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菅田の世界15

 魔王先生の後を追いながら、スポーツ漫画を読み進めた。

 辺りは暗くなっていたが、まだ夜というには早い時間だ。


 僕には叶えたい事があるが、そこに至るまでには、まだまだ足りないモノが沢山ある。

 今はまた準備をしないといけない事が山ほどあるのだ。


「今日は帰ります」


 まずは1人になって、自分の事を整理したい。


「菅田氏。今日はもう外暗いので、タクを…」


「それは必要ありません。僕が自分の足で帰ります。もし、僕に何かあったとしても、それは僕の責任であり、魔王先生は気にしなくていいんです」


「いや、しかし」


「僕はこれでも経済的に自立している成人なんです。魔王先生からの過度な支援は遠慮します」


「そ、そう」


 僕は今まで、周りの人達に支えられて来た。それは、とても素晴らしい事なのだ。

 だが、自分で立つと決めた事から、自分だけの領分にしなければならない。

 周りから支えられた事を無碍にするのではなく、自分も誰かを支えられるようになるのだ。


 そうでなければ、より何処の無い場所では、立つ事すら出来ないのだと知った。


「じゃ、また来ます」


 僕は直ぐに自転車に乗り、遠回りになるが明るい道を通って帰った。


 ――


 自宅に帰り電気を点けると、久しぶりに帰ってきたような気分になった。


 あちらでの経験が再び熱を持ち、それを魔王先生の家で思った決意で包んでいる感じだ。


 何か型にしたいと思った。


 僕に今あるのは、漫画を描く技術くらいのものだ。


 以前に、烈風先生に勧められて、描こうと思った漫画原稿が、白いまま残っている。

 この原稿を用意したときは、何も描く気にならなかった。

 何を描いたらいいのか、描くとどうなるのか、何も分かっていなかった。


 今は、自分のために描こうと思っている。描くとどうなるのか、今考えているモノの続きがどうなっていくのか、自分自身が興味を持っている。


 ネームも切らずに、ただペンを走らせる。フィクションの様な話をノンフィクションとして描いている。

 ページ数も、効率も考えず、ただ描く事だけに集中している。

 アシスタントを入れるには向いていない方法で描いている。アシスタントをしている僕からは、生まれ出る事の出なかった漫画が溢れ出た。


 何ページか走り書きをしたら、自分の考えがまとまったような気がした。

 誰かが読むには向いていないが、自分では続きが気になる漫画になっていた。


 漫画を描く事なんて腰掛けでしか無いと思っていたのに、思ったよりも身になっていたのだ。そんな事に今更気が付いた。


 魔王先生から教わっていた認識術は、あちらで役に立ったし、ヒグチさんは良くも悪くも安全にあちらを体感させてくれた。

 どちらも生かしきれ無かったのは、僕の認識が甘かっただけだった。


 僕は色々と気が付いたが、まだ気がついていない事がきっとある。

 それに気が付つく事が、僕の望みを叶える事になるのだ。


 まずは今分かるところからだ。魔王先生は、何故あちらを嫌い、漫画を好むのか。

 あちらの情報は少ないが、漫画の事は分かるかもしれない。


 明日は仕事なのだ。まずは、漫画の事から向かい合う事にしよう。


 ―――


 少し早く仕事場に入ると、同僚であるアシスタントの真波さんが居た。


「マコト君、今日は早いねー」


 真波さんはいつものように、掛けているメガネをずらして、裸眼でこちらを見てくる。何かに注目するときの癖だ。

 真波さんとは、今の連載になってからの付き合いだが、この癖は初めからずっとだ。


 烈風先生のアシスタントは、今は5人だが真波さんが一番長い。


「おはようございます。烈風先生はまだなんですか?」


「いんや、もうきてるよー。ほら、例の部屋に籠もってるから、今日はそんなに進まないかもね」


 烈風先生は、時々籠る事がある。何をしているのかは、先生を良く知る担当編集の泉野さんしか知らないそうだ。


「いつものやつですか」


 今まで特に気にした事は無かったが、烈風先生の籠り方は独特なのだそうだ。

 先生の仕事場には、二畳ほどの防音室が設置された部屋がある。

 先生は何かを詰め込んだカバンと共に防音室に籠り、数時間経ってから出てくるのだ。

 部屋から出てきた先生の仕事ぶりは鋭く研ぎ澄まされており、恐らく漫画の構想を練ったり、集中力を高めたりしているのだろう。しかし、具体的に何をしているのかは不明だ。


 たまにその部屋に入る事があるが、防音室の中には特に目立った何かがある訳では無い。

 冷暖房の空調完備、ネット環境完備、かなり機密性の高い防音である事以外には、何も無い。


「あたしの予想によると、烈風先生はあの中で武道の鍛錬をしている!」


 真波さんがメガネをくいくい動かしながら、近寄ってきた。


「そうなんですか?」


「だって、先生は無茶苦茶強い訳でしょ? ならば、鍛えてないとおかしい訳よ」


「それなら、外でやればよくないですか?」


「そこは、ほら、一子相伝の謎拳法の継承者なのよ。門外不出な訳よ。わかる!」


 真波さんがぐいぐいと迫ってくる。この職場は僕以外は皆女性なので距離感近めだが、真波さんは特に近い。

 今は慣れたが、最初は結構戸惑った。


「拳法の継承者と漫画家の兼務は無理がありますよ。手を怪我したら漫画描けませんよ」


 実際の漫画家が、漫画みたいな設定を維持しながら、漫画を連載する事は不可能だという事は、この現場の誰もが理解しているだろう。

 実際に烈風先生が物理的に強いという事実も、かなりレアケースだと思うが、真波さんが語るような先生の超人エピソードは、流石に誇張だろう。


 漫画みたいな設定と言えば、魔王先生も中々だが、出自以外は、割と普通な暮らしをしている。

 やはり、漫画家は漫画を描く事に人生のリソースの大半を使用しなくてはならないのだ。


「マコト君は浪漫が無いなあ。そんな事では、烈風クオリティには到底、到達出来んぞよ」


 真波さんが、体を反らしたポーズで語っている。冗談として言っているのだが、確かに烈風クオリティは難しい。


 烈風先生は、アシスタントに自分が複数いるかのようにいる事を求める。

 複数人で漫画を完成させる訳だから、担当箇所によっては差異が発生するのは当然だ。

 しかし、烈風先生はそのクオリティ差を出来るだけ0にする事を求める。

 実際に、烈風先生が後5人いれば、今の連載は維持出来ると思えるほど、先生は色んな絵が描けるのだ。だから、先生は理想を求める。


 何が烈風先生に、そこまでさせるのか分からないが、漫画への情熱が凄い事は分かる。


 魔王先生は、烈風先生の連載漫画であるBCを、最高の漫画と宣言している。

 自分も関わっているBCを、そう言ってもらえる事が嬉しくもあるが、最高の漫画と呼ばれる要因の大半は、烈風先生の漫画に対する情熱にあると思う。


 僕が漫画を学ぶ上で、最も参考になる人は、こんなにも近くにいたのだ。

 僕の世界と漫画は関係無いと思っていたが、実は凄く関係していた。漫画の世界にいなければ、魔王先生との出会いは無かった。


 まずは、漫画の世界にもっと関わって、僕の世界を広くするのだ。


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