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魔王の世界4

 雪が夜の灯りに照らされてチラチラと光っている。町中は寒さから逃げるように帰路を急ぐ者と、暖と食事を求めて動き回る者ばかりだ。

 私は人の流れに乗らず、広い道路の対岸にあるファミレスの様子を見ている。


 約束の時間にはまだ一時間以上あるが、遅れる訳にもいかないので、超早目に家を出て来た。

 既に時間潰しのネタも切れていたので、ただただ目的地を観測する地蔵と化している。

 往来の流れを遮り、防寒装備もほどほどの私を怪訝に一瞥する人もいるが気にしない。

 そもそも人より多く肉を身につけている私にとっては、この程度の寒さはどうでもよいのだ。逆に着過ぎると室内で灼熱地獄に遭うので、冬はTシャツの上に衣料量販店の安ダウンジャケット一枚でいいのだ。


「おい。何をしとるんじゃ」


 背後からいきなり声がかかる。このお声は間違いなく烈風先生のもの。しかし、何故烈風先生が一時間も前にいらっしゃるのか。


 振り返ると、黒いコートを纏った烈風先生が立っていた。

 毎回色んな姿でお会いするが、今回は出版社の女性社員で見るような他所行きな装いだ。自分の適当な服装が恥ずかしくなる。


「いえ、少し会場の下見に。烈風先生はこれからお仕事ですか?」


「何が下見じゃ。ファミレスにそんなもんいらんじゃろが。どうせ、わしより先に来てわしを待たせんような、いらん気でも利かせようとしよんか?」


 がっつりバレている。


「早目に行こうとは思っていたのですが、前の予定が予想より早く済んでしまい。お店が混んでいないか様子見をしていたのです」


 当然、前の予定などはないが、なんとなく見栄を張ってしまった。


「ほうか、奇遇じゃの。わしも急に暇になっての。どうじゃ、もう店に行かんか?」


「あ? ええ、烈風先生が良ければ喜んで」


 烈風先生はニッと笑って歩き始めた。私と烈風先生が歩いているのは、パッと見どうなのだろうか。

 デカいオタクが未成年の女の子と歩いているように見えるだろう。どう考えても犯罪の匂いしかしない。


 私は人の波に押されて烈風先生から少し離れて歩く事にしたが、何故か烈風先生との距離が変わらない。

 少し前を歩いている烈風先生から私の位置はよく見えないはずだが、何故か振り返る事も無く一定の距離内に居る。


 烈風先生は武道に精通しているので、その特殊能力が発揮されているのだろう。

 この前、謎の地下闘技場では、倍以上の背丈があるお兄さんをボコボコにしていた。

 担当編集の泉野さんも、最強だとおっしゃっていたので、リアルで格闘漫画の主人公くらい強いのだろう。


 ファミレスの入口に到着すると、烈風先生が履いているブーツの踵をトンと鳴らした。

 最初は何か分からなかったが、体についていた雪が全て落ちていた。やはり、武道の達人なのだ。


 店内はまだそれ程混んでおらず、直ぐに席へと案内された。


「さてと、わしは好きに注文するが、人よりよう食べる。なので、払いは全てわしがさしてもらう」


「そ、そんな、以前もご馳走になった訳ですし、今回は私が払います!」


 私の焦った回答を烈風先生は、ビシッと止まれの身振りで止める。


「払いはわしじゃ。その代わり魔王からはちょっとした報酬をもらう。何、払えんようなもんは要求せんから安心せえ」


 烈風先生独特の圧力が場を支配する。例え受け入れ難い申し出であっても、流れで通されそうな魔力的な言葉を操る方だ。


「で、では分かりました。一旦注文しましょうか」


 相変わらず、注文の際は烈風先生の小声問題が発生する。烈風先生の注文量はやはり多く、その小さな肉体の何処に収まるのか謎だ。店員には、私が食べるのだと思われているのだろう。まあ、私も食べる方だが、烈風先生には敵わない。


