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魔王の漫画4

 一流の環境が一流を育てるのか、それとも一流になるべく才を持つ者が一流の場にあつまるのか、そんな事は分かるはずも無い。


 菅田氏の漫画を完成させる為の能力は、私の遥上にある。これ程才に溢れていながら、一生アシスタントでいいという彼に、私は悲しさを覚える。

 彼がいつか漫画描きとなって、自身の世界を表現してくれたなら、私はきっと、その世界に夢中になるだろう。


 そうは言っても、才とやりたい事が重なる事例は、以外に少ない。

 私だって家業を継げば、向こうでは安定的な暮らしが出来る。しかし、漫画が好きで、遂には描きたくなってしまい、今は細いが連載まで頂いているのだ。


 決して効率的では無い生き方だが、やりたい事を見つけて、やれているというのはいい事だ。


「魔王先生の魔法って、どうやって使っているんですか? 僕にも使えます?」


 菅田氏は、週2で私の所へやって来る。仕事の方は本当に大丈夫なんだろうか。私が原因で菅田氏を変調させ、烈風先生の連載に穴を開けるような事だけは避けねばならない。


「菅田氏よ。私は魔法を使えるなんて事は一度も言っていないんですよ」


「寝なくていい魔法使っているんでしょ? そんなのこっちの世界では誰も出来ないですよ。だから、魔王先生のやっている事は魔法ですよ」


「それは認識の違いであって真実では無いのよ。私だって、精霊とか神とか悪魔の力を借りて奇跡を起こす方がよかったけど、実際はそうじゃ無い。私が原始生活しかした事が無い人の前で拳銃を撃って獲物を倒したら、それは魔法と言われそうしょ?ようはソレと同じなんですよ」


 菅田氏は納得いかなそうな顔をしている。


「魔法でも拳銃でも、何でもいいですけど、結局それを僕が使う事は出来るんですか?」


 強目に菅田氏が押して来るのは、あちらの人間である私から、いまいち肝心な情報が得られていないからだ。


「使えるか使えないかで言うなら、使かえますよ」


「本当ですか!」


 菅田氏がグイッとパーソナルエリアに入って来る。名実共に男性だが、見た目は完全に女性なのだ。私にとっては慣れない状況なのだ。


「菅田氏、近い。その机の辺りでも出来るので、サッとやりましょう」


 菅田氏はサッと私の指した位置に立ち、キラキラした表情で待っている。ボールを投げてもらう前の犬のようだ。


「それで、何やります! 火出しましょうよ!」


「火は出ません。簡単なやつ、そう、この消しゴムを切るくらいなら問題ないかな」


「なんか地味ですね」


「言っておくけれど、私がこれから菅田氏にやってもらう事は、魔法では無いし、面白くもないし、応用も出来ない事ですよ。カッターで簡単に切れる消しゴムを、カッター無しで切る。そんな程度の事です。それでもいいですか?」


「まあ、基礎は大事ですからね。いいですよ。やりましょう」


 菅田氏は、私から得た情報を元に修練するつもりなのだろうが、そこに意味は無いのだ。何か経験や研鑽でどうにかなるモノではない、認識しているかどうか、それ以外には何も無い。


「では、この新しい消しゴムを良く見て認識して下さい。着いているフィルムは剥がさないで、よく観察して、頭の中にこの消しゴムを思い描いて」


 消しゴムを凝視した後、菅田氏は何度か目を閉じてイメージを固めているようだった。あちら側の事となると真剣だ。本当に心から異世界を望んでいる。


「もう、ばっちりOKですよ。今から消しゴムを書き込んでくれって言われたら、どんな角度でもいけます」


 流石、菅田氏は烈風先生の漫画でも、メカモノの書き込みを担当しているだけの事はあって、立体物の把握能力が凄いのだ。

 烈風先生の漫画は、かなりチーム制作に近いと何かのインタビューで読んだ事があった。

 全ての担当を烈風先生が対応出来るが、週刊連載であの書き込みをするには無理がある。そこで、アシスタントの中でも烈風先生のタッチを再現できる者が、背景、メカモノ、動物、エフェクトと種類別に仕上げに近い部分まで専任しているそうだ。

