烈風の漫画10
寒さが増して、外を行く人達にコート姿が目立つようになってきた。
あれから、兄上からの連絡は無い。武田からは何度か連絡があったが、応じる気は無いと返事をしている。
太閤戦などという仕組みで、政が決まっているかと思うと馬鹿げているが、戦争になるよりは遥かにましなのかもしれない。
この国で戦争、紛争、大きな暴力闘争が発生していなのは、太閤戦が機能しているからなのだそうだ。
太閤戦の参加者は国、企業、宗教法人、暴力団など、様々なのだそうだ。
それだけ世界は争いの種を抱えており、それを見せ物のような決闘で解消している。
ただ、太閤戦の枠組みは見せ物であっても、闘いに挑む者は本気であった。
兄上も、対戦相手の老兵も、決死の覚悟で臨んでいた。
わしの漫画は本気なのだろうか。わしが本気のつもりでも、周りに本気が伝わっているだろうか。
そんな事を応接室で考えていると、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「お嬢。失礼します」
アキ姐が部屋に入ってきた。
「わざわざすまんの」
「いえ、こちらも相談がいくつありましたので」
アキ姐は何やら書類を持って来ていた。
「それじゃ、わしの要件からじゃが。顔出しの件は止める事にした。会社にそう伝えてくれ」
「そうですか。まだ会社も動いていないので、どうにかなると思いますが、次の本の企画が宙に浮いてしまいますね」
「顔は出さんが、原稿が出来上がるまでの動画は協力する。インタビューも受ける。後、断っとった読み切りもやる」
アキ姐がチラリとこちらを見る。
「そうですね。それなら企画は収まりがつきそうです。お嬢なら期限内に出来ると思いますが、読み切りは懸念されていたとおり、クオリティに難が出るのでは?」
「そこは心配すな。ちゃあんと仕上げわ」
「お嬢がそう言うのであれば問題ありません。では、私からの要件をお話しさせてもらいます」
アキ姐から今後の企画の話、年末年始の予定などが続々と説明されている。
話の内容は頭に入っているが、思考の中心は既に漫画の事に向いていた。
―――
昨日の夜から防音室に篭って、今朝ついにスパピン本の原稿が完成した。
内容は厳選したが、結局60ページの三話構成になってしまった。エロ同人としては長めだが、わしの情熱を収めるには、この長さが必要だった。
魔王に紹介してもらった委託先には、原稿と装丁の指定、部数の指定、印刷代の振り込みだけで完結する。
当日の売り方についても相談済みだ。わしの秘策を完成させる為には、わし自身が現場に行く必要があるが、問題は無いようだ。
さあ、ここからは秘策の準備だ。本の準備が出来ても、まだ半分なのだ。年末までに片付けないといけない事は幾らでもある。
――――――
年末の同人イベント会場にわしはいた。現在は開場待ちである。
各サークルは設営を進めており、既にこの場には独特の雰囲気が発生している。
「姫乃ちゃん。これでいいかな」
わしは姫乃という名で呼ばれた。それもそのはず。わしはスパピンのダブルヒロインの1人である、会長こと姫乃に扮しているのだ。
お嬢様学校風の制服をスリットだらけにし、金属製に見える手袋とブーツを履いて、頭にティアラを装着しているのが、今のわしの姿だ。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
わしに話かけたのは、委託先の代表でこのサークルの主であるノージーさんだ。
「それにしても、姫乃のちゃん本当に大丈夫?」
「大丈夫です問題ありません。ほら、この通り」
わしは生徒手帳風の小道具を開き、中にある許可証を見せた。年の為、別ページには運転免許を仕込んである。
ノージーさんの懸念は最もなのだ。わしは未成年に間違われる事が多い。ここはR18エリアな訳だから、未成年を居させる訳にはいかないのだ。
「しかし、どう見てもノージーより年上には見えないよ」
ノージーさんは有名ジャンルの魔女の格好をしている。この場には慣れており、落ち着いた雰囲気から、見た目より年長者の雰囲気を感じる。
「年齢確認されたときの対処はばっちりなので、安心して下さい」
「それは心配してないよー。姫乃ちゃん凄くしっかりしてるもの。それより、変な事する人がいたら直ぐに逃げて来てね」
少しずつ会場の熱気が高まっているような気がする。冬だと言うのに妙な話だ。
―
開場の時間となり、売り子のスタンバイも完了した。
わしは、本を買う人が通るであろう場所は避けて、少し離れた位置にいる。
わしの目的はわしの本を売る事。その為、わしは本の表紙と同じ姿をしている。学生風のショルダーバッグには見本誌も入っている。
スパピンは圧倒的にマイナージャンルだ。名前だけでは絶対に売れ無い。そんな事は分かっている。
だからこそ、絵力とエロさとコスプレのリンクでダイレクトマーケティングするしかない。
幸いにして、わしには人の動きを把握する能力がある。興味を持った人を見分ける事が出来るので、そこで気を見て宣伝するのだ。
開場した現場はホーミング弾のように正確に目的地へと移動する人達の群れでごった返してきた。
ノージーさんのサークルにも人が押し寄せる。
「この本、100冊下さい」
そう言ったのは魔王だった。
わしは、即座に移動し魔王の脇腹に必殺拳を打ち込んだ。魔王は膝から崩れ落ち、握り締めた一万円札がハラハラと散った。
「おじさん、顔色悪いみたい。あっちで休憩しよ」
そう言うと、ノージーさんも察してくれたようで、魔王をサークルのバックヤードに叩き込む許可をくれた。
危ないところだった。魔王に全て買われては何の意味も無い。
魔王を床に転がし、わしは再び戦場へと戻った。
「この本5冊下さい」
さっきと似たようなフレーズが聞こえて来た。見ると、キャップを被った小柄な男性が、わしの本を買っていた。
何となくだが、あれは四天王の1人に違い無い。わしからの戦線布告に遠征して来たのであろう。
5冊本を買った男性は、わしの近くに寄って来た。
「ありがとね。おにーさん」
わしの言葉にピクリと反応し、男はカメラを取り出した。
「写真よろしいですか?」
「いいよー」
わしは本の表紙と同じポーズを取ると、男は素早く色んな角度から写真を撮った。
「ありがとうございました」
男性はお礼を言って去って行った。
この写真が不味かったのか、定期的に写真を撮りに来る人が増えた。
興味を持ってもらう為には必要なのだが、写真は時間を取られてしまう。
本はあれから売れていない。写真を撮りに来ている人達は、本への興味無いようだし、宣伝は出来ていないしで、少しずつ焦りを感じていた。
本を売る場で、写真撮影に応じ続けるのも良く無い。
わしは一旦バックヤードに逃げ込んだ。床には魔王が転がったままになっている。
「この勇者王子子という作者の別作品は無いのかな」
売り場でわしのペンネームが話に出て、ハッとした。そこには、真冬なのにタンクトップ一枚で筋肉モリモリでスキンヘッドの男性がいた。