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烈風の漫画2

 仕事場に住んでいる。いや、正しくは住と職を分ける余裕がない。

 金銭的には余裕があるが、時間的に余裕がないのだ。


 週刊連載を8年もやっており、お金の使い道も知らないのだから、通帳の数字は増える一方だ。

 元々、お金があったら何かしたいという事は無かった。

 好きな漫画を買い、好きな漫画を描く。それが出来ればいいし、実際出来ている。


 実家を出るときも、兄以外は反対しなかった。


 特殊な家ではあったが、その家の後継は兄上じゃろと思ったものだ。

 後継者が必要な家であり、兄はそれを理解していた。


 兄としては後継はわしにという事だった。

 確かに才はわしにあったかもしれないが、わしにはソレを続ける才は無いのだ。


 携帯端末にアキ姐から連絡が入った。今日は打ち合わせがある予定だ。準備が出来たのだろう。


 自室を出て、打ち合わせ部屋に移動する。

 ここに越して4年になる。当時は広すぎると思ったが、今となっては丁度良い。


 扉を開くと、アキ姐が資料を用意して待っていた。


「お嬢。おはようございます」


「アキ姐、出版社は昼から始業なんじゃろ。早ようないか?」


「編集に時間は関係ありませんから。それに、出版業といえども、始業は9時ですよ。昼から、仕事がらそうなりがちなだけです」


 アキ姐は、わしが漫画描きになる前からの付き合いで、わしがこっちに引き込んだようなものなのだ。


「ピリっとしとるいうことは、そがにエエ話じゃねぇんじゃろ?」


「お察しのとおり、お嬢の顔出しの件です。俺は反対ですが、会社に仁義通さなにゃならんので、話だけは聞いてもらいます」


 以前にもあった話だ。


「SNSで漫画の宣伝か? 近況や絵を載せて、わしの作者像から読者を引き込むアレじゃろ?」


「概ねそんな内容です。今回はシークレットサイン会の企画もあります」


「わしの見た目なら、まあ、それなりの見せ物にはなるじゃろうな。じゃけど、前も断ったとおり、わしの姿が見たい読者ばかりじゃないじゃろ。漫画だけしか見たく無いいう読者は多いはずじゃあ。BCは青年誌のバトル漫画じゃ、顔出しはマイナスのが大きいじゃろ」


 アキ姐から、資料が差し出される。


「調査会社の資料です。お嬢の事を公開する方が、利益が大きいという理屈が書いてあります」


 グラフや数字の並ぶ、都合の良い理論の並んだ資料があった。


「漫画描きは漫画を描くのが仕事じゃが、出版社は売るのが仕事じゃったな。確かに、今の世の中では、漫画を出版しただけで、利益を出すのは難しいわな。電子媒体で売って、紙の本でも売って、アニメ化で爆発的に広めないと成功せん。しかも、海外でも売らんといけん。難儀な事じゃな」


