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烈風の漫画15

 年が明けてアニメ化の話がどんどんと進みだした。年末の忙しい時期に話があったのは、今回の案件が現実味があるからなのだろう。


 暫くすると契約関係がまとまり、仕事場では情報解禁されていた。


 アシスタントの皆は、アニメに沸き、色々と浮き足だっている。


 やれ、声優は誰がいいだとか、円盤特典は何がいいだとか、試写会のチケットは貰えるのかだとか、とにかく先ばかり見ている。


 契約内容にもよるのだろうが、今回の話は原作サイドからあまり口出しする事は出来ない。

 アニメというより商業色の強い案件であれば、放送期間という短く絶対的な旬を逃す事は出来ないのだ。

 原作への再現度よりも、商業としての成功が優先されるのだから、当然と言えば当然だ。


 そんな正論でアシスタントの皆の士気を下げたくは無いので、話には乗っている。

 それに、わしの原作者としての矜持と責任は果たすつもりだ。BCはわしの漫画だが、わし一人で描いている訳では無い。原作として譲れ無い部分は一歩も引かないつもりだ。


 ――――


 まだ正月の気配も若干残る中、アニメ制作サイドとの顔合わせが行われる事になった。場所は出版社ビルの会議室だ。


 アニメ化の話は、わしが知る前から動いていたようで、制作の準備はかなり進めているらしい。

 業界としてのやり口なのかは知らないが、契約がどうなるか分からない頃から動き出すというのは、いかがなものなのだろう。

 無事契約がなされて、数多くの担当者が胸を撫で下ろした事だろう。

 そう考えると、兄上がわしの進退の話をしに動いた際は、激震が走った事だろう。アキ姐はわし寄りに行動してくれるが、勤め人としてはさぞかし苦境にあったに違い無い。本当に感謝しかないと思える。


「お嬢、今日は先方の監督とシナリオ担当者に会って頂きます。本来は各種役柄の方との挨拶があるのですが、お嬢は顔出しNGなので、対面での接触は必要最低限に抑えてあります」


 今日の段取りは大体聞いていたが、エレベーターの中でアキ姐が改めて説明してくれた。

 わしが、漫画の話以外では初めての人と話せない事を察しての配慮だ。


「アキ姐には、いつも迷惑をかけるの。今日も宜しゅう頼むわ」


 アキ姐はこちらを見て微笑んだ。アシスタントの皆からも、未だに恐れられているアキ姐だが、わしからすれば愛想の良いデキるお姉さんなのだ。


 エレベーターが停止すると、扉ばかりの静かなフロアに出た。先方は既に部屋に入っているそうだ。アキ姐が扉をノックすると中から応答があり、部屋に入ると二人の人物が見えた。

 一人は細身で坊主頭に近いほど髪を刈り込んだ年齢不詳の男性だ。

 丸い眼鏡に体調が悪そうな浅黒い肌から、邪悪なエキゾチック仏門の僧侶のような印象だ。


 男性の影に隠れて見え無かったが、自席に回り込む際にもう一人の人物の姿が見えた。


 その姿にわしはドキリとした。


 そこに居たのは、年末に会った魔王四天王の一人、歓喜のオーランジャだった。


 歓喜ノはこちらを一瞥すると、綺麗な営業スマイルを浮かべた。


 世間は広いようで狭いと言うが、まさにその通りだ。


 わしが若干呆けていると、あちら側から名刺と挨拶が来た。


「今回アニメの監督をさせて頂きます、山田です」


「シナリオの嬉野きのです」


 監督の喋り口調がDBの悪の宇宙帝王っぽいにも関わらず、歓喜ノの事が気になり過ぎて、あまり入ってこない。

 歓喜ノの顔をぼーっと見ていると、いきなりウインクを返されて、我に返る事が出来た。


「担当編集の泉野です。こちらは……」


「如月烈風じゃ。よろしく」


 歓喜ノが居た事で、まともな声を出す事が出来た。


 決して広くは無い会議室に四人が座った。


「如月先生。この度はアニメ化の許可を頂きありがとうございます」


 監督の喋り声がねっとりしている事を、今ようやく脳が認識した。


「………」


 初対面効果が発揮されて声がまともに出ない。


「いえこちらこそありがとうございます。如月先生はお話を頂いた時点で、二つ返事でOKされました。今回の件期待されてます。ただ、若干緊張される傾向があるので、簡単な質疑については私から返させて頂きます」


