魔王の世界5
烈風先生がスパピン読者であった。何故なのか?
嬉しさと恥ずかしさの極地にあり、動く事の出来ない肉体を他所に、頭は高速回転していた。
烈風先生は、あの人の漫画、ショッキングムーンのファンである発言をしていた。
当然、あの人の弟子である私の漫画は、あの人の影響を多分に受けている。
あの人の影をスパピンから感じ、そこが糸口で興味を持たれたのであろう。
ただ、烈風先生のスパピン同人は、相当に読み込んだ者にしか描けない内容だ。
漫画に於いてストイックな烈風先生が、今回の同人用に特別読み込んだのかと思っていたが、ご自身からファンである言質もあった。
何故、烈風先生ほどの漫画描きの方が、スパピンを読み続けているのか、それが謎で仕方が無い。
「烈風先生は何故スパピンを読むんですか?」
「そんなもんわしの勝手じゃろが。魔王だってBCが一番好きな漫画じゃと言う理由を、はっきりとは言うとらんぞ」
BCは世間が認め、アニメ化もする人気漫画なので、その比較は釣り合わないと思うが、そこはグッと飲み込んだ。
「では質問を変えます。烈風先生はスパピンにどういった感想をお持ちですか?」
烈風先生は一瞬こちらを睨んでから次の飲み物に切り替えた。
「感情か? そうじゃの。スパピンはネームからペン入れの段で、内容を大分変えとるな。その分、ペン入れでの思い付きが漫画全体に及んどらん事がある。背景も気に入らんから、本にする段で直しとるの。〆切に納得のいくもん挙げられんのじゃったら、アシを雇ったらどうなんじゃ?」
「はい…、返す言葉もありません」
私の言葉を受けて、更に飲み物を並べてダブルストローで吸い上げる烈風先生から圧力を感じる。
「と、そんな批判が聞きたそうな顔をしとったから言うてみたが、実際のところスーパーピンクという漫画はわしには描けん。同人を描いてみて、それがよう分かったわ」
「そんな! 烈風先生の同人は、原作の私が欲しいと思った過去編でした。烈風先生が及ばぬなどという事は無いと思います」
「それも、さっき魔王が言うとったじゃろ。スパピン原作があったから描けたもんじゃとな。まさにそうよ。わしにはスパピンの浮ついたむず痒い雰囲気は描けん。60ページも描いたが、結局できんままじゃった。わしは他人の漫画を真似るのが得意なんじゃが、スパピンは真似る事ができなんだ。だからと言う訳じゃないが、わしはスパピンを読む。単純に面白いから、どうなるか気になるから読むんじゃ。漫画を読む理由なんて、それでええじゃろ」
烈風先生はこれからもスパピンを読む、それだけは確かに分かる。
「烈風先生の仰る事は分かりますが、私は一体どうしたらいいのか」
「そんなもん、変わらず連載せんか。わしはスパピンが続く限り読むだけじゃ。ああー、しかし、すっきりしたわ。初めて会うたときは、一方的にファン宣言されたからな。わしも伝える事が出来てよかったわ」
烈風先生がスパピンを見ている。これは、より気の抜けない連載となった。
「烈風先生に読んで頂けるように頑張ります」
「どうなろうとわしは読むわ。それより読んいないもんに読ませる努力を考えんか。わしはアニメ化の追い風を得たから、暫くはましかもしらんがな。魔王はもっと自分の漫画を広める努力をせんとな」
「烈風先生の漫画と比べるまでも無くですが。今は連載を維持するのが精一杯でして、なかなか布教は進んでおりません」
「わしの漫画とて読まんもんは読まん。例え無料でネット公開しても読まんわ。魔王とて、BCのWEBコミックは読んでおらんじゃろ? 本を雑誌で追っておるもんには無用じゃからな」
「いえ、WEB版も拝見しております。媒体が違うので、どのような編集されているのか興味がありまして」
烈風先生は視線を外して咳払いをした。
「まあ、魔王は特殊な例じゃからな。とにかく、新しい漫画なんかは、きっかけが無いと誰も読まん。そのきっかけを生む為には、漫画描き以外の活動が必須な訳じゃ。これには漫画描きとは異なる才や、運や機会が要る。魔王は誰かに頼るつもりはないんか?」
「無くは無いですが、担当編集と地道にやっていくつもりです」
「ほうか。魔王がそれでえんならええ」
烈風先生のハンバーグを食べる箸の速度が上がった。
「ところで、報酬というのはさっきの回答で良かったんでしょうか?」
「ほうじゃな。わしは満足しとる。そいえば、魔王も何か用事があったんじゃったな」
烈風先生の圧力ですっかりと忘れていたが、 BCアニメの情報を何か聞けないかと思っていたのであった。
「あの、大変答難い質問ではあると思うのですが。BCのアニメはどの辺りまでやるのでしょうか?」
ハンバーグを食べる速度を変えず、烈風先生がこちらをチラッと見る。
「それをわしが答えよんと思うんか?」
「いえ、それはお答え頂けないと思っています。ただ、今の状況を烈風先生はどう感じているのか、お聞き出来ればと思いまして」
我ながら良い質問だと思った。難易度の高い質問を投げておいて、軽い質問の答えを得る。しかも、質問内容は具体性に言及していない。
「わしがどう思うとるかか。そうじゃな、答える前に魔王に聞いておきたい事があるがええか?」
「どうぞ。なんなりと」
「それじゃ、わしという存在が失われるが今までどおりBCの連載は続くのと、わしという存在は残るがBCの連載は終わる。どちらを希望する?」
自分の質問に満足していたら、いきなり究極の質問が来た。
どうだろうか。BCという漫画と、作者の烈風先生のどちらが重要かと言う問いなのだろうか。
私は以前に似た経験をしている気がした。
あの人の漫画は終わってしまったが、私の元には残ってくれた。今は居なくなってしまったが、連載終了直後にあの人と鏑矢さんが居たから、私は漫画描きになれた。
もし、どうにか食い下がって、あの人が漫画の方向性を曲げてでも連載をしていたら、あの人の存在は維持されたのだろうか。
どちらにせよ。漫画は人より出ずる世界だ。人無くし漫画無し。
「それであればBCが終了したとしても、烈風先生が存在し続ける事を希望します。烈風先生の存在が無いのであれば、BCという漫画が続いていたとしても、それは私の求めるBCでは無いでしょう。そうなのだとしたら、BCの後に連載されるであろう烈風先生の新作を待ちます」
「わしが次に漫画を描く補助は無いぞ?」
「いえ、烈風先生は描くでしょう。BC前の百鬼夜族も読んでおりましたが、烈風先生は漫画が描きたくて仕方の無い人でしょう。次も必ずあると思います」
烈風先生の処女作である百鬼夜族は2年弱の連載で打ち切りとなってしまった漫画だ。
暴走族が夜に騒がしく爆走するのは、実は妖怪退治を兼ねているという斬新な設定の漫画だった。当時の人類にはまだ早すぎる漫画であった。
「ほうか、ならば一つアニメの情報を知る良い手段があるぞ」
なんだろうか? これは私の回答が功を奏したか? アドベンチャーゲームなら、初見で最適解を選んだ感じだ。
「なんでしょうか? 私に出来る事なら何でもやりますよ」
「ふむ。わしと魔王が家族となればよい。魔王よわしと結婚してみんか?」
は?
という単語だけが、私の頭の中を支配した。