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魔王の世界9

 なるほど、烈風先生のお姿をまじまじと見たのはこれが初めてかもしれないが、相当の美…少女?

 少女と形容するには相応しくないかもしれないが、見た目は間違いなく少女と言わざるを得ない。


 今までは会話中であっても、烈風先生の顔面からはやや視線を逸らしていた。限られた人としか接してこなかった私の精一杯の対面技能が、相手の見た目や視線、表情の情報を減らして、会話内容に集中するというものだ。


 それに、憧れの烈風先生のお姿は、直視してはいけないような気がしていた。


 今日のお姿は、普段の情報が希薄なので定かではないが、恐らく気合いが入っている。

 視界をやや逸らそうとしても、生肩にフォーカスが合うので、ついご尊顔を見てしまう。


「その、烈風先生が私と結婚を希望されているという事なのですが、やはり何かの間違いでは無いのでしょうか?」


 やはりこれだ。何かの間違いか、烈風先生の意思とは別の思惑があるのでは無いだろうか。


「間違い無い。わしは魔王と結婚したい。それは間違い無くわしの、わしだけの意思じゃ」


 何故か揺るぎない。


「では、質問を変えます。烈風先生は私と結婚する事で何を得るのですか? 何か今のままでは立ち行かない事があるのでしょうか」


 烈風先生は何か成し遂げたい事があるのだろう。そこに結婚というプロセスが必要なのだ。だが、今だにその目的が見えてこない。


「何か欲しいとかそんなじゃない。強いて言やあ、魔王がわしの事を考えたり、想ったりしてもらいてえと思っとる」


 どう、いう、ことなの?


「別に今のままでも烈風先生の事を考えます。ここ数日は特にです」


「ほ、ほうか…」


 烈風先生は照れ気味に微笑っている。


 あれだけ積極的にアプローチされれば、烈風先生の事を考えないなど不可能だろう。


「色々考えます。私のせいで烈風先生の漫画に悪影響があったらどうしようかと思いますし、その、先日のお姿も頭に焼き付いて離れません」


「漫画の事は気にせんでええ。魔王の漫画以外の全部が欲しいと言うたが、わしも漫画の部分は譲らん。連載漫画なんじゃから、いつか終わる事もあるじゃろうが、それは魔王と何の関係もない。それだけははっきりと言える」


 それならば、もうこのままでもいいのでは無いだろうか。既に烈風先生の要件は満たされているように感じる。


「では…」

「魔王よ。わしは結婚せんと魔王の事を捕まえられんと思っとる。結婚せんならば、魔王は何処かに行ってしまう。そんな予感が確かにあるんじゃ。魔王よやはりわしが相手では嫌か?」

