烈風の漫画13
わしは漫画をかなり読む方だ。漫画を読むのが好きだからという事もあるが、理由は別にあるのだ。
わしの描いている漫画は、模倣から始まった。今現在の漫画が模倣から脱しているのか、いないのか、それはわし自身分かっていない。
世間的な評価や読者の声から、主だって何かのパクリだと言われる事は少ない。だが、何かに似ているという声は無くなりはしない。
アキ姐からも気にするなと言われ、どんな漫画描きも言われている程度の些事である事は理解している。
しかし、わし自身が模倣から始めた事を知っているが故に、そんな声は強く響いてしまう。
わしが漫画を読むのは、わしの描いている漫画が、模倣になっていないかどうかの確認なのだ。
そんな中で、スパピンも連載一回目から読んでいる。
1ページ目で分かったが、スパピンは神々先生の漫画の影響を色濃く受けていた。神々先生の元アシスタントの人の作だろうかとも思った。
スパピンは神々作品の模倣だ。だが、わしの知る模倣とは全く違うものだった。
スパピンは真似ているのでは無く、神々先生が漫画で描いていた意志を継いでいるのだ。
だから、わしは嬉しかった。また、あの世界が展開され、その先を楽しむ事が出来るのだと思った。
しかし、スパピンはそれだけでは無かった。誰もそこまで読み込まないだろうというところまで描いてあり、そんな深さであっても読者を楽しませる事に特化しているのだ。
その漫画の作りは、神々漫画と言ってしまえばそうだが、この魔王という作者の作意がなければ決してあり得ないのだ。
これは神々漫画の作りだが、神々先生が描いていない事は確かなのだ。
他にわしが分かる事は、この魔王という者は、わしよりも神々先生の事を知っているという事だけだ。
これはわしに真似の出来ない真似なのだ。
スパピンはそれ程世間では評価されていない。神々
漫画のパクリだとか、少し変わったエロを被った日常漫画だと言われた程度だった。
それはそうだ。万人に全てが届くようには描かれていないのだ。誰にも届かないかもしれないようなところに、膨大な労力を費やした漫画、それがスパピンなのだ。
わしならば、絶対に選択しない漫画の描き方だった。
直ぐにこんな描き方は止めるだろうと思っていた。連載するという事はそれ程甘くない。本を売る為に直結しない労力など、出版社が認める訳がないし、作者が保つ訳が無いと思った。
だが、連載から1年が経過して、スパピンの本が出た時に、魔王がこのスタイルを貫くのだと分かった。
雑誌掲載時とは別の仕込みを本にまで入れていたのだ。
正直この本が許せなかったし、羨ましかった。こんな真似が許されるのか、わしに出来るのか、と無意味な問を心の内でしたものだ。
後に始まる漫画への恐れや嫉妬、そんなモノは漫画描きならば誰しもが感じる事だ。
スパピンはわしの内側を焼き、そんな気持ちがネットへと向き、わしは箱に籠るようになった。
スパピンは評価されていなかった。ほら、当然だ、思いながらも、それが魔王が進むと決めた道だと分かっていたから、評価されていない事に苛立った。
そんな折り、ネットで四天王に出会ったのだ。彼等はスパピンを理解し評価していた。
分かる人しか分からない漫画への悦では無かった。単純に漫画として楽しみ、来るも拒まず、去る者を追わない小さなコミュニティとして成り立っていた。
わしは何か裏があると思い、多くの踏み絵を用意して彼等を試した。
しかし、彼等の愛は本物で、分かった事と言ったら彼等が魔王とリアルで交流があるのでは、ぐらいだった。
アシスタントの菅田と魔王に交流があると知ったときは、心底に興奮した。
箱に籠もって、全身全能全神経をフル稼働し、体からあらゆる汁を垂れ流しながら策を練ったものだ。
わしはスパピンの同人制作許可を取り付けて、遂に魔王の真似の真似をやったのだ。
妄執のソーマからの問いの答えは単純だ。
「わしはこれを描くのに、これだけの時間が必要じゃった。ただそれだけの事よ」
「三年掛けた大作という事か。ならば、これだけの出来は納得だ。いや、常人であれば三年でも仕上がらんだろう。よくぞここまでと言っておこう」
四天王は皆納得したかのように、静かに首を縦に振っていた。
「漫画もそうですが、ツボミフォームのコスも見事でした。拙僧、三次元造形にはうるさい方なのですが、あれは圧巻でした」
「それはそうよね。だってあんなにスパピン造詣の深いレイヤーはこの世にいないだろうって事で、あなたがこの本の作者だと当たりが付いた訳だし」
コスに凝り過ぎたせいでバレたという訳のようだ。
「私は作者に感謝したくて、あの場でお呼び立てしました。良ければお手を見せて頂けませんか?」
真理ノがニコニコとした表情でこちらを見てくる。
「構わんが、何をするんじゃ?」
「お、スワン殿の目利きですな」
言われた通りに両の手の平と甲を見せる。真理ノはマジマジと手を観察した。
「ふむ、これは、切れ味を追求し研ぎ澄まされた、箔の如き薄さの金剛石の刃と言ったところですか」
四天王は少し驚いたようにほほお、と言った表情をしている。
「スワンは、手からその人の仕事に対する真摯さを見る事が出来るのよ。眉唾だったけど、今まで外れは無し。かなり辛口だから、悪い評価の無い人は初めてなの」
「仮に武道をされているなら達人と呼ばれるような方かと思いますね。何がそれ程までにさせるのかと言う練度を感じます。美しくも恐ろしい手です」
武道という単語が出て、少しドキリとした。
「手の話は納得だ。それよりもコスだコス。会長のコスという事は、妹であるいいんちょのコスもあるのでは無いだろうか? この本の中でも、いいんちょは出てくる訳であるから、コスもあって然るべきではないか」
妄執ノが過度の委員長推しである事を忘れていた。
「いや、無い。コスはあれだけじゃ」
「あ、ソーマ君、いやらしー。そんな事女の子に言っていい内容じゃなでしょ」
歓喜ノが妄執ノのボディに拳を入れていた。
「うぼぉ!」
妄執ノが体をくの字に曲げて沈黙する。
「ところで、一つ聞いておきたいんだけど、これからも本は描くの?」
「わからん。仕事もあるから、そう簡単にはいかんかもしれんのう」
「あそこまでの物を描くのだから、創作関連のプロの人だとは思うけど、あれは同人として売るには劇物だよ。プロなら本職に影響が出るレベル。まあ、エイジヤが誰なのか特定出来ないのだから、それはそれで凄い画力だけど、次描くならあたしに相談してね。悪いようにはしないから」
歓喜ノはわしを案じてくれているようだ。
「分かった。次があれば相談しよ」
「じゃ、後はトコトン飲み食いしよー。なんたって四年くらいの付き合いて、話したい事がいーぱいあるんだから」
肉の焼ける音、グラスの泡が弾ける音、スパピンの他愛無い話、そんな音にわしのスパピンへの思いが溶け出していくようだった。