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菅田の世界1

 現実と妄想、大人と子供の中間で揺れるのが、世に言う厨二病なのだそうだ。


 僕はそこから更に男女の間でも揺れたので、症状は更に重かったのかもしれない。


 ある夏の日に、母の実家を訪れた事で、僕は病気では無いと確信した。


 人では無い者の文化、魔法のような事象を体感した僕は、病と断じられてきた事が全て真実であると理解した。


 同世代の人々が厨二病から目覚める中、僕だけがそれを真実だと知っている愉悦は、堪らなかった。

 僕だけは皆とは違うのだと分かり、同時に自分の行くべき道がはっきりとしたのだ。


 あの世界に出会ってから、僕は世界を渡る方法を探し求めた。

 母の実家には頻繁に通ったせいで、今は出入り禁止になってしまった。

 異世界に通じる門を預かる人達なのだから、その事実が広く知れ渡らないようにしているのだろう。

 1人であの場所に行こうとしても、僕だけでは到達出来ないという事実が、異世界の存在と、その秘匿性をより実感した。


 僕があの世界に到達出来ないのは、何かがまだ足りていないからだと思う。

 何が不足しているのか分からないが、必ず見つけ出すつもりだ。


 僕の容姿が特殊なのも、異世界の血がそうさせるからだろう。

 皆が女の子に見えるという僕の姿だが、僕からすれば全然女性的では無い。強いて言うならば、どちらっぽくもない。背丈はそれなりに伸びたが、子供っぽい体と顔、それが僕なのだ。


