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菅田の世界14

 自転車をどう走らせたかは覚えていない。


 気が付くと、魔王先生の仕事場に到着していた。


 頭の中を整理しようにも、あまりに特殊な体験と、後から湧いてきた怒りのような感情が混ざって、混乱するばかりだ。


 魔王先生の部屋の前に立ち、電子音のするボタンを連打していた。


 部屋の中で人の歩く気配がして、魔王先生が扉を開けた。


「菅田氏か。今日はどしたの? いきなりだから焦ったわ。私が致していたら、大惨事よコレ」


 あまりに夢中で、事前に連絡をいれていない事に、今気がついた。

 魔王先生の冗談めいた話にイラついた。


 いつもはそんな事無いのに、自分の不安定さに困惑すらしている。


「とにかく入れて下さい。話があります」


「お、おう」


 魔王先生は、同様しながらも僕を部屋に入れた。


 こうして魔王先生の前に立って改めて考えると、僕が魔王先生に話を聞かないといけない事など、何も無い事が分かる。


 僕が勝手にヒグチさんの誘いに乗って、僕のせいで戻って来る事になったのだ。


「僕、ヒグチさんに会いました」


 何も聞く事が無いので、事実だけを語る。もしかしたら、魔王先生が何か情報を漏らすかもしれない。


「ヒグッさんに会ったの? 私の事、なんか言ってた?」


 会ったというよりは、後をつけて見つかったが正しい。そして、ヒグチさんは魔王先生との関係を、ほとんど語らなかった。


「あちら出身だけど、こちらの知り合いだと言う事くらいしか聞いていないです」


「そーなんよ。あっちではヒグッさんの事は知らなかったんだけど、こっちで知り合ったんだよね。もっとも、ヒグッさんは私の事知ってたみいだけど」


「住んでた国が違うんでしたっけ?」


「こちら風に言うとそんな感じかな。まあ、私の家業は有名だから、ヒグッさんが知っていたのも、そのせいかな」


 僕があちらで体験した事が事実ならば、ヒグチさんはあの国で権力を持っていたように見えた。


「こちらでライブハウスやってる事も聞きました」


「そうそう。ヒグッさんは歌や音楽が好きなんよね。私はアニメやゲームなんかのエッセンスとしてしか音楽を認識していないから、ヒグッさんの考えは新鮮なのよ。音楽は誰に対しても平等に響くから好きだなんて、なかなか言えんよな」


 今の僕には、ヒグチさんが音楽好きな理由がよく分かる。

 ヒグチさんは平等に届く物を好む。だから、届いていない、響いていない事を憂うのだ。


「ヒグチさんから、あっちの話聞きました。中々ファンタジーなトコみたいじゃないですか。魔王先生が嫌になって出て来た理由がよく分からないです。それとも国によってかなり感じが違うんですか?」


 魔王先生は、少し目線を逸らしていた。僕にとっては丁度良い。僕の言葉は半分嘘なのだ。実際は自分で体感したのだから。

 僕の顔は、少し嘘に歪んでいるだろう。そんな顔を魔王先生に見られるのは、少し恥ずかしい。


「まあね。そこは、ノーコメントなんだけど、ヒグッさんの言った事に偽りは無いと思うよ」


 魔王先生は、触れたく無い話題のようだ。


「少しの間でもいいから、あっちに連れて行ってもらう事は出来ないんですか?」


 どうして急にこんな事を言ってしまったのか。墓穴を掘る内容だし、急だし、身勝手だ。

 僕は、ヒグチさんに精神だけでもあちらに連れて行かれた事を良しとし、戻った事を後悔しているのだろうか。


「また急だな。前も言ったけど、私が菅田氏をあちらに連れて行く事は無いよ。ただ、菅田氏があちらに渡る術を得たなら、説得はするけれど、力尽くでは止めない。それは菅田氏の意思だからね。だから、今は焦らない方がいいよ」


「焦ってません!」


 思わず大きな声が出てしまった。図星を突かれて感情が爆発する。


 魔王先生は少し困った顔をした後、漫画を一冊机に置いた。


「菅田氏には、この言葉を送ろう。諦めたら試合終了ですよ」


「なんですかそれ。また、僕の知らない漫画の話ですか?」


「そう、なので、ルールに従い説明しよう」


「………」


「この漫画は、高校バスケがモチーフの漫画だ。スラダンの1巻を手に取ると、スラダン読み進める以外の事が出来なくなる、と言われる殆どに漫画への吸引力がある。これには私も同意だ。因みに、私はバスケットボール自体には、殆ど興味は無い」


「何故……、なんですか?」


「スポーツ漫画は主人公のポテンシャルが発揮される瞬間が気持ちいい。故に何処か、主人公への移入より、スポーツ観戦に近い感覚で漫画を読み進める事が多い。しかし、スラダンは高校バスケの部活動をしているという移入感が凄い。バスケの事を知らない者でも、その努力の汗を感じほどに引き込まれる。勿論、主人公のスーパープレイを観るという体験は、多分にある。しかし、何処か目線が低いというか、客席では無く、コートやベンチの高さで物事が進行する」


「よく分かりません」


「まあ、それは読んでみないとどうにもだけど、菅田氏に送った言葉は、あまりにも有名なセリフなんだよ」


「大した事を言っているようには感じ無いですけどね」


「実際、大した事では無いよ。ただ、目線の低いこの漫画では、この言葉は一番欲しいと思っている人に、一番欲しいタイミングで届く。結局このセリフ、焦った相手を冷静にさせる為に放たれと思っている。君には十分な能力があるが、今は心乱れて我を失っている。今は時間が無いように感じかもしれないが、何も焦る事は無い。さあ、落ち着いて前を向いて。そう言っていると、私は思っている」


「それが、魔王先生が僕に言いたい事なんですか?」


「ま、そういう事なんだけど。このセリフを言った人は、公に味方する事は出来ない立場にあったんだよ。それでも助けたいと思って、そしてそれは相手に必ず届くと信じて言ったんだ。私も、まあ、そんな事を感じたから、同じ事を言った。ちょっと恥ずかしいけどね」


 魔王先生は、若干照れているようだ。


「漫画のセリフの引用で応援ですか。まあ、ながーい話で、少し頭は冷えましたけど」


 誤魔化されたような気もするが、僕の頭は実際に冷えた。

 烈風先生と仕事をしているときもそうだが、漫画の説明を受けていると、想像力を働かせるので、頭の中が整理される。


 恐らく、魔王先生は場の空気を変えようと話たのだろうが、今の僕には思いのほか効果があった。


「そのスラダンとか言う漫画の一巻、読ませて下さい。本当に止まらなくなるのか、確かめます」


「いや、それが私もうっかり手を出して、今八巻辺りなんだよね。後ろから追われて読むのは、ちょっと辛いんだけど」


「そんなの、魔王先生が言い出したんだから、魔王先生が責任取って下さいよ」


 僕は、渋る魔王先生から漫画を奪い取って読み始めた。


 まだ、焦る時間では無いと思えたからだ。僕自身が単独で身につけなくてはならない事もあるし、僕だけでは叶わない事もあると理解した。


 向こうの世界で自分の身に降ったその事実を、実感したのは今この瞬間だったのだ。





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