魔王の世界3
「それで、どうやって解決するんですか?」
まだ返事もしていないのに、菅田氏の興味は既に先へと進んでいるようだ。
「どうって、まだやるとも言ってないのだが」
「え? じゃあ下脱いで下さい。ご褒美が先だなんて、せっかちさんなんですね」
ズボンに手をかける菅田氏を慌てて止める。
「いや、そうじゃないって! 分かった、やるから、ストップ!」
「じゃあ、世界のために頑張りましょうね」
菅田氏がゆっくりと離れる。
「しかし、菅田氏よ。あまり自分を売るような真似はよくないぞ。過去に嫌な事があったのなら、今はそれをすべきではないよ」
「別に僕は可愛い扱いされるとか、性的に見られるの嫌じゃないですよ。男とか女とか、どっちかはっきりしろって強制されるのが嫌なんです。僕の勝手にさせてくれよって、つい反発しちゃうんですよね。だから、魔王先生は僕に反応しちゃってもいいんですよ?」
魔王より悪魔な菅田氏だ。しかし、漫画描きとしては分からんでもない。乙女な気持ちで描いているときもあれば、肉食獣の如き欲に塗れて描いているときもある。人の外面で内面が割り切れる訳も無いのだ。
「まあ、菅田氏がいいんならいいけど、報酬は何か別の物でね」
「じゃ、やるんですね。それで、いつやります。今すぐですか? やるなら僕も立ち合いますからね」
圧が凄いが、あちらに対するこれまでのパッションからしたら、まあ、こんなものか。
「別にいつでもいいけど、菅田氏はどうやってあっちに連絡する事になってんの?」
「あっちの人も必死だったんで、僕が実家に連絡出来ればなんでもいいそうですよ。ただ、何だっかな? 出来れば録を付けてくれと言われました。録ってなんですか?」
なるほどな。あちらも確実性はほしいという事か。
「まあ、録ってのは私からの情報である事の証文みたいなもんだよ。今回は私の肉声の録音で問題ないかな」
「では、僕がこれで録音します」
菅田氏が携帯端末を差し出してきた。
「まあ、これで録になるか。じゃあ、菅田氏よ録音の合図してよ」
「わかりました。ちょっと待って下さい。えーと、これでいいはず……。よし、それでは3、2、1、スタート!」
菅田氏が携帯端末の録音機能をオンにして静かになる。
「えー、禁星虫は以後300年動きありません。以上」
菅田氏が沈黙の中、何回かアイコンタクトを送って来た後、録音を終了した。
「え?コレ…だけ?」
「そ、これだけ」
菅田氏は納得いっていない顔だ。
「だって、魔王先生何もせずに、ただいきなり喋っただけですよ?」
「だから、あっちの事で菅田氏は期待しすぎなんだよ。私がやっていた事は、実につまらん事なんだよ。私だって呪文の詠唱や儀式があればなーとか思うけど、本当にコレだけなんだよね」
「あっちの人はコレで納得するんですか?」
「まあ、試しにその録音送ってみな」
菅田氏はまだ納得していないようだが、とりあえずやってみるかという感じだ。
「駄目だったら、また来ますからね」
「いいだろう。ところで、報酬の件だが、烈風先生とお会いする場を設けてもらえないだろうか?」
烈風先生ならば、必ずBCアニメの情報を持っている。何か少しだけでも聞く事が出来れば暁光。
「アニメの話聞きたいんですか?」
「そうだよ。菅田氏は知りたくないの?」
「まあ、僕は別になんですが。そう言えば、仮にの話なんですが、烈風先生がもし漫画を描く仕事をしていないとしたら、それでも興味ありますか?」
何だろうか? 私の人間性を試す質問なのか、そんなにアニメ化の話聞きたい事が人の道に外れている事なのか。
「烈風先生が漫画を描いていないなら? よく分からんが、漫画描きではないとしても、漫画に対するパッションはあのままという事なのだろう? ならば是非ともお話ししてみたい。私はこの通り、がっつり目のオタクだ。異性と会う機会など一切無い。そんな私が漫画大好きな女性とお話し出来るなら、そんなもん興味ありありだよ」
更にキモい回答になってしまった。しかし、仕方あるまい。生涯異性との関係性を絶ってきた者ならば、少しの可能性でも舞いあがってしまうものだ。
「そうは言っても、あっちではモテモテなんじゃないですか? あれ程頼られる予言者様なら、言い寄ってくる人はいっぱいいたでしょ」
菅田氏の言う通り確かに居た。それも、私の能力が世に知れ渡ってからだが。
「それは、別に私に興味があったから寄って来ていた訳ではないからね。私の職業と立場によるものだから。いくら見目麗しい人が来ようとも、虚しいだけだったよ」
「見た目や、立場やでは無いという事なんですか?」
「それは、始まりこそ、見た目や立場もあるかもしれないけど。その後関係性が続くかどうかは、互いの中身によるよ。菅田氏だって私があちらの人間だと知ったから私と接触しただろうけど、私が菅田氏との関係性を継続しているのは、菅田氏の中身によるものだからね」
ついつい説教臭い事を言ってしまった。私が師や鏑矢さんから言われた事を同じように語っている。
「そういう事ですか。なら、魔王先生はご自分で烈風先生に連絡した方がいいですよ。連絡先交換してるんでしょ?」
「いや、烈風先生はお忙しいだろうから、私から連絡するのは恐れおおいと言うか」
「大丈夫ですよ。烈風先生も魔王先生を信じて連絡先を渡したんですから。とりあえず、あちらへの連絡は僕がしておきます。報酬は僕がいいのを考えておきますよ。それじゃ、僕はこれで失礼します」
菅田氏はアセアセと上着を着て出て行ってしまった。
残された私には、烈風先生へと連絡するというミッションがある。
菅田氏は恐らく明日は仕事に行くだろう。そうした際に私から烈風先生に連絡がいっていない場合、私は不義理でヘタレなキモオタと断じられ事だろう。
だが、どういった文面で連絡すればよいのだ?
視界の端に毎秒減るカウントダウンが表示されている気分だ。RPGで偶にあるが、あの手の演出は好きでは無い。私はやり込み勢だから、隅々まで見て周りたいのだ。
落ち着け、落ち着くんだ。さっきから喉の渇きを潤す為に飲んでいるのはエナドリだった。これ興奮剤入りじゃねーか。
烈風先生の宛先を示した画面に私の書いた文字が減ったり増えたりしている。
長い文章がいいのか、短いシンプルな文章が最適か。今送るのはいいのか、もっと夜になった方がいいのか、全く正解が見えない。
ワタワタしているうちに時間が経過しており、焦りがピークに達したタイミングで、うっかりメッセージを送ってしまった。
中途半端な時間に微妙な文が送信され、頭が真っ白になった。
我に返り、メッセージの削除方法を調べるが、消していいものか、更に迷う。
そんな事をしているうちにメッセージに既読が付いてしまった。
もはや、取り返しがつかない。既読から返事の無い時間が無限のように感じられる。
いつの間にか辺りは真っ暗になっており、携帯端末の通知の灯りで部屋の暗さに気がついた程だ。
(明日の20時に例のファミレスでどうじゃ?)
烈風先生から、OKと取れるメッセージが返ってきた事で一気に安堵の波が押し寄せてきた。
烈風先生の申し出を受ける返事をして、私は久しぶりに睡眠を取る事にした。