烈風の漫画3
原稿をあげると次の原稿に取り掛かる。これは連載が終了するまで続く。
正直、今は全く辛いと思う事は無い。漫画漬けの生活だが、望んだ生き方なのだ。
プロの漫画描きになれるなど、10年前は思ってもいなかった。
わしには創作する能力が欠落している。ただ、誰よりも模倣が得意だった。
真似は漫画に限った話では無い。動きや声や形、現実に存在している物であれば、一度経験するだけで同じ事が出来る。
漫画はコピー印刷のように写しとる事が出来る。ただ、原稿の筆の動きを知っている訳では無いので、結局、描けはしなかった。
それを知ったのがプロになってからなのだから、恐ろしい話だ。
模倣だけでは漫画は描けない。模倣出来るという事は、物事を正確に認識出来るという事だ。
読み取った認識から、事象の意図を考える事に気付いたのは、漫画描きになって2年も後だった。
昔の事を仕事場で考えていると、菅田が近づいて来る気配がした。
気配から1分後に、菅田はわしの前に立つ。人の動きであればかなり前から動きが予測出来る。
こんな事が知れると、皆気味が悪いだろうから、誰にも言っていない。
「烈風先生、ちょっといいですか?」
「なんじゃ、今日の分はしまいじゃろ? 魔王のとこには行かんのか?」
菅田の仕事ぶりがまた変わった。前は早く正確に仕事をする感じだったが、今は何か別の意図が加えられたようだ。
「今日は行きません。実は僕の漫画の事で相談があって、この後お時間頂けないですか?」
以前に菅田には、自分自身の漫画を描く事を勧めた。
しかし、以前の菅田はアシスタントをやるだけでいいという事だった。
何か心境の変化があったのだろうか。
「ええじゃろ。めしでも食いながら話すか」
正直、この手の話はしたかった。うちのアシは遠慮が強いというか、アシスタントとしてのプロ意識が強いというか、とにかく漫画の核になる話は、あまりしない。
「いつものファミレスですか? それならチャリで行けますね。僕、準備してきます」
いつもの店は少し遠い。菅田以外なら車で行く事になるだろう。
菅田は結構乗る方なので、自転車で十分なのだ。
―
20分ほどでファミレスに到着した。店内は夕食の客で少し混んでいたが、回転の早い店なので、直ぐに席に案内された。
「先に言うておくが、ここの払いは全部わし持ちじゃ。異論は認めん」
「それ、良く聞くんですが、何か拘りでもあるんですか? 僕達は、烈風先生からお給料をもらっている訳なんですから、自分の食事代は自分で支払えますよ」
「自分のめし代を払いたかったら、わしより稼ぐことじゃな。それが無理なら、わしを力尽くで止めてみい。ほんじゃったら、認めよう」
菅田は、ははっと笑って諦めたようだ。
別に拘りがある訳では無いが、金の有効な使い道を逃したくは無い。わしのアシの血肉になるんだから、これほど有効な投資は無い。
しかも、今日は漫画の話が出来る。
以前も、ここで魔王と漫画の話をしたが、金でこの機会が買えるなら、いつでも支払う。
「それじゃ、今日はご馳走になります」
菅田は、早速注文を始めた。
わしの注文は大体最後にしてもらっている。注文量が多いので、時間がかかるからだ。
魔王と来たときは、緊張であまり食べる事が出来なかった。今日は気兼ね無く食べる事にする。
いつもの量を注文すると、菅田が不思議そうに見てくる。
「なんじゃ?」
「いや、その体の何処にそんなに入るのかと思いまして」
「いらん話はええ、それより漫画を見せんか」
「ええー、いきなりですか」
「その方が話が早かろうが」
菅田は、リュックから漫画原稿を渋々と取り出した。
「これです。お願いします」
菅田は恥ずかしいのか、原稿を渡すと飲み物を取りに行ってしまった。
漫画を手に取ると、世界から隔絶されたような気分になる。どんな漫画でもこうなる。
菅田が戻って来たり、注文の料理が運ばれたりするが、視界の端の出来事のようにフォーカスが合わず、色褪せて見える。
5分ほどで読み終わった。
「一見すると、特殊環境でのサバイバル物のようじゃが、違うな。ポストアポカリプスか異世界か、わからんようにしてあるが、そこが肝じゃという事は分かる」
「漫画家として見たらどうですか? どこか直した方がいい場所とかあります?」
菅田は少し焦っているようだ。
「菅田はこの漫画をどうしたいんじゃ? 何処かに持ち込んで連載したいんか?」
菅田は何か言葉を詰まらせて、それから話し始めた。
「実はよく分かっいないんです。ただ、描きたくなって、それで描いたんですけど、なんか描いたら、誰かに読んでもらいたくなったんです」
「菅田よ。わしは漫画でメシを食うとるが、漫画を読みときは一読者に過ぎん。だから直しなど全く思わん。じゃけど、読者としてもっと知りたい事はある。菅田の頭ん中にある世界は、漫画に全部出とらんのじゃろ。特に話に絡まないから、省いている場所がぎょーさんあるじゃないか?」
透明な炭酸水を吸い上げながら、菅田は目線だけ逸らしている。
「そ、それはそうです。全部描いていたらキリがないですし、早く話を進めたかったので」
「これがBCなら、それもええじゃろ。じゃけど、これは菅田の漫画なんじゃろ? まだ、連載しとる訳でも無い。描きたいだけ描けばええんじゃないか。菅田は、そんな漫画を描いとる奴を、よく知っとるじゃろ?」
「それだと、魔王先生のパクリになります。そんな、安易に借りてきていいモノじゃないでしょう」
「パクリか。パクリは良く無いか菅田? わしはBCの連載開始時に、読者から学園能力バトル物なんか今更流行らないと、散々言われたぞ? だが、もう8年続いとる。わしもパクリでBCを描いたつもりは無いが、色んな漫画の影響は受けとる。仮に菅田が、この漫画の情報量を描き込んだとして、そこにスパピン味を感じる読者は僅かじゃぞ? もっとも、週刊連載するつもりなら、そのやり方は勧めんがな」
菅田は、恥ずかしそうで、それでいて真剣な目でみてくる。
「漫画って、思った以上に難しいですよね。僕はアシスタントとして、手が早い方だと思ってましたが、漫画家になるのは、やっぱり向いて無いと思います」
「菅田よ。漫画が描けたとしても、漫画描きとしてプロでやっていくには、ぎょーさん壁がある。パクリだと思っている事でも、壁を越えるためならなんでも使え。どうせ、最後の壁は運で越えるんじゃ、何でもやっておいた方が、後腐れねぇぞ」
菅田は、どうしていいか分からない感じで、とりあえず目の前のポテトフライを食べた。
「う、今はやれる事やってみます。ところで烈風先生って、どうして漫画家になったんですか?」
よく聞く質問だと思った。大体いつも使う、テンプレートの回答が頭を過ぎった。
「菅田よ。その質問の答えは長くなるぞ。それでも聞くか?」
「ええ? はい、聞きます」
わしは目の前にあるジャイアントパフェをかき込んで、エネルギーをチャージした。