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魔王の世界11

 甕の中には老人が入っているようだ。接近してもこちらに反応するでも無く、三つある瞳は全て閉じられていた。


 衣類なのか寝具なのか老人の体は、元々は鮮やかな織物であったと思われる布に包まれている。

 甕、老人、布は何十年もここに放置されているかのように、今にも朽ちようとしていた。


 世界の中心がここであるという事実に気づく者はいないだろう。

 実際に老人の施した隠蔽工作は完璧だったのだ。


 何がこの老人にここまでさせたのかは分からないが、隠れたくなるような事象はこれまで辿ってきた経路に幾つもあった。

 誰にも任せる事の出来ない世界、それが私を取り巻く世界なのだと強烈に印象付ける。


 私は老人に話しかけたが反応は無い。仕方がないので自分の要件を伝えた。


 単純にどこそこでの戦闘行為を止めてくれという、そんな内容を一方的に伝えた。


 老人は全ての瞳を見開き、感情の波なのか顔をくしゃくしゃに歪ませた。


 私は返事を待ったが、老人から何かが返ってくる事は無かった。


 老人は死んだのだ。


 ショック死なのか、誰かに気付かれたらそうなるように仕込んでおいたのか、今となっては分からないが、私は老人を死に追いやった。


 老人は世界の中心であった。それが失われたという事は、世界は今まで通りに回らなくなる。

 老人の意向を逆に辿りここまで到達した私には分かる。このままでは世界は大変な事になる。


 老人の蘇生を試みるよりも、世界の解れを何とかしなくてはならないと思った。

 近くにいた人に老人の事は任せて、私は一番大きな綻びへと向かっていた。


 世界は連鎖的に壊れてしまう。それを回避する為に、私は来た道を戻り始めた。


 老人が直接接触していなくても、老人からの指示を受けて行動していた人は沢山居る。

 世界の破綻を防ぐ為、それぞれの世界運用者に老人からの指示が無くなった旨と、指示がなくとも世界を継続する方法を伝えては次を目指すを繰り返して奔走した。


 いきなりで信用されない事も多々あったが、老人の世界の中心からの指示が失われた事は皆理解していたので、破綻を防ぐ事自体は上手くいった。


 私は各地を周り破綻を防ぐ事で、救世主のように扱われようになった。

 世界の中心が無くとも世界が運用されようになり、各地の運用者の威光は強くなった。

 運用者達は、これまでの指示を聞くだけだった世界を悪とし、世界の中心は魔王として断じられ始めた。


 私は何処にも肩入れする事は無かったので、解放の象徴として扱われた。

 だが、世界は別々の個性によって運用され始め、それ故に新たな綻びが生じた。


 単一の精神によって支配され運用されていた、今までの世界には戻れなくなっていた。


 各地の運用者達は、結局は指示を欲し始めた。そうは言っても世界の中心はもういない。

 あの宿場町に戻った頃には、老人の遺体は焼かれて埋葬されていた。


 運用者達の目線は私に向いた。私に世界の中心の役目を求め始めたのだ。


 世界の中心の代わりなど出来ないし、老人の最後を見た私からしたら、絶対にやりたくない。

 運用者達の多少の要望は聞いたが、私が何かを判断することはしなかった。何事も少しずつ先送りするように促し、運用者達の判断に任せたのだ。


 今居る場所が悪いのだと思い里に戻ったが、そこにも私の居場所は無かった。


 里は元々は予言を求められて成立していた。今や救世主の出た地として神格化され、予言は以前とは比較にならない程に求められていた。

 里は私を大いに歓迎したが、事の顛末を知る私には白々しい虚構にしか感じられなかった。


 もはや世界の何処にいても助言を求められる。運用者達は私の助言に自身の意見が混ぜられ今のやり方に味をしめたのだ。


 私は少しずつ人を避けるようになり、私を知らない者しかいない地を点々とした。

 何処へ行ってめ私は発見され、助言を求められる事になった。


 今ならば、世界の中心であった老人の気持ちが良く分かる。今のように人と関わるくらいなら、自分一人で抱えたほうが遥かにましなのだ。


 だが、私は一人になる方法を失ってしまった。


 私は感情に任せて、助言を求める人々と訣別した。今後私を追えば、反撃する事を伝え、それでも追う者にはそれなりの罰を与えた。


 魔王を倒して救世主になった私は、結局は魔王になる事になった。


 世界的に不干渉が徹底されている今の世界に逃げ込んだのもこの頃だ。


 私は大半の世界を放棄して、今の世界に引き篭もった。今も続く世界の綻びを無視して、大きな破壊、大量の死があろうとも見て見ぬふりをしている。


 ――――――――――



 烈風先生は私の話を黙って聞いていた。


 話が終わっても、特に質問がある訳でもない。


 石を削った腰掛けから立ち上がり、辺りを見回している。


「そんで、ここからはどうやって帰るんじゃ?」


「あ、その、普通にあの玄関扉から戻る事が出来ますが」


「ほうか、じゃ、そろそろ戻ろうかの」


 烈風先生はスタスタと歩い扉へと入って行ってしまった。

 私が戻ると烈風先生は靴を脱いで私を待っていた。


「やはり、私の過去には幻滅されました? 今のペンネームが魔王なのも皮肉が効いていますよね。あの人はセンスだけではなく、超能力もあったんですかね」


 何となく何かを求められている気がして、つい余計な事を聞いてしまう。


「逆にわしから聞くが、魔王はわしが如月流をわやにして漫画を描いとるんわどう思う。兄上の如月流のやる事は、この国の未来に関わる。兄上の言うようにわしがやったほうがええじゃないか?」


「それは、そうかもしれませんが、私は烈風先生が漫画をBCを描いてくれて感謝しています。お兄さんの言うようにしていれば、これはなかった。それに、今からたらればの話をしたところで、過去が変わる訳ではありませんから、私は今を受け入れますよ」


 烈風先生は生肩を抱くようにスリスリと触っている。見ないようにと視線を泳がせるが、膝上丈のスカートに目が行って更に気まずい。


「ほうか、そう言えば魔王の靴紐が解けかけとるぞ」


 私の気まずさを察してか、烈風先生から助け舟が出たようだ。

 丸い体格の私に靴紐の操作は結構困難だ。玄関の上りに腰掛けて、そこで靴紐を縛り直すしかない。

 面倒な事なので、普段から靴紐は見ないようにしているが、そのツケが今回ってきたようだ。


 靴紐の件で烈風先生に背中を見せているので、私の気不味い視線は解消された。


「烈風先生。先に上がっておいて下さい。この体格なので少し時間がかかります。冷蔵庫の飲み物、好きな飲んで下さいね」


 背中越しに話しかけると、烈風先生が少し離れる気配がした。促したとおり、先に部屋に入るのだろう。


「魔王よ。わしも、魔王がこっちに来て、漫画を描いてくれて感謝しとる」


 烈風先生の声が少し遠くからする。


「そうですか? ありがとうございます。てっきり、さっきの話を聞いて、直ぐに元の世界へ帰れと言われかと思ってました」


「魔王よ」


 さっきまで遠くにいたであろ烈風先生の声が直ぐ横でする。

 首を回転させて烈風先生の方を見ると、不意に何かが視界を塞いだ。


 それが、迫ってくる烈風先生の顔である事を認識した瞬間に、唇に柔らかい感触がした。

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