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魔王の世界1

 寒さが若干和らいだ頃、私はブラックコード通称BCのアニメ化を知った。


 週刊連載され8年が経過したその人気漫画は、チーム戦型の能力バトルによる戦闘作画の困難さと、緻密でダイナミックな世界設定からアニメ化不能と言われてきた。


 毎週連載されるBCを心の拠り所にしていた私としては複雑な気分だ。愛する漫画であるだけに、不安半分、期待半分だ。

 全裸に纏った毛布を魔法使いのローブに見立ててBC一巻の表紙ポーズを真似てみたが、全く心が落ち着かない。


 幸運な事にBCアニメの情報を、しかも特濃のヤツを持っている知り合いがいる。

 なんとBCの作者であらせられる如月烈風先生と、そのアシスタントである菅田氏と知り合ったのだ。


 去年まで同業者の知り合いは殆どいなかったが、今はとても濃い人と知り合えた。


 アニメの情報を聞く事は出来る。ただ、2人共話せる事があるだけに、話し辛いだろう。そこを聞くのは野暮というものだ。


 しかし、アニメ化か。


 烈風先生は今頃喜びのあまり小躍りしているだろうか。もし私の漫画がアニメになるならば、ウキウキになる事間違い無しだ。

 自分の脳内で自分の漫画のアニメオープニングを夢想して、無限ループする事もあるのだ。現実ともなれば色めき立ってしまうに違い無い。


 また自作アニメオープニングの世界に入り込もうとしていると、携帯端末の画面に菅田氏からの連絡が表示された。

 今から来るのだと書いてあった。


 菅田氏とは電子世界越しではちょくちょく連絡が来るが、リアルで会うのは年始に誘われた初詣以来だ。


 最近は菅田氏も自作漫画を描くようになり、アシもがっつりやっているので忙しいそうだ。


 菅田氏が来るとなれば服を着なくてはならない。最近は来客も少なくので、まだ今年になってから服を着た回数は片手で足りるほどだ。

 通販のダンボールを漁り、昭和漫画キャラの描かれたトランクスを引きずり出す。

 基本的に私の服は通販だ。私のデカく豊満なボディを収めるとなると、通常の衣料品店ではサイズがあまり無いのだ。


 体の締め付けを排除したTシャツと半パン姿になり、申し訳程度に床を掃除する。


 10分程度の掃除の後、来客を告げるインターホンが鳴る。菅田氏の特徴として、来ると連絡があってから来訪者までの時間が短いのだ。

 もう少し余裕を持って連絡すればいいと思っているのだが、当人は「そうですか?」の一点張りなので、菅田氏の個性だと思う事にしている。


 思い立ったら即行動が菅田氏の理念なのだ。初めて我が家に来訪したときも驚いたものだ。ドアを叩く音に怯えて、覗き窓から外を見ると、ボーイッシュ女子高生が居たのだから。


 玄関扉を開けると、特に年始と変わらぬ感じの菅田氏がいた。


「見ました? BCアニメ化の記事」


 私が聞くまいと考えていた事がアホらしいかのように、当人からぶっ込まれた。家に上がる前から要件というのが菅田氏らしいと思った。


 菅田氏は遠慮無く我が家に入ると、テシテシと軽い足音をさせながら奥へと進んだ。


「菅田氏、まずはBCアニメ化おめでとう。本来は烈風先生に一番にお伝えするのが筋だが、どうにも気が引けてね。私なんかが連絡してよいものだろうかと思い、今に至る訳だよ」


 コートを脱いでモコモコした膝丈のパンツと体のラインの出るニット姿になった菅田氏が、我が家での定位置でニヤニヤしていた。


「BC大好きな魔王先生の事だから、一喜一憂してると思ったので、その顔を見に来ました」


「ファンである者ならば、皆こうなるだろ。遅過ぎたアニメ化は期待と不安でいっぱいなのよ。そちらの原作サイドも両手を挙げて大喜びだけでさないでしょうに」


 思わずファン心理からエキサイトしてしまう。そんな私を見て、菅田氏は予想通りという顔をしている。


「じゃあ、先生からのお言葉を伝えますね」


 なんと私宛に伝言があるとは、BCファン冥利に尽きる。


「お、おう」


「アニメはアニメのプロが仕事をする。わしは原作者として漫画描きの出来る事をするから、安心して放送を待つがよい!」


 菅田氏がスピーカーなので、方言が抜けてなんかRPGの王様のような喋りだが、流石は烈風先生。心強いお言葉だ。


「あの烈風先生がやると言うのであれば、私のような一ファンは信じて待つのみ。しかとお言葉賜りました」


 菅田氏がうむと言った感じの表情をしている。


「僕達も情報を聞いたときはワタワタしましたが、先生がビシっと言ってくれたので、とりあえずは安心してます」


「流石は烈風先生。発言や行動はいつも男前ですな。ところで菅田氏よ。アニメは一体どこまでやるのかな」


 さりげなく関係者情報を聞いてみる。


「そんなの僕が知る訳ないじゃないですか。もちろん、知っていても教えませんけどね」


「しかしですねぇ菅田氏よ。騎士編完結まではやるだろうから、そうなると二期でも足りない訳ですよ。まさか烈風先生が途中を端折る事は許さないでしょうから、そうなるとそんな長期放送はどうなのかという事になり……」


「うちのマナミンさんと同じ事言ってますね。それも含めて信じて待てという事ですよ」


 ビシっとシャットアウトされてしまった。実際に烈風先生に会った事のある者ならば、それは従わざるをえない。


「待つか。しかし一体何年待つのか。アニメなら大体は制作発表してから2年くらいは平気で待たせるからな」


 私が独り言心地になっていると、菅田氏が何かを発見したようで定位置を動いた。


「これが例の先生が描いたという同人誌ですか」


 菅田氏は烈風先生作のスパピン本に気が付いたようだ。


「どうだ凄いだろう? 私の宝物だ。まさかここまでの本を作って頂けると思っていなかったので、現物を手にして度肝を抜かれたよ」


 私がスパピン本を勧めると、菅田氏は何ページか見て、本を閉じてしまった。


「これ、完成度も凄いですが、無茶苦茶エロいですね。ちょっと人の居るところで読むのは憚れますよ」


「だろう?エロいだろ?凄いだろ? しかもなんとその本は60ページもあるんだ。同人誌なら前人未踏レベルだが、烈風先生は本職なのでそれくらいは描けると思いきや、その本は週刊連載の合間に描かれている」


「え、マジですか?」


「マジもマジの大マジ。流石の私も、烈風先生は人間ではないのではと思い始めているよ。イベント当日は自作コスプレで本を手売りしていたのだから、やはり烈風先生は人では無く天使。それくらいでなければ納得出来ないレベルの仕事量だよ」


 烈風先生の超人的な仕事量を体感して、自分の小ささを実感した。やはり、大成する人は才能だけでなく努力も伴うものなのだ。


「僕も今は自作漫画描いてますけど、仕事と並行でこんなには描けないですね」


「これは漫画描き全般を見ても無理でしょ。やはりこれからは大天使烈風先生とお呼びした方がいいのではと思うよね」


 菅田は何かに気が付いた表情をした。


「天使で思い出したんですが、今日来た要件があったんでした」


「アニメ化の話だけではなかったの?」


「ええ、実はちょっと遅めの帰省をしていたんですが、あちらの人から言伝がありまして」


 あちら、菅田氏があちらと呼ぶ場所は一つしかない。

 あちらとは私が捨てた世界。私が捨てようとも、一部の者は追ってくる、あの退屈な世界だ。


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