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烈風の漫画4

 わしの家は他とは違っていたし、わしもまた他の者とは違っていた。

 今は違って当然と思うが、幼いわしにはそれが嫌で仕方がなかった。


 わしの家は、格闘技の道場をしていた。


 門弟はおらず、道場は家族の者だけが使う場所だった。

 稽古をするだけの場所だが、家族と居る事の出来る空間が好きで、わしはいつも道場に居た。


 ある時、小学校に上がる前だったか、父より道場への出入りを禁じられた。

 子供だから、女だから、危険だからと理由を並べられたが、どれも納得出来る内容ではなかった。


 道場を禁じられたわしは、こっそりと技を教えてくれる祖父のところで遊んだが、祖父も小学校に上がった頃に急逝した。


 今思えば、祖父が亡くなった理由が家の事情であったのだろうが、別に深く追求した事はない。


 わしが自身の異常さに気が付いたのは、小学校で同世代の者と学ぶようになってからだ。

 なんでも寸分違わず真似る事の出来るわしは、学校のあらゆる事を誰かの真似で過ごした。


 同じ過ぎる事を異常視されて、色々と問題を起こしたが、真似過ぎるのは良くない事を理解した。


 印象が最悪でスタートしたので、友達は1人も出来なかった。


 そんな時だ、クラスでは漫画が流行っていた。


 同級生達は教室で隠れて漫画を回し読みし、ノートには漫画のキャラクターを描いて遊んでいた。


 わしも密かにその遊びを真似していたが、ある時クラスの男子に見つかった。

 わしの描いた漫画のキャラクターは、寸分違わぬコピーだが、鉛筆で描かれたソレは小学生にとっては上手いという認識だった。


 直ぐに噂は広まり、ノートに漫画のキャラクターを描いて欲しいという同級生が殺到した。

 皆、思い思いの漫画を持って来ては、シーンを説明して描いてほしいキャラクターを語った。


 わしはその時まで漫画を知らなかったが、同級生に囲まれて、わしの描いた絵を大事そうに持ち帰る姿に打ち震えた。


 漫画に興味を持ったわしは、家で漫画をねだった。父はあっさりと承諾し、部屋は漫画で溢れた。

 父からすれば、道場以外にわしの興味が向けばよいと思っていたそうだ。

 厄介払いに近い動機だが、わしは父の判断に感謝している。


 見れば絵が覚えられるのだから、とにかく数をこなした。当時、書店にあった漫画の絵はコピーできた。


 いつものようにノートに絵を描いていると、色々な子から漫画のどのシーンが好きか、どのキャラがかっこいいかなどの話を振られた。

 咄嗟に誰かが過去に言った意見を口にした。


 わしは当時、漫画の面白さを理解していなかった。時々今でも、わしの漫画認識は他者とズレているのではと思う事がある。


 漫画の絵はコピー出来るし、話は全て把握している。だが、わしには漫画は面白い物ではなかった。


 それからわしは、漫画を読む級友の動きを調べた。漫画を読むスピードは全員違った。コマからコマに映る速さ、時には順番すら違った。

 文字を良く読んでいる時もあれば、絵だけを追って文字を読み飛ばしている事もある。


 何故そうなるのか理解出来なかったが、読む者の記憶と感情が影響している事は分かった。

 誰かの真似をして漫画を読むと、漫画は都度別の印象になった。

 動画のように絵が動いて見える事もあるし、濃密な会話劇にも変化した。


 漫画は一つなのに、読む者によって無限に変化するのが漫画だった。


 漫画を読む事を真似る事は、結局出来なかった。


 走るという動作であれば、一番効率の良い走り方を真似ればよい。走りに個性はあるが、最適解と思える物は簡単に発見出来た。

 絵も歌も、最適解は見つけ易かった。いや、そのとき既に漫画への興味が何よりも勝っていたのだ。

 だから、他の物は妥協出来ても、漫画は妥協出来なかった。


 わしは漫画の読み方も分からず、ましてや描く事など到底出来ないと思った。


 中学に上がっても漫画の謎は深まるばかりだ。


 背が伸びるスピードが完全に停止し、わしはクラスで一番小さかった。だが、力は誰よりも強かった。

 中学ともなれば、わしの家の事を知らぬ者も増える。力及ばぬ者を力で圧倒しようという輩も少なくなかった。


 わしは見た目が弱そうなので的になったが、安全な恐怖を以ってソレに応じた。

 直ぐに裏番と呼ばれて、他校の生徒が力試しに来る事もあったが、結果はいつも同じだった。


 そんな折りにアキ姐と出会った。


 当時のアキ姐は荒れていたが、わしに挑んで来る事はなかった。

 ある時、アキ姐が多勢を相手にしている現場に出くわして、わしはそれに加勢した。


 それが気にいらなかったのか、アキ姐はその後わしに挑んできた。

 いつものように対処したが、アキ姐は臆する事なく攻めて来る。止む無く、苦痛によって止めようとしたが、アキ姐は止まらない。

 アキ姐は何度でも立ち上がってくるので気絶させるしかなかった。


 アキ姐を病院に運び込んで、そのまま補導となったが、何故かあっさり解放された。


 翌日から、アキ姐はわしのところに話をしに来るようになった。

 上級生のアキ姐は表番だったらしく、わし等は番長コンビとして恐れられた。


 アキ姐とわしは色んな話をしたが、アキ姐はわしに合わせて漫画の話にばかり付き合ってくれた。


 高校は別々になったが、地元が同じなのでアキ姐との交流が絶える事はなかった。

 わしは私立の女子校で、変わらず漫画に没頭していた。

 漫画らしき物を描いては見るが、何処が何のコピーなのか完全に分かる物しか出来上がらなかった。

 自分の中から生まれ出る物は皆無だったのだ。


 変化の無い高校生活を送り、進路を決める段になっても、未来の予定は白紙だった。


 既に高校を卒業して、働いていたアキ姐に相談したら、あっさりと漫画家を目指せと言われた。


 思っても見なかった。


 全く自信がない事に物怖じしていると、アキ姐のアドバイスで漫画アシスタントの仕事はどうか、という事になった。


 確かに絵を真似るのは得意だ。アシスタントであれば出来るかもしれないと思った。


 しかし、アシスタントと言えども漫画原稿を持ち込んで、仕事が出来るかどうか見てもらう必要があった。


 なんとかして、絵の技術だけでも見てもらう必要があった。

 例え見た事のある絵のタッチだとしても、今の流行に乗っていればいけるのではと思い、絵柄を構築した。

 後は、漫画としてまとめるだけだが、借り物だけのストーリーは嫌だった。

 ならばと思い、実体験を既存漫画のエピソードで脚色した。


 稚拙だが、わしが漫画だとギリギリ思える物が完成した。


 アシスタントの募集に漫画を持ち込むと、話が思いがけない方向に転がった。

 プロ漫画家として連載しないかというのだ。


 当時の編集に絵は褒められた。話は編集サイドのコントロールで、どうにでもなるだろうと思われていたようだ。

 だが、もっと雑な思惑もあった。女子校生漫画家としてデビューするという話題性が、一番期待されていたのだ。


 わしにとって、そんな思惑はどうでもよくて、漫画が仕事になるなら何でもよかった。


 連載開始前に、わしの顔出しや女子校生漫画家とい肩書きは、何故か立ち消えしてしまった。


 だが、一度決まった漫画連載は無くならず、わしはこうして漫画描きになったのだ。


 ―――


「う、凄く興味深い話だったんですが、まさか朝になるとは思ってませんでした…」


 赤い目をした菅田が、テーブルの上に突っ伏して寝息を立て始めた。

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