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魔王の漫画3

 電子的なコミュニケーションに積極的な相手などこれまで居なかった。

 なるほど、これがデジタルネイティブ世代の会話かと初めは感心し、今は戦慄すら感じられる。


 端末画面に連なったコメントの嵐は、当人が目の前に居るかのような熱量を放っている。

 別にメンヘラ彼女が出来た訳では無いのだ。現にコメントの内容は、実に厨二染みている。

 最初は面白くてコメントを返していたが、いつの間にかかなりの時間を使っていた事に気付いた。


 何処かで静止せねばと思い、お互い〆切のある仕事をしていて、悪影響があるようでは駄目だと切り出して、ようやく落ち着いた。


 そして今、菅田氏は私の部屋で漫画を読んでいる。


「そちらの原稿は順調なんですかね? 週刊連載は大変なんでしょう?」


「いつもより巻きで仕上げたので、お気遣い無く」


 どうやら菅田氏呼びは許されたようだ。


「プライベートの充実も重要ですが、お仕事の、特に原稿のクオリティに影響のある行動は、どうかと思うのですが…」


 菅田氏は漫画に落としていた視線をこちらに向けた。


「ウチの先生は、クオリティにはうるさいので、いつもより集中して仕上げました! 今日は早くて質もいいと褒めてもらったので問題ありません。それより魔王先生は、そのページ早く仕上げて下さい」


 お互いにやるべき事を片付けてと条件を出したが、私の方が圧倒的に遅れている。

 菅田氏は待ちの間に持参した漫画を読んでいるのだが、その漫画が問題だ。


 私が現在連載中の漫画3巻までを、事もあろうに作者自宅で読んでいるのだ。


「その漫画でないと駄目なんでしょうか? 時間潰しでしたら他の漫画もありますよ?」


「これは僕が買った漫画なので、僕がどう読んでもいいでしょ。それにもしかしたら異世界行きのヒントが魔王先生の漫画にあるかもしれませんし」


 確かに自身で買った漫画ならどうして頂いてもいいのだが、ここは私の家なのだ。

 同業のしかも上位に位置する人に、目の前で自分の漫画を読まれ、後々なんらかの評価を下されると思うと、筆が全く進まない。


「そ、その、気になってしまって、仕事に集中出来ないのですが……」


「え、ああ。面白いですよ魔王先生の漫画。僕、普段からそんなに漫画読まないんですが、この漫画凄く引き込まれるというか、後を引くというか、何か読み返したくなります」


 ひぃぃぃ!一流漫画描きのアシスタントの方からお褒め頂いた!当然、気を遣っての事だとは思うが、確かに先程から何度か同じ巻を読み返してはいるし、これは1%くらいの真実が含まれいる可能性がある。


 昇天する。


「漫画読まないんですね。同じ雑誌でやっている漫画とか気にならないんですか?」


「ならないですね。僕は漫画家になりたいって気持ちは無いんです。異世界に行けないならプロアシスタントでいいと思ってます。だって、毎週分の漫画のストーリーを考えるなんて無理ですよ。絵は描けるかもですけど、話となると全くまとまらないですね」


 あなたのところの先生は、その週刊連載をした上で、大人気漫画を維持しているのですよ。そして、それを支えている1人にあなたも含まれていますよ。という言葉を飲み込んだ。

 菅田氏には事情があるようだ。


「あちらに行ってどうするつもりなんですか? 漫画どころか、絵を描く事すら職とは認められないようなところですよ」


「だって、あんな景色みたら忘れられないですよ。アメジストみたいな色の岩壁に、幾何学的に配置された蜘蛛の巣のような建物。空は夜か昼かも分からないオーロラのような色で、大小異なる月が幾つも浮かんでいるなんて、堪らないですよ」


 昨日迄の電子会話の流れで、菅田氏が14歳の時に見たあちらの風景のスケッチを何枚も見た。

 良く描けたスケッチは、菅田氏の記憶が如何に鮮烈で、今も色褪せていない事の証明だった。


 だが、私はあちらの本質を知っている。神も悪魔も精霊も妖怪も魔法も宇宙文明も、私が名乗る魔王でさえ存在しないのだ。

 増長した人の意思が虚構を積み上げるだけの、実に詰まらない世界なのだ。


 私が向こうの真実を伝えても菅田氏があちらに抱く希望は変わらないだろう。認識が違えば、虚構は現実以上になり得る。


「まあ、私にとっては思い出したくも無い場所なので、私に期待されても、これ以上何も出てこないですよ」


「いいんです。出てこないなら、僕は自分で探すので。そう言えば、魔王先生のこの漫画連載って4年目ですよね? いつこちらに来たのか知らないんですが、どうやって漫画連載を持てたんですか? 漫画は面白いし、3年以上漫画がブレていなのは流石連載作家だなって感じしますが、それでも連載を持つって難しいでしょ?」


 ぎくりとする所を突かれた。確かに、幾ら面白い漫画が描けたとしても、連載出来るかどうかはまた別問題だ。

 異邦人が連載を持つ事の難しさは半端では無い。そこは確かに疑いようがある。

 しかし、菅田氏が私の漫画力を認めてくれていた事は嬉しかった。私の連載は確かに半分以上が運の良さによる物だが、この四年は私と読者が歩んだ賜物なのだ。


「この連載が始まったのは確かにコネと運があったからです。異邦人なので、漫画力のアドバンテージは無く、むしろマイナススタートでした。ですが、そこは私の師と呼べる方の助力と、後は所謂、異世界チート能力があっての事です」


「やっぱりあるんですね! 異世界チートが!」


 今日一番の食いつきだ。


「そう、私には漫画を描く上でのチート能力がある。当然、異世界由来の物で、こればかりはあちらの常識に感謝しました」


「で、その能力とは?」


「なんと、私は眠る必要がないのです! まあ、言ってしまえばはステータス異常無効ですね。実際には、効いているんですが、効いていない状態に戻して居るのが正しい表現です」


「なにそれ、ショボい…」


 今日一番のテンションから、最下層への転落を見た。


「待って下さい。菅田氏。眠らなくていいんですよ。私には全ての作家の2倍の時間があるんです。これは凄い事ですよ」


「でも、まだそのページ終わって無いですよね」


「それは、その私は思いついたらパァーっと描けるタイプじゃなくて、こう、最高の一押しが必要なんです。だから、その一押しの為に、色々な分野に触れてイマジネーションを高めないといけない訳ですよ」


「それで、昨日の晩も遊んでいた訳ですか? 僕はしっかりやるべき事をして来たというのに?」


 怖い、菅田氏が怖い。流石、週刊連載をこなしているだけの事はある。顔付きが違う。


「遊んでいた訳では無いんです。ただ、ちょっとイマジネーションの為にアニメを見ていただけで、ほら、2期あるところを1期で止めているし、やる気も出ているんですよ」


「そんな言い訳はいいんです。なんかもっと便利なチート能力はないんですか? 未来視とかで別の漫画のアイデアを参考にするとかあるでしょう?」


「菅田氏。それは悪手です。漫画の内容を漫画以外の手段で得てしまったら、それは世界から光を失うに等しい。漫画は読む事によってのみ得られる世界があるというのに、その機会を捨てる事など、漫画に対する背信に等しいですよ!」


「そんなに漫画論的な事を力説されても騙されませんよ。魔王先生にはご自身の力の限りで、そのページを仕上げてもらいます。そして、その後しっかりと異世界の話をしましょう」


 菅田氏の漫画魂に火が入る瞬間を見てしまった。




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