管理するのも、観測に他ならない。


 菅田氏は寺院に入って行きそう勢いなので、カップ焼そばの匂いで釣る事にした。


「菅田氏は何食べるの? 烈風先生はおにぎり全種でしたっけ」


 私は菅田氏に見えるように、黒い岩壁から突然生えた冷蔵庫の扉を開けた。

 この世界を繋いだような構造に、菅田氏はまんまと釣られた。


「凄い! 魔王先生、どこ◯もドアみたいです!」


 菅田氏は興奮している。


「確かに理屈の分からん術じゃ。だが便利は便利よの。わしの家の扉を一つ魔王の寝室に繋げてもらえんじゃろか?」


 烈風先生はいたずらっぽく言ってみせた。


「ズルいですよ! 烈風先生だけ!僕の家のクローゼットも、こっちに繋いで下さい!」


「そ、それはちょっとどちらも出来かねるので、今はご飯を食べよう」


 そう言って、菅田氏が事前にあちらで購入していたサラダスパゲッティをずいっと差し出した。


「なんで駄目なんですか。まあ、ご飯は食べますけど」


 黒い岩壁の上で緑の空と遠くに赤い湖を見ながら、コンビニ飯を食べる。中々に特異な経験をしているが、この場にいる3人の認識は大きく違うのだなと分かった。


「菅田氏よ。今日はこちらに連れて来たけど、私が連れて来るのはこれが最初で最後だ。それをよく分かってほしい」


 私は、言い出し難いとは思いつつ、必ず言おうと思っていた事を菅田氏に伝えた。

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