 アキ姐がフォローを入れてくれた。


「恐縮です。先生がお若いと聞いておりましたが。まさかここまで若々しいとは思いませんでした」


「既にご存知かと思いますが、如月先生は顔出しN Gですので、今回の事は他言無用にてお願いします」


「それは、心得ております。私も公の場に顔を出す機会もありますが、決して良い事ばかりではないです。先生のお姿については、この山田と嬉野の胸の内に秘めますので、ご安心下さい」


 山田監督は独特の雰囲気を出している。過去の実績で言えば、わしが契約しているこの出版社関連のアニメ化を何本か担当している。

 顔出しすると言ったが、あまり表立つタイプでは無い。アニメ監督としてはカリスマタイプというよりは、現場調和タイプなのだろうか。


「今日は顔合わせですが、対面でしか出来ない話も幾つかしておきたいと思います。このフロアは終日貸し切りにしておりますので、時間の許す限り認識合わせをしたいと思います」


 アキ姐は監督の雰囲気に負けず、場を取り仕切ってくれる。やはり頼れるお姉さんなのだ。


 ――


 一旦昼の休憩を挟む事になり、わしは歓喜ノに呼び出されていた。

 指定のカフェに到着すると、歓喜のが入口で待っていた。


 場所はカフェだが、個室に近い席が使用出来る店のようで、奥に案内された。話し合いの合間に携帯端末で何かやっていると思っていたが、どうやらここの予約を取っていたようだ。


子子ねこちゃん、年末ぶりだねぇ。あ、今は如月烈風先生か」


「まさか、歓喜ノがアニメ関係者とはの。正直驚いたわ」


「驚いたのはあたしだよ。まさか、あの如月烈風先生だとはねぇ。まあ、でも、あのスパピン本の出来は納得だわ」


「次に何か描く際は、手伝ってくれるんじゃったか?」


「あたし恥ずかしー! プロ中のプロに何て事を言ってしまったんだ。消したいー! あのセリフだけ無かった事にしたいー!」


 互いに笑いながら、驚きの再会を喜んだ。ネットの頃より、歓喜ノとはスパピンの好みの方向が似ていた。


「漫画についてはわしが描くが、アニメについては頼るつもりじゃ。原作として守ってほしい事は言うが、それ以外は任せるつもりじゃ。あの山田監督は、クセの強さはあるが、周りの事を良く見て良く考えるタイプのようじゃからな」


「それはまあ、手前味噌になるけど、山田さんは周り見えている人よ。ただ、自分が見えて無い事が多いから、サポートしないとぶっ倒れちゃう。シナリオもホントは1人で出来ちゃうけど、あたしみたいな補助輪がいる訳よ」


 歓喜ノは少し寂しそうだ。自身の仕事に誇りを持ってはいるが、同種の巨大な才能を目の当たりにすると、人は揺らぐものだ。

 沢山真似て来たわしには、それが良く分かる。


 アニメ化とあってわしは不安に思っていた。漫画の常道もふらついているわしが、アニメに対して何が出来るのだろうかと。

 ただ、わしの漫画を楽しんでくれている人々を裏切る結果にだけはしたく無いと思っていた。


 そんな折りに出会った歓喜ノは、鏡のようにわしの今の心持ちを写してくれた。


 結局わしは何なのか。そう、わしは漫画描きでありBCの原作者なのだ。

 BCが最終回を迎えるまで、それが変わる事は無いし、わし以外に出来る者もいない。


 こんな簡単な事に今頃気付くとは、わしもまだまだだ。わしの漫画とは今の漫画をBCを続けるという事よ。今までわしが築いたモノを続ける事に意味がある。


 わしはようやく一端の漫画描きになったのかもしれない。

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