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菅田の世界2

 このメッセージには何かある。


 普段から魔王先生と会っているが、編集さん以外からメッセージが来た事は無かった。

 これは魔王先生が、まだ僕に話していない何かの片鱗である事は間違い無い。


「これ何ですか?」


 普段から色々とお世話になっている魔王先生のプライベートに踏み込む事であり、とても失礼な事は分かっているが、聞かずにはいられなかった。


「え? そ、それは、その知り合いだよ」


 嘘の下手な人物が、浮気の証拠を押さえられたような慌てぶりだ。


「四天王なんて一見冗談っぽいですけど、これ実は本物なんじゃないですか? 魔王先生の魔王って、まさかそういう事なんですか?」


 魔王先生が少し俯く。


「ふっふっふっ…………、どうやら気付いてしまったようだな人間よ。偽りの秩序に支配された、この世界に真なる自由をもたらす為、余は一度全てを破壊するのだ。魔王などと呼ぶ者は、真実を知らぬ愚か者だ。真に目を開いた者は、余の事をこう呼ぶだろう!そう神だ!」


 そんなに長い付き合いでは無いが僕にはよく分かる。



 これは、ただの冗談で、そして魔王先生に芝居の才能は無い。


「そんなクサイ芝居する人、初めて見ましたよ」


 パッと視線を戻して、少し照れた魔王先生がいた。


「そんなにクサかった? いやー、魔王と名乗っているからには、いつか言いたい口上だったんだけど、やはり私の演技レベルでは無理かー」


「流れ変えようとしても駄目ですよ。この四天王って何なんですか?」


「それは……、さっきも言ったとおり、知り合いですよ。私だって知り合いくらい居るからね!」


 やはり、四天王に言及すると、魔王先生はぎこちない。


「四天王って、あっちの人なんでしょ?」


「いやいや、こちらで出会った、こちらの人達ですよ」


「じゃあ、なんでそんな焦った顔してるんですか? 」


「うーん、何というか、四天王会は私と私のファンの方々との集いなんだよね。ほら、私の漫画も一応は少ないながらもファンが居てくれる訳よ。そこで、一部のファンと作者が親しくしているのは、あんまり褒められた事ではないじゃない? だから、ちょっと菅田氏には言い難かったんだよ」


 なんだか、本当っぽい理由が出てきたが、僕としては僅かな可能性も見逃す事は出来ない。


「じゃあ、僕にもその人達の事を教えて下さいよ。それで、出来れば会ってみたいです」


 随分と我儘を言っている事は理解しているが、一度踏み出してしまった手前、引き下がり事は出来ない。


「うーん、そんな大した話じゃないけど、それでも聞く?」


「聞きます。聞かせて頂きます」


「そうか、まあ、それじゃあ」


 ◇◇◆


 私の漫画の単行本一巻が遂に発売される事になった。

 強烈に嬉しい反面、普段思いもしないような後ろ暗い事が頭を過ぎる。


 書店に自分の本など並ばないのではないかという不安感が日に日に強くなった。

 不安を解消する為には、何か行動しなくてはならない。

 そこで、私は一つの事を思い出した。


 どんな漫画でも、必ず発売日には並ぶ本屋が存在するという事だ。

 これは、あの人から聞いた情報で、何度か自分でも確かめた事のある事実だ。


 その本屋は、都会の雑居ビルにあり、普通にはまず到達する事が出来ないのだ。

 そもそも、看板すら無く、場所も印刷所の作業スペースを抜けた奥にあるので、偶然に客が到達する事はまず無い。


 入店方法も独特だ。入店用の整理券が必要になるのだが、それを手に入れる為には、向かいのパチンコ屋の行列に並ぶ必要がある。

 何故こんな手順を踏まないとニュース出来ないかは知らないが、一部の漫画愛好家の中では、有名な話なのだそうだ。

 漫画愛好家が、どうしても手に入れたい初版本がある場合に利用するらしいが、今まで行った際には、他の客に会うような事は一度も無かった。


 ――――


 私の漫画の一巻発売日に、私は始発電車で冷気の書店へ向かった。


 パチンコ屋には既に行列が出来始めいた。パチンコ屋に入った事は無いが、皆、何をこんな早朝から並ぶ事があるのかと思う。

 パチンコ屋の店員が整理券として、番号の書かれたプラスチックの札を配る。

 私の札には12と書かれていた。書店の整理券を手に入れる為には、この番号が二桁以下である必要があるのだ。


 プラスチックの札を持って、景品交換所という拳4個分の小さな窓が空いた謎施設に到着した。

 この施設は今来ると営業時間外で、周りには誰もいないし、小さな小窓も閉じている。


 外から小窓を触ると、5cmだけ扉が開くので、その隙間からプラスチック札を差し込む。すると、札は中に引き込まれ、替わりに銭湯のロッカーの鍵のような木札が出てくる。


 木札には壱と書いてあった。


 書店の開店まで時間があるが、やる事も無いので、印刷所の作業スペースにて待つ。

 印刷機の音と、作業している人の足音を聞いて待っていると、飛びから誰かが入って来た。

 私の後ろに並んでたという事は、目的は同じで、何かの初版本を買いたいのだろう。


 そうして待っていると、人がまた一人と増えて、私の後ろに四人も並んだのだ。

 別の客に会うのは初めてだった。恐らく超人気作の本が、私の漫画と同日発売なのだろう。私の後ろの人達は、それを求めているに違いない。


 私は、この書店を選んだ事に心底安堵した。そんな人気作と同日ならば、一般的な書店に私の本が並ぶ可能性は低い。だが、ここならば、確実に並ぶし買う事が出来る。

 私は、自分の初めての本を5冊は買う気でいる。勿論、本自体の入手は容易なのだが、私の手で私の本を買いたいのだ。


 やがて、書店の開店時間がきた。この書店のルールは営業時間になったら自分でドアを開いて入り、欲しい本を口頭で伝え、買ったら木札を渡して速やかに帰るというものだ。


 私はドアを開けて中に入ると、後ろの四人も入ってきた。

 店内の移動可能スペースは狭い。金網とカウンターで客側と店側が仕切られており、昔の映画で見たガンショップのような佇まいだ。


 金網の奥には、黒縁メガネに、顔の下半分は髭に覆われた強面の壮年男性が静かに座っている。


 私は、客側と店側の唯一繋がった受け渡し口に向かった。


「スーパーピンク1巻を5冊」


 そう伝えると、店主らしき男性は、慣れた手付きで私の要求した本を紙袋に入れた。

 私はお金と木札を置くと、店主は何も言わずに紙袋を渡してくれた。


 私は、早々に去ろうとすると、次の客の注文が聞こえた。


「スーパーピンク1巻を5冊」


 一瞬、え?と思ったが、店を早々に去るのがルールなので、ドアノブに手をかけた。


「それはさっきのお客さんで売り切れました」


 店主の声は初めて聞いたが、割と落ち着いた優しい声だった。


 私の背中に視線を感じる。しかも、視線は一つでは無い感じだ。


「あんた。その本買い過ぎじゃないか?」


 先程私と同じ注文をした客が、私に声をかけてきた。他の客もざわついてる。


「お客さんがた、店内での騒ぎは困りますよ。当店にその漫画は5冊しかありません。後はお客さんで話を付けてもらえませんか? 少し先に喫茶店があるんで、そちらでどうぞ」


 店主の言葉には静かな圧があった。


 私は見知らぬ四人の客に取り囲まれながら、喫茶店へと連行された。

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