 アキ姐は静かに頷いた。


「出版社も会社です。経営陣に変化があれば、やり方も変わります。俺は最後までお嬢の味方ではありますが、お嬢の漫画を広めたくあります」


「アキ姐の気持ちはよお分かっとる。じゃけど、わしの顔出しは、わしの実家にも関わってくるんじゃ。その事、会社はどう思っとるんじゃ?」


「経営陣の一部が変わって、以前の取り決めを確認した上で、問題無いと判断したそうです」


 それを聞いて少し笑ってしまった。


「兄上の事を知らんようじゃな。まあ、実家に知れずに事を進める事が出来るんなら、わしは問題ないわ。ただ、うちの実家を含むあっちの世界は、ぼっけえからの」


 アキ姐もわしの話を聞いて微笑んだ。


「それでは、会社にはGOで伝えます。話が進めば、色々と手配しますので、お待ち下さい」


 アキ姐は、資料を片付けて立ち上がった。昨日は遅くまで仕事をしていただろうに、今から会社に戻るつもりなのだ。


「アキ姐。あまり意味の無い仕事をさせてすまんのう」


「お嬢はお気になさらず。漫画に集中して下さい。ただし、箱の中ばかりに気を取られぬようにね」


 痛いところを突かれた。


「むう。分かった。連載につかえん事は約束する」


 ――


 午後になり、アシの皆んなも集まって、漫画に集中していた。


 真波がオババに昨日の事を相談しているのを聞きながら、自分の原稿も進んでいる。いい感じのコンディションだ。ゾーンに入っていると言ってもいい。


 仕事場全体を把握しながら、頭の中の完成図に向かってピースが埋まっていくのが分かる。良い、良い傾向だ。

 やはり、昨日、箱の中で解放したのが効いているのだ。


 そんな中、双子アシの木之本姉妹の話が入って来た。普段は気にしない内容だが、何かのカップリングについて、方向性の違いを雑談していた。


 途端に、昨日箱の中で描いた同人原稿の事を思い出した。


 自分の描いた原稿に、アラがあるような気がして、集中力がそちらに集まってしまう。


 昨日の原稿を直したい、そんな気持ちで一杯になったが、朝にアキ姐と約束したばかりだ。


 体の芯が熱くなり、肌に触れている衣服の部位にだけ、じっとりと汗をかいている。

 アシの皆には、気取られぬようにしていたが、原稿の速度は絶不調の状態にまで落ちてしまった。


 ――


 何かと理由を付けて、アシの皆には早くあがってもらった。

 誰も居なくなった職場で、服を脱ぎ散らかしながら、獣のように口に鞄を咥えて箱の中へと突進した。


 ◇◇◆


 道場の中は静まりかえっている。


 格子戸の隙間から月明かりだけが差し込んでいて、夜の静かで冷たい空気が満ちている。


 ごく自然に30cm前の虚空を掴むと、夜の闇に同化した苦無が現れた。


「武田か? 何用なんじゃ」


 道場の隅から、見慣れた顔の男が現れた。


「烈火よぉ。いつでも仕掛けていいって言ったのは、お前じゃあないか。そんなに無下にすんなよ」


 影から這い出すように、その長身が顕になった。服装は至ってラフで、散歩のついでに寄ったような姿だ。


「気色の悪い術じゃの。どうせまたお得意の、最新技術ちゅうやつか? 何を使おうとも、人として儂を攻めよる限り、そっちに勝ちは無い」


 武田は、大袈裟な身振りで近寄って来た。


「そんな喋り方をするから、年にみられるんだ。烈火は今が旬なんだから、もっと若々しくした方がいいよ」


 近寄る武田に苦無を投げ返すと、奴の目の前で止まった。

 全く手を触れていない状態で、苦無は宙に浮かんでいた。


「持ち主は、傷付かないようになってるんだ。技術って凄いよね」


「はよ用件を言え。なんもねぇんじゃったら、叩き出すぞ」


 空中の苦無を何処かにしまいながら、武田はヘラヘラと笑っている。


「烈火の妹ちゃんの事で、ちょっと小耳に挟んだ事があってね」


 武田が体を隠していたと思われる見えない布の端を掴んで、体を引き倒した。


「烈風の事がなんじゃってえ!」


 獣払いの発声で、武田を音で圧する。床に引き倒され、呼吸を乱した奴は、それでも余裕の表情だった。


「オレの事、殺しちゃったら、何にも分からなくてなるよ。まずは話を聞いてよな」


 武田の拘束を解いて、倒した逆手順で起こした。


「手短にせえ。これ以上くずるようなら、お前んちに乗り込んで、力づくで聞いたらあ」


「ああ、恐ろし。如月流の前では、最新技術も形なしだよ。そっちのはまるで重力制御だね」


 脅しに対しても、簡単に口を割らない、それが武田、いや武田家のやり方だ。


「何人で来とるんじゃ。まさか全員じゃ無かろうな」


「ご名答、武田家総出でございます。話は別の場所でしようよ。烈火にとって悪い話じゃないから」


 遠くから車が近づく音がする。どうやら、遠出になりそうだ。

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