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烈風の漫画8

 兄上の試合が終わると、武田が別の場所に移動するように言ってきた。


 太閤殿は地下にある施設だと思うが、闘技場以外にも広大な空間が広がっている。

 地下の移動なのに、移動手段は車であった。


 地下はラスベガスの夜かのように、異様な建物がギラギラと光を放っていた。

 車は大きな和風の建物に入った。匂いや雰囲気から察するに、料亭のような場所だろう。


 着物女性に案内され、わし等3人は小洒落た離れのような一室へと入った。


 武田は慣れた様子でわしを上座に勧めた。

 部屋は適度に暖かく、辺りは周囲の喧騒を感じない静けさだ。


 何も言っていないのに、高そうな陶器に入ったいい匂いのお茶らしき物が出てきた。


「兄上もここに来るんか?」


「そうですよ。闘いの後にはバイタルチェックをするのが決まりですので、少ーし後になるでしょう。我々はここで寛いでいましょう」


 武田は座椅子の背にだらしなくもたれて、黒い塗りの座卓をトントン叩いている。


「それにしても、烈風先生のお兄さんの試合は凄かったですね。あんな兵器の塊のような人を素手で倒してしまうなんて、漫画の格闘家かと思いましたよ」


 絶妙な居心地の悪さから、魔王が場を保たせようと話題を振っている。


「おやー、魔王さんでしたか? あなた中々お目が高いですね。太閤戦に於いて、如月烈火は我が国のエースです。あの手の相手に危なげ無く勝つ事が出来る者は、当方でも一部なんですよ」


 武田はヘラヘラと笑っている。気安い感じの軽さでは無く、何か嘲笑めいた嫌らしさを感じる。


「あれが不殺ルールの試合には見えんかった」


「太閤戦には厳しいレギュレーションがあります。試合後も各闘士が健常を保っていなくてはならず、もし何かあればペナルティが入る。不殺の闘いを謳っておいて直ぐに死にましたでは駄目なのですよ。ですから、相手も如月烈火も、それはよーく理解しているんですよ」


 武田は分かっていると言わんばかりに舌を出し、こちらを嗜めてくる。


 この離れに誰か近づいてくる足音がする。この感じは兄上だろう。


 暫くして、兄上が部屋へと入って来た。武田の横にどっかりと座り、食事を注文した。


「儂の戦はどうじゃった?」


「技の冴えは以前の兄上のままじゃ。じゃけど、何でこがな危険な事をしとるんじゃ? 如月の技は確かに過ぎたもんじゃと思っとったが、まさかこげん事に使こうとるとは思わなんだわ」


 兄上は瞳を少しの間閉じて、その後真っ直ぐにこちらを見た。


「これが如月の役目じゃ。危険ではあるが、儂等にしか出来ん事でもある。この国で無益な暴力沙汰が少ないんは、太閤戦が一役買うとるからじゃ。それが分かっとるから、おやじ殿もおじじ殿も役目を果たしてきたんじゃ」


「では、何故今になってわしにコレを明かしたんじゃ?」


 兄上は無駄話をしないタイプだ。答えるならシンプルに、答えないなら沈黙がある。


「それは、烈風に如月を継いでもらうためじゃ。当然、今の仕事は辞めてもらう。太閤戦は備え無しに出来る程、甘もう無いからな」


 ある種、予想通りの答えであった。兄上は如月を継ぐのは儂が相応しいと、昔から言っていた。

 だが、何故今になってまたそれを言いだしたのか、それが分からない。


「そ、それは困ります! 烈風先生の漫画は多くの人の希望、新しき宇宙の如き可能性の塊なんです! そ、それに烈風先生は漫画を愛しておられる! 漫画を止める事は、ご本人の意思に反するのでは無いでしょうか!」


 わしが一瞬口篭った隙に、魔王がわしの意思を代弁してしまった。


「なんじゃ?お前は? ……。そう言えば烈風と一緒に攫って来たような気がするの。儂が連れて来たとは言え、今の話にお前の出番は無えんじゃ。大人しゅうしとれ」


 兄上の声には気当たりが乗っている。犬の高い吠え声に人が驚いてしまう原理を応用した技なので、並の人では気が動転してしまう。


「い、いえ、場違いは承知で言わせて頂きます。烈風先生は出版社が連載を止めても、最後まで描く方だ。漫画の最後はご自身で決められる。だから、外部の者が止めるというのは違うと思います」