 それと無く菅田氏に聞いたので間違い無い。


 私は週刊連載者の修羅の如き創作活動に、改めて感服したのだ。

 私には人を使って漫画を描く事など出来ない。漫画のストーリーを考え、ネームを通し、アシスタントを指揮して、自分も描く。こんな事を毎週やっているのだから、週刊連載者は人知を超えている。


 やはり菅田氏は漫画の世界に居るのが正しい。あたらのつまらない仕組みに気付いてもらう他ない。


「では、私が補助して、菅田氏の認識をあちら流の認識に変換しますよ」


 平面の集合体で立体を表現出来るように、あちらの認識も工夫すれば分かりやすく伝える事ができる。


 全ての存在は、単位情報の集合体として認識出来る。

 原子とか素粒子という小さな粒という事では無く、人が存在を認識しているという事の最初単位だ。


「なんか、消しゴムと周りの景色が曖昧で、黒と白の粒の集合に見えます!」


「それが、菅田氏が認識した物体の構成イメージです。そのイメージのまま、粒の一つに集中して下さい。粒の一つが自分の目になった感じで、中から外を見るようなイメージを維持して下さい」


「消しゴムの白い色の情報の中に居ます! 視界が真っ白!」


 認識の誘導には成功しているようだ。


「そこに居るならもう消しゴムに触れているも同然ですね。後は切られた消しゴムの情報を引き出すだけです。何か、新品の消しゴムが切れている理屈を探して下さい」


「うーん、工場出荷時に切断箇所が多かったとか?ても、そんか製品が出回っている可能性なんて、相当低いですよ」


「それでも可能性はゼロでは無い。この消しゴムが切断されている可能性はある。そうですね?」


「あるかもです。いや、ある!この消しゴムは切れている!」


 菅田氏の認識が固まったところで、認識補助を解除する。


「では、消しゴムのフィルムを開けて、確認して下さい」


 菅田氏がプレゼントをもらった子供のように、嬉々として消しゴムを開封する。

 消しゴムは、紙のカバーで隠れていた箇所が綺麗に真っ二つになるように切れていた。


「凄い切れてる! ……でも、これって手品っぽいというか、催眠術みたいな感じですね。実は始めから切断した消しゴムにフィルムを付けた物だったのかもって思っちゃいました」


 菅田氏は以外に冷静だ。


「その考え方は正しいですよ。経過は不明だが、結果だけが生じれば、凡ゆる可能性が考えられる。重要なのは認識する事と認識させる事なんです。こうして認識を引き出す行為こそが、菅田氏が魔法と言ったあちらの理屈の真実なんです」


「消しゴムが切れて無いって認識し直せば、元に戻るんですか?」


「認識の上書きは、難しいですが、不可能では無いです。あちらの人達は、この上書きに躍起になっている。そんな場所には、自身の世界を外に表現し、他者を喜ばせるような文化は生まれ無いんですよ」


 菅田氏は、突然ノートを取り出すと、何か色々と書き込み始めた。


「魔王先生、ありがとうございます! 凄く良い経験が出来ました!」


 こちらも見ずに早口でそう言うと、菅田氏は考えたり、ノートに書いたりを繰り返した。


 自身であちらの認識を得ようとしているのだろうか。

 ただ、そのアプローチは間違えている。私が導いた方法には、汎用性は無いのだ。

 私と菅田氏が居て、未開封の消しゴムがあって、初めて機能するだけの限定認識だ。


 私からは無駄だとは伝え無い。自身で探求し、そして不可能である事を認識して、人は真の諦めを得る。


 菅田氏はあちらの認識にとらわれてはならない。認識を書き換え続ける人々の醜さと虚しなど、知る必要は無いのだから。



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