「そんな事はありません! ただ、私に烈風先生が思うような人間では無いのです」


 そうだ。私にはこの世界の人間では無いという秘密がある。

 それを証明する事は出来るが、してしまえば今のような関係性は失われるだろう。


 失いたくは無い。失うくらいなら今を変える必要は無いのではと思う。


「魔王よ。聞かずにいたが、何か隠し事があるんじゃな? 言うてはくれんのか。それが心に支えとるんは分かる」


 烈風先生の手が伸びてきていて、私の手を優しく掴んでいる。


「恐ろしく醜悪な事実が含まれています。私はそれを出来るならば知られたくは無い」


「その事実が、これまでわしと魔王が交わした言葉を偽りに変えるか? スーパーピンクという漫画を打ち消す事になるか? そうで無いならば言え。わしを信じよ」


 確かに私が異界人である事と、こちらでの漫画描きとしての事は関係が無い。


 今の状況であれば、異世界の事を伝える以外に、事態の解決は無い。


 伝えるのか? あれ程嫌ったあちら側を


「では、言います。私はこの世界の人間ではありません」


 烈風先生はキョトンとしている。


「嘘を言っとらんのは分かる」


「そうですね。いきなりこんな事言われてもだと思うので、着いて来て下さい。靴は履いて行った方がいいですから」


 私は部屋を出て玄関に移動した。玄関の先はあちらに繋げてある。


「魔王よ。この先は?」


 烈風先生は人間離れした感覚を持っている。玄関の先の異変に気がついたようだ。


「そこを開ければ、あちらに繋がります。まだ、今ならば後戻り出来ますよ」


「わしが行かんとでも思うたか」


 そう言って烈風先生は躊躇なく扉を開いた。


 ▷▷▷


 扉から乾いた風がなだれ込んで来る。岩の焼けたような独特な香りがする。


 扉の先は岩場だ。私が戻った事を知られたく無くて、誰も寄り付かない場所を選んだ。


 自然の石塔がいくつも生えた岩場だ。石塔は空に向かうにつれて緑や青といった鮮やかな結晶状に変化している。


「ここが私が生まれた世界です。と言っても実家からはかなり遠い場所です」


「魔王よ。アレは?」


 烈風先生は驚いた様子で空を指した。


「アレは禁星虫です。惑星ほどの大きさのある虫ですね。今は眠っていますが、いつか目を覚ましてしまうでしょう」


 夕方に見える巨大な月の3倍はある芋虫が紫色の空に浮かんでいるのだ。それは驚くだろう。


「異界と一目で分かる場所に案内された訳か」


「それもありますが、ここならば誰も来ません。私は出来る限りこちらの人間に会いたくないのです」


「こっち何があったんじゃ? 興味深い世界ではあるが、何かわしらの世界とは大きく違う事があるんじゃろ」


 そうだ。こちらの世界は虚構に満ちている。人々が恐れ近寄らない禁星虫ですら、ある種の虚構と言っていいだろう。


「目に見える物だけが真実では無いという事です」


「では、あの虫もまやかしか?」


「まやかしでは無いですが、虫の食べて肥え大きくなるという意思が強く現れています。ここは意思を世界に反映させる方法が確立された場所です。一匹の虫も意思の持ち様ではああなる」


「ほじゃ、最大の意思を持つもんが最強か」


「一概にそうとは言えませんが、そう考える人は少なくありません」


「魔王は自在に世界を渡り、意思によって世界を改変できる言う事は、わしらの世界は保護されとるんか?」


「保護というよりは、世界の多様性を尊重するという事が今の大勢という感じです。世界同士の干渉を控えているが正しいでしょうか」


「ああなるほどの。じゃからあの空の虫もそのままか。あの虫も一つの世界という訳じゃな」


「そうですね」


 烈風先生は石塔をペシペシと叩いている。


「多様性は尊重するが、その実は強大な世界は恐ろしいし、弱小の世界は見下している。そうじゃな?」


 烈風先生は見抜いている。結局はそうだ。個人が世界に意思を反映するが、他者の事を理解しようとはしないのがこちら側だ。


「やはり、隠し事は出来ませんか。そうです。これ程自身の内面を表現出来るのに、相互の理解は一向に進まない世界なんです」


「魔王もそうなのか? わしは魔王にとって人では無く下等な存在か?」


「違います! 人は人だ。そう思うから私はあちらで漫画を描いています」


 烈風先生が触っていた石塔に激しい蹴りを入れると、石塔の根本が抉られたように掻き消えた。


「なるほどの。意思の反映か、少しは分かる」


「そんな!烈風先生が何故こちらの理を!」


「わしに体にこれ程の硬度の岩を砕く力は無い。じゃけど、何者かによって改変された物ならばとやってみたが、上手くいったの。だが、まあ、これさ確かにつまらんの」


 烈風先生は観察力と認識力でこちらの理の一部を理解したのだ。


「やはり、こちらにお連れするべきではなかった」


「そうとも限らん。魔王よ。さっきからの物言いから、こちらで力を持っておったな? こちらで不自由を感じた事は無い者の言葉じゃ。何を見限って漫画なんぞを描くようになった? わしはそれを聞きたい」


 こんな単純なやり取りで私の隠していた物があらわになってしまった。


 あちらでは誰にも言っていない話。誰にも知られたく無い事が、確かに私にはあるのだ。

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