 兄上の気当たりは確かに魔王に通じた。しかし、魔王はそれをどういう理屈か知らないが跳ね除けたのだ。


「魔王よ。わしの代わりに言うてくれて感謝する。後はわしが兄上と話す。ええな?」


「は、はい。差し出がましい事をしてすいません」


 魔王は申し訳なさそうに小さくなった。


「兄上、なんでまた家の話が今出るんじゃ? この話はわしが家を出て漫画描きになったとき終わっじゃろ? 理由は一体何なんじゃ?」


「あん時は、如月当主がおやじ殿だった事もある。じゃけど、如月からしたら烈風を如月の者を出版社とやらに預けとる訳じゃ。そこが預けるに値せんと感じた。じゃから仕舞いにする。そうなったら、烈風は如月に戻るんが筋じゃ」


 出版社。少し心当たりはある。


「もしや、わしが漫画の作者として顔出しする話か?」


「そうじゃ。烈風は知らんかもしれんが、漫画家になる言うときにも似たような話があった。あれは漫画家としての筋とは違うじゃろ。それなのに、経営者が変わったとか抜かして、また同じ事をしようとしとる。じゃから、漫画は仕舞いじゃ」


 確かに、わしのデビュー時に女子高生漫画描きとして売り出す話があったが、いつの間にか無くなっていた。

 何と無く、わしの家の者が関わったとは知っていたが、まさか如月家がこれ程強権を持っていたとは思わなかった。


「兄上よ。それならば、別の出版社で描けばいい話じゃ。何か別の問題があるんじゃろ?」


 わしの漫画を止めさせるには、理由が些かお粗末な気がしていた。


「確かに出版社の件は切っ掛けに過ぎん。儂は昔から言うとるように、如月は烈風が継ぐべきじゃと思っとる」


「なんでじゃ? 兄上はさっきの試合でも楽勝だったじゃろ。何が足らんと言うんじゃ?」


 兄上は静かに手の甲を見せると、ミミズ腫れが一筋あった。


「さっきの戦で受けた傷じゃ。烈風よ。お前じゃったらコレは受けとらんな?」


 霧の中を伝わってくる電撃を避けられるかと言う話なら、無茶な注文ではあるが、確かにあの時の兄上は突出し過ぎていた気がした。

 だが、前に出たおかげで、早く相手を倒す事が出来た。あの相手に時間を掛けると、何か嫌な予感はしていたのだ。だから、兄上の判断は間違っていない。


「受けてはいないかもしれんが、もっと酷い試合になったかもしれん。兄上の行動が最適じゃとわしも思う」


「それじゃ。その才よ。儂には足らん。儂は太閤戦で10年と保たんじゃろう。じゃけど、烈風であれば、生涯負け無しでいける。如月には、より濃い血がいる。おやじ殿が恐れた、真の如月、いや鬼攫鬼が要るんじゃ」


 兄上は兄上で、如月の家について色々と悩んでいたようだ。


「わしは、あんな檻の中で闘うような真似は出来ん。兄上はわしを買いかぶり過ぎじゃ。わしは漫画ばかり描いてきたんじゃ。もう、拳の握りも覚えておらんわ」


「駄目じゃと言うんか?」


「わしは漫画を描く、さっき魔王が言ったように、漫画を描いて、終わるときはわしの意思で終わる」


 兄上は下を向いて何かを食べている。よく見ると傍に大量のおにぎりを盛った皿が用意されていた。


「ならば、鬼攫鬼の血だけでも残しもらう。丁度親しい男も居るようじゃ。今まで周りに寄る男がおらんからどうしようと思っとったが、これも何か縁じゃ。今ここで子を残してもらおう。それで儂も引き下がる。問題は無いわな?」


 兄上の言葉の衝撃で、魔王は白目を剥いていた。


 わしは恥ずかしさで理性が飛んだ。

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