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菅田の世界3

 書店の主の言った喫茶店は直ぐに見つかった。個人経営の小さな店だが、店内は良く手入れがされており、良い雰囲気だ。


 私と見知らぬ四人は、四人席に一席足して、鮨詰めで座った。


 それぞれ注文が済んだところで、向かいのボウシにメガネの男が目線を向けてきた。


「拙僧より、その漫画の件で提案がある。この場に居るのは5人、漫画も5冊、一人一冊という事でいかがか? 論ずるまでも無く、代金は定価を支払おう。異論のある方はおられるか?」


 頭に謎の柄の布を巻き、富士山の稜線のように長く広がるウェーブヘアーの女性が小さく手を挙げる。


「異論はないんだけどぉ、今の漫画の持ち主はぁ、そちらの方じゃない? 今の案で納得なわけぇ?」


 私の方へとの視線が向く。


「皆さんは、何故この漫画を買うんですか? ただ買うなら普通の書店にある物を買えばいいし、通販だってあります。わざわざ、あの書店に並んで買う理由は何なんでしょうか?」


「YesNoでの回答でないという事は、理由に納得すれば売って頂けるという事なのかな?」


 私の横に座る、スキンヘッドで筋肉隆々の男が優しく問いかけてくる。


「本はお渡しします。ただ、この漫画をあの書店に求めるのだから、皆さん、何か理由があるのかと思いまして、折角ならその話を聞ければと思います」


 ホットコーヒーを飲んでいたマッシュルームカットに黒いタートルネックのニットの男が、カップをソーサーにカチャリと置く。


「理由なんてどいつも同じだろ。俺は確実に欲しいから来た、そんだけだ」


 男の態度が、場を一瞬シンとさせる。


「うちのアオ君がごめんねぇ。あたしはトーコって言って、アオ君とは結婚してるんだ。アオ君は、いつもこんな感じなんだけど、スパピンの事は本気で好きなんだよ」


「トーコさん! 今は俺の事はいいだろ…」


 若干の惚気が場を緩くする。


「どうやら、自己紹介の流れのようですね。私は白鳥です。漫画はそこそこ読むのですが、スーパーピンクはいい漫画ですね。創作をする者が普通は諦めてしまう事を、何も諦めていない。日常系漫画で、まさか勇気を貰うとは思いませんでした」


 スキンヘッドの男は、語ってから白い歯を見せて、爽やかに笑った。


「では拙僧も。赤石と申す。白鳥殿が仰る通り、スパピンは読み手を楽しませようという仕掛けに溢れておる。拙僧も創作に関わる仕事をしておるが、スパピンを読んで、挑戦しようという気力が出た。連載でもそこまで感じるのだから、本には何が仕掛けてあるのか、楽しみで仕方がない。早く本を手に取りたいものだ」


 ボウシでメガネの男は、少し早口で語った。


 私は、自分の漫画を喜び期待する人に初めて会った。これほど好意的に受け止めてくれる人もいるのだと思うと、感動して涙が出てくる。

 涙を隠すように、私は自分の漫画を、四人に差し出した。


「本を売ってくれるのは助かるが、まだ、其方の名を聞いておらぬぞ。拙僧と他の方々の誰よりも早く書店に並び、5冊を買い占めた者の心の内は、如何なるものか興味があるな」


 ◆◇◇


「私はこの後正体を明かし、四人は私のファンとして、魔王四天王となったんだよね」


 聞いた限りでは、魔王先生のちょっと面白い話といった感じだ。だが、それ程深い関係の人達なのに、普段の絡みがなさ過ぎる。


「そんな人達なら、普段から会ったり、連絡しあったりするんじゃないですか?」


「四天王は、漫画の読者と作者の関係性を大事にしたいみたいだから、本が出るときぐらいしか会わないんだよ。私も、彼らが何処に住んで、何の仕事をしているか全く知らないし、この距離感が好きだから、今も昔も変わらないね」


 若干の怪しさはあるが、嘘という感じもしない。後、僕に出来る事は、四天王を直接確認するくらいだ。


「僕にも、四天王の方々を紹介してもらえないですか? 昔から魔王先生を知っている方々なので、色々と興味があります」


「うーん、聞いては見るけど、四天王会は私だけのものではないから、決定権は私に無いよ」


「それはお任せします」


 魔王先生が少しこちらの様子を伺っている。


「それと、皆、ネットの情報には詳しい方だから、菅田氏を紹介してしまうと、菅田氏がロボロボ先生だと分かってしまうけど、いいかな?」


 魔王先生が気にしているのは、その事だったか。


 人気漫画家のアシスタントは、何かに名前が出る事があるのだが、その場合はペンネームとなる。

 僕は適当にロボロボという名前を使用しているのだが、出版社の新年会の二次会に参加した際に、その様子を撮影した動画が、何かの間違いでネットに流れてしまい、そこで少しだけ名前が知れてしまったのだ。


 ネットに流れたのは出版社側のミスで、既に削除されたが、一度出た情報を完全に消す事は難しい。

 僕の写っている箇所が受けたのか、僕の名前はネットで少しだけ認知されてしまった。


「それは仕方ないですね。いいですよ、僕からお願いしている事ですし、ロボロボ先生扱いされても別に気にはしません」


「そうか、それじゃ皆んなに聞いてみるので、紹介していいかどうかは、後で連絡するよ」


 そうして、その日は何も無く過ぎていった。


 ――――


 魔王先生から連絡があり、四天王会に招待してもらった。


 僕は魔王先生と一緒に会場に向かう事になったので、駅で待ち合わせをしてから、電車で移動した。

 電車内は会社の帰宅時間なのか、スーツを着た人が沢山乗っており、魔王先生と僕の出立ちは少し浮いていた。

 人混みに入ると、多少の視線を感じる事には慣れている。


 会場のある駅に到着すると、人の流れと共に改札を出た。

 会場は駅の直ぐ近くで、一階が喫茶店になっいるビルの3階にある焼肉屋だ。


 狭いエレベーターに魔王先生と乗り、3階に到着すると、全部屋個室の焼肉屋があった。結構、お高い印象を受ける店だ。


「魔王四天王で予約している者です」


 そう、魔王先生が店員に伝えると、笑顔で部屋まで案内された。


 部屋の扉を開くと、片膝を立てて跪く四人の姿がそこにはあった。


「「「「魔王先生!単行本4巻発売おめでとうございます」」」」


 綺麗に4人揃った口上が、小さな部屋に響く。


「うむ。皆の者、まずは面を上げよ、そして此度の宴を共に楽しもうではないか!」


 4人が顔を上げると、皆笑顔だった。

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