「ほいじゃあ、まずはわしの報酬の話からしようかの」


 烈風先生は無茶を言う方では無いが、報酬という言葉に緊張が走る。


「いいでしょう。私の出来る範囲ならば受けて立ちます」


 烈風先生はいつの間にかドリンクバーから持ってきたメロンソーダをストローで吸い上げた。


「では遠慮のう言うわ。わしの描いたスパピン本の感想を教えてくれ。そんだけでええ、簡単じゃろ?」


 そう言われてハッとした。私は確かに烈風先生にスパピンの同人本を描いて頂いた。それはそれは素晴らしい出来だった。

 だが、感想と言われると仄暗い感情が過ぎる。


「そ、その……」


「一つ言うておく。わしに嘘は通用せんぞ。さっきの待ち合わせの言葉も、半分くらいは方便じゃな? わしは気配がはっきり分かる方でな。感想は嘘偽りのねえように頼むわ」


 烈風先生から強力な釘を刺される。だが、語る真実はあまりに身勝手な内容だ。


「あのスパピン本はエロと同人である事を最大限に活かした素晴らしい物でした。スパピン要素のメタ的な表現を、まさかエロ物固有の黒消しに折り込むとは、流石としか言いようがありません。線のタッチまでトレースされており、一瞬自分で描いたのかと見間違いました」


「ここまでは嘘無しじゃの。じゃがまだあるじゃろ?」


 既に黄色ソーダ水に移行していた烈風先生が、ストローをグラスから外してこちらを指してくる。


「はい、確かに、まだ感想はあります、が…」


「遠慮をするな。例え、わしを誹謗中傷する言葉であってもええ」


 烈風先生がスパピン本を描くと言ったときの感情が思いださせる。

 年末に実際本が売られる段になって、全て自分で買おうとした理由も、本当は自分で分かっていた。


「そ、その、烈風先生は狡くないですか…?」


「許可は事前に取ったぞ? そもそも、先にわしの許可も無くわしの漫画を描いたのは魔王じゃ。狡いのはそっちの方じゃろ」


「それはそうですが、あんな過去編をやるのは狡い! 原作を描いている者の選択肢を奪う行為だ!同人は推しキャラや推しカプのIFを描くに留めるのがマナーでしょう!」


 次第に語気が強くなってしまっているが、止まらない。


「そんなルールは同人には無い。それに原作者の意図を汲む同人作家などおらんじゃろ。他人の褌で取る相撲なんじゃ、皆汚い覚悟でやっとるわ」


「違う! そうでは無い、烈風先生、あなたは原作者の意図を汲み過ぎている! 原作者を超える創作はもはや冒涜だ! 私はあんな過去編思い付きもしなかった。しかし、あなたは思い付いた。でもそれは、私がこれまでスパピンを今の形で連載してきたからだ! 私があったからこそ出来た同人なんだ!」


 つい、我を忘れて感情に任せた言葉を吐いてしまった。烈風先生は飲み物を飲むのを止めて、こちらに視線を向けている。


「その言葉が聞けて安心したわ」


「え?」


「魔王よ。わしが魔王と同じように思っとるとは思わんか?」


「いえ、それは烈風先生に限って、私のような木端の漫画描きを気にされる事は無いでしょう」


「漫画描きに格なんぞありゃあせん。わしだって思うところくらいあるわ。それに、わしはスパピン本を仕返しで描くと言うたんじゃ。魔王はそれを忘れとったようじゃがの。どうじゃ、わしの本は魔王をしてやったじゃろ?」


 烈風先生は悪戯っぽい笑顔を浮かべて、ポテトをモリモリ食べている。


「それはそうですが。まさか、報酬って私にコレを思い出させる事だったんですか?」


「まあ、そうよな。上手くハマって大成功じゃ」


「そんな、酷い…」


「そうは言っても魔王よ。わしがスパピンを本気で読んでおるのが分かったじゃろ? いい加減に読んどるもんにあれは描けん。だから、原作者さんよ。これからも連載を頼む」


 え、烈風先生はスパピン読者? 確かに、あの解像度は読んでいないと出来ない事だが。

 そもそも、読んでいるという話自体が建前だとばかり思っていたが、実はそういうヤツ……?


 この事実に気が付いた私の顔は既に真っ赤であった。

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