 いつかあちらに行く僕にとって、こちらでの生活基盤や人の縁は重要では無かった。

 父の影響と、非現実の世界感からロボットアニメにハマり、そこから絵を描くようになった。今、漫画の仕事をしているのも、趣味が高じての事だ。


 烈風先生や仕事場の人達の事は尊敬している。僕は他の現場を知らないが、ここに居る人達の漫画に掛ける思いは半端ではない。

 ここで漫画に対する想いが一番足りていないのは、恐らく僕だ。

 この仕事を生涯続けるつもりは無いのだ。何故ならば、僕が目指す場所はここには無いからだ。


 漫画の仕事が楽しく無い訳では無い。ただ、今ある全てを捨てても得たい物がある。そう思っていた。


 今、僕はとある人に出会った事で、大きく目的に近づいた。

 個人的にではあるが、今を捨てて目指す先に進むかどうかという事を考えた。


 そんな時にふと思ったのだ。漫画に関わる事を全て捨てられるだろうかと。


 ――


「魔王先生ー、来ましたよー」


 いつものように、仕事終わりにここを訪れた。


 あちらの世界の住人でありながら、こちらで漫画を描いている変わった人、魔王先生の家だ。

 古いアパートの一室が魔王先生の仕事場兼家だ。


「……………」


 返事は無いが気配はある。勝手に入っていい事になっているので、靴を脱いで入るが、魔王先生に動きは無い。

 涼しくなってきたので、ハーフパンツから出ている足に冷気を感じる。室内は外より寒いのが不思議だが、古い家にはよくある事なのだそうだ。

 そう言えば、前に行った魔王先生の別宅は、かなり寒かった。


「何やってるんですか?」


 短パンにTシャツ、しかもTシャツの袖を肩まで捲り上げた姿の丸いフォルムの男性が、背筋を伸ばし漫画雑誌を凝視している。


 2分ほどして目の前の男性が動きを見せる。


「菅田氏! 今週のBCも最高ですな!」


 私の前に居る漫画に感涙している人が、魔王先生であり、僕が今一番気になる人物だ。


「描いている側からすると、いつも通りなんですけどね。烈風先生も、会心の出来って雰囲気じゃなかったですよ」


「毎週このクオリティは凄いのよ! もう10回は繰り返しているのに、まだ新しい発見があるのよ。やはり、烈風先生は稀代の大天才ですわ!」


 魔王先生が雑誌でBCを読んだときは大体こんなはんのだ。BCの大ファンだと豪語し、いつもいいところを長々と語る。

 BCに関わっている身としては、嬉しさとこそばゆさが半々といったところだ。


「今日はもう仕事しないんですか?」


「今はBCから力もらってるとこだから、今日はまだ描く予定」


 僕は目的を達成する為に、あちらの事を魔王先生から学んでいる。と言っても、教えてもらえる事は断片的で実用性もないようなこのばかりだ。


 魔王先生は、あちらの世界を良く思っていない。あちらに未練も戻るつもりも無いようで、何かにつけて否定的だ。


「それ終わったら、例の魔法認識についての考察に付き合ってもらいますよ」


「菅田氏は事を急ぐね。もっとゆっくりやればいいのに」


「僕があちらからどれだけ遠いか分からないんですから、焦りますよ。時間はあるようで無いのかもしれませんから、気づいたら時既に遅しって事もあるでしょ? ならやるだけやって、駄目でも、前のめりに倒れたいですよ」


 僕には焦りがあった。あちらの世界は、僕から簡単に逃れる術があるのだ。今の機会を逃せば、これから先にチャンスはもう無いかもしれない。


「なるほど、戦って死ねってやつな」


「なんですそれ? また僕の知らない漫画のフレーズですか?」


 魔王先生は、やってしまったという顔をしている。僕達の間のルールで、知っている前提で使ったネタは説明する事になっているのだ。


「ま、これは、漫画版では無いというか、映画の宣伝文句みたいもので、ぎりセーフなのでは無い?」


「アウトです」


「ネタばれになるから、あんまり内容の話はしたくないんだけどなあ」


「そう思うなら、そういう事言わなければいいんですよ。それに、その漫画はどうせ僕は読まないですから」


 魔王先生は渋い顔をしている。


「菅田氏には是非読んでもらいたいけどね。まあ、今回は本編ネタじゃないから、さわりだけという事でどう?」


「ま、それでもいいですよ」


 少し笑い気味に魔王先生は語りだす。僕は知っている。漫画語りをする事自体は、魔王先生の大好物なのだと。


「この漫画はアニメ映画にもなったアクションものなのよ。妖精スプリガンというコードネームを持つスペシャリストが、超常的な事件を解決するアクションミリタリーな訳よ」


「何か、それだけ聞くと、割とシンプルな話なんですか?」


「シンプルはシンプルよ。ただ、この漫画の凄いところは、ハリウッド映画のアクション物が、テレビシリーズ物並に続く事なんだよ」


「映画は二時間くらいだから、派手でキリよくやっちゃいますよね。でも、割り切りがいいから続編は微妙というか、長く続けるには向かないですね」


「まさにそこ! アクション映画は短時間でスッキリさせないといけないから、世界感や背景はめっちゃ凝ってても、分かり易さ重視なのね。そんな壮大な物がすっと入ってちゃんと物語が完結するなんて体験は、中々出来ないんだけど、それを一回お腹一杯食ってみたいと思うのが人の性よな。そして、それを漫画でやってのけたのが、この漫画って訳よ」


「でも、そんな事漫画で出来るんですか? やはり、漫画なんで規模は小さくなるんじゃないですか?」


「話の規模なら、映画にも負けて無いし、なんなら実写は再現不可なんじゃないかなと思うよ。まあ、漫画だから規模の大きい話はよくあるけど、この漫画は現代設定という事もあって、リアルとフィクションのバランスが絶妙なのね。主人公は大体固定なんだけど、長編や短編をおり混ぜたエピソードで区切るタイプだから、テンポも非常に良いのよな」


「なんか、そう聞くとバトル漫画なんかとは違うんですね」


「アクション漫画って表現が一番しっくりくるよ。バトルの勝敗や論理的な強弱は二の次で、とにかくストーリーの進行のストレスフリーさと、結局は主人公が最後は何とかしてくれるお約束感で、エピソード進行は最高の体験なのよ」


 そんな話をしていると、僕の前にあった魔王先生の携帯端末にメッセージが表示された。


(魔王四天王、御命令により集結の手筈順調也)

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