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菅田の世界8

 地平線が見えほどに広がる大草原の先に地面に広がる構造物群がある。


 構造物の一つ一つは小さく背が低いが、その数は尋常では無い。

 構造物群の中心には、耕地のような物が広がっており、そこに樹木のような物が並んでいる。


 その場所以外に樹木が見当たらないので、一層目立っている。

 一面草原なのに、まるでオアシスのように見える。


 構造物はテントのような物ばかりで、巨大なキャラバンがこの場所で休憩しているようだ。


「この辺りはもうボクの国なんやけど、住んどる奴等が今の菅田君に合うかな思て、連れて来たんや」


 乗っていたマンタのような生物が地面に吸い込まれるように消えて目線が下がると、辺り一面が緑の絨毯の際だった。

 ここには泉があるのでまだ目印があるが、少しでも離れたら方向感覚を失いそうだ。


「まずは、あのテントみたいなのがあった場所に行きたいんですが、僕が行って問題無いですかね?」


「行く分には問題無いけど、滞在するには注意が必要やな。ま、歩きながら説明したるわ」


 そう言ってヒグチさんは、歩き出した。虹色の髪がワサワサと左右に揺れているのを見て思った。


 この人、こんなに髪が長かっただろうか?


 妙な違和感を覚えるので、ヒグチさんの横を歩くと、糸のような目が、こちらを見上げた。


「ヒグチさんは、この辺り詳しいんですか?」


「なんや、そんな畏まった事聞いて。ははーん、さては別の世界に来て心細いんか? それやったら、ボクが手でも繋いだろか?」


 上着の袖が折れた場所が、僕の方にスッと差し出される。袖の中で指ワサワサ動いているのか、垂れた袖口がリズミカルに揺れていた。


「いえ、心細くは無いですけど、ちょっと緊張はしています。これから行く場所での注意事項を教えて下さい」


 僕は半歩だけヒグチさんから離れて、手繋ぎを断った。


「なんや、振られてもうた。ま、話はしよかな。あそこに居るんは人樹や。名前の通り、人のように振る舞う樹やな」


 ヒグチさんの指差す先には、樹木の葉が茂って見えた。


「確かに樹のような物が見えますけど、周りのテントに住んでいるのは誰なんでか?」


「周りの奴等は色々やけど、まあ、人樹が飼っとる動物という感じかな」


 テントが密集して巨大な町のようになっている場所には、人型の何者かが生活をしているように見えた。


「飼っているというのは、どういう意味なんですか? 見たところ、自由に暮らしている感じがするんですが」


「共生というのが近いかな。ただ、あそこの中心はどうあっても人樹や。人樹に逆らう者は、近づく事すらできんのやで」


 見たところ人樹とテント群は分かれているが、片方が支配階級であるようには見えない。

 テント群は町のようではあるが、舗装された道が無い。長く住んでいるのであれば道が出来そうなものだが、柔らかい地面が続いている。


 僕がテントの様子を見ていると、猫のような髭を生やした老人が近づいて来た。


「あんた等、ここは初めてか? 滞在する気があるなら、出すもんを出せよ」


 老人は金属製のバケツのような物を地面に置いた。何か通貨のような物を要求しているのだろうか。


「長居するかは分からんけど、これで二人分足るか?」


 ヒグチさんが、小さな木の枝で編んだ輪のような物を老人に渡した。


「こいつは! あんた等、話者の知り合いでもおるんか? いや、ワシが初めに話しかけて幸運だったわ。さ、入れ入れ」


 老人は機嫌良さそうに僕達を迎え入れてくれた。


「ヒグチさん、さっきのはお金か何かなんですか?」


「本来はお金やないけど、ここではお金みたいに機能するんや。さっきも言うたけど、テントの奴等は人樹に飼われとる。飼うという事は、人樹にはここの連中から得られるもんがあるいう子なんやで。菅田君は、それ何やと思う? 樹が動物から得る物ってなをやろな」


 樹に必要な物は、光と水と土だ。動物から得られる物としたら水だろうか。


「水ですか? ここの人達は、人樹に水を運んでいるんでしょうか?」


「んー、それはあまりに動物本位な考え方やね。人樹が動物に求める物は糞尿や。嗜好品として、動物の排泄物から得られる養分を必要としとる。人樹は周囲の動物を守る替わりに、動物から排泄物を要求する。ここは、そんな共生関係で成り立っとるんやで」


 人樹が人を家畜のように飼っている。僕が居た世界ではあり得ない環境が、ここでは成立している。


「さっきのお爺さんが言っていた話者とは何なんですか?」


「話者は、人樹と意思疎通出来る事の出来る動物の事やで。人樹は賢いから、長く排泄物を供給する動物とはコミュニケーションを取って、報酬を渡す事もあるんや。さっきボクがじいさんに渡したんは、人樹の報酬なんやで。あの小さな輪っかで、人樹の操る樹術の一部が使えたりする。力の弱い者には、喉から手が出るほど欲しい代物やね」


「そ、そんな高価な物を、僕のために出して頂いたんですか!?」


「ボクにとっては、大した価値の物やないよ。まあ、菅田君の助けになったって事で、思ったより得した気にはなったかな」


 ヒグチさんはこちらの世界ではかなりの実力差なのだろうか。今までの立ち振る舞いから察するに、少なくとも弱者という感じはしない。


 ただ、一つ思うのは、今現在の僕はヒグチさんに頼りきっている。こちらの世界で生きるという事を自分で何一つしていないのだ。


「ヒグチさん。ここでは、排泄物さえあれば暮らしていけるんですよね?」


「まあ、そうやけど。出すもん出すには食わなあかんし、そう簡単な事じゃないで」


「いいんです。まずは自分でやれる事はやってみたいんです」


 ヒグチさんが僕の顔を覗き込んできた。糸のような目の切れ間から、少しだけ緑の光が漏れたように見えた。


「ふーん。本気なんや。ま、ええよ。ボクは菅田君に付き合うわ。色々教えるって言うたのはボクやしね」


「そうと分かれば、まずは食料を調達しないといけないんですが、ここでは狩なんかをしてもいいんでしか?」


「人樹は樹やから、ここで別の植物を育てるのは許さんのや。この辺りに木一本ないのは、そのためなんやで。ほんで、狩をする言うのはいい線いっとる。ここの住人の大半は、狩で得た獲物を食って、人樹に排泄物を納めとるんや」


 狩を選んだ理由は、僕の手にはレイブレードがあったからだ。ここまで自由に力強く動かせる手足の延長があるなら、少なくとも釣りくらいは出来るのではと思っていた。


「そうであれば、狩場なんかが決まっていますよね。僕が狩に参加するには、どうすればいいんでしょうか?」


 僕の言葉を聞いて、ヒグチさんがオレンジ色の大きなテントを指した。


「テントに書いてある文字読めるか? 実は読めるんやで、さっきの爺さんの言葉も分かったやろ。ここでさ意味を成して発せられた物は、受け手に理解する気があれば分かるもんなんやで」


 オレンジのテントには見慣れない四角い渦巻きのような記号が書いてある。


 読もうとすれば読める物なのか?


 今のところ何も理解出来ない。何か感覚のチャンネルのような物が違うのだろうか。

 そういえば、レイブレードを発現したときも、世界を引き込むような感覚だった。


 四角い記号と僕の間にある空間を引き込むように意識する。

 すると、記号が解けて、音の並び、まるで楽譜のような進行図が頭に浮かんだ。


 オレンジのテントに書いてある文字、それは(狩猟組合と解体場)という意味だった。



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