魔王の漫画17
私の連載している漫画はスーパーピンクというタイトルだ。
連載前までエロ同人ばかり描いていた私は、商業でやるならと描写をマイルドにして、あの人が連載でやっていた事を真似て、とある出版社に持ち込みをしたところ、丁度空き枠に滑り込む事が出来た。
後になって知ったが、鏑矢さんが色々と根回しをしてくれていた。
そんなこんなで私は今、月刊連載する事が出来ている。
ごく少数ではあるが、固定ファンが付いている実感もある。
世間的にはマイナー漫画という扱いで、童貞の描いたエロ漫画の残骸日常添えと、揶揄されているようだ。
正直、罵詈雑言渦巻く深い場所にある評価は、怖くて見れない。
浅い表層に偶に浮かび上がる自分の漫画の評価に、一喜一憂しているのだ。
世間一般からすれば、いつ消滅してもいい漫画だろうが、私にとっては掛け替えの無い存在であり、登場人物は我が子も同然だ。
故に、漫画の中での我が子に酷い事は出来なくなっており、編集からはエロ描写が微妙過ぎるとリテイクが出る事も多々ある。
そんな私の漫画の同人作品が、今作られようとしている。
自分の漫画について深く調べた事は無いので確実では無いが、私の漫画の同人作品は、過去、存在していないはずだ。
恐らく初めての同人が、超有名漫画描きの烈風先生によって作られる。
とても名誉な事ではあるが、感じた事の無い不安な気持ちが湧いてくる。
私は欲望のままに烈風先生の漫画を躊躇なく2次創作した。そんな私が、いざ自分の番になって戸惑う事など、全く痴がましいにも程がある。
だが、感じてしまった。これは嫌悪では無い、恐怖なのだ。
私の漫画が、私の世界がとって変わられる恐怖だ。神の座を追われ、自身の世界が偽物になる事を恐れている。
「烈風先生は、スパピン本を売るつもりなんですか?」
「描くからには売るつもりじゃあ。魔王が委託しとるとこを紹介してくれや」
焦る。変な汗が出てきた。
「私が言うのも変な話ですが、スパピンの同人需要は皆無ですよ。売るというのは中々難しいと思います」
「別に売れるのが目的で描くんじゃあないわ。魔王もわしの漫画を2次創作したとき、売れる事だけ考えて描いたんか? 違うじゃろ? 売る事だけ考えたら、BCは不向きよな。なら、なんでBC本を描いたんじゃ?」
「それは、BCが好きで、妄想が溢れ出して、どうしてもカタチにしたかったからです」
「そうじゃろな。そんなら、わしがなんで描くか分かるじゃろ? わしが仕返しのためだけに漫画を描くような、ちいせえやつじゃと思うたか? わしは描きたいから描く。同人なんて初めてじゃが、自分のために描く漫画は初めてじゃあねえわ。見とけ、わしの思いの丈を、その本で見しちゃらあ」
以前に自分の言った言葉が自分に刺さる。作者が読者の評価を変えるなら、漫画でそれを示すしかない。作者が直接読者を変える事は不可能で、好きなら好きだし、嫌いなら嫌いだという事だ。
漫画描きも一読者になる。それは私が言った事だ。そして、なんの因果か烈風先生は私の読者であるのだ。
「漫画の内容は疑いようも無いです。きっと、素晴らしい仕上がりでしょう。しかし、先生のような大作家が同人活動は不味いのではないでしょうか。絵柄やタッチで気付く読者もいるかもしれません」
「会社にバレようが、読者にバレようが、どうにでもなるように、魔王に頼みにきとんじゃあ、今日はの。それに、わしの漫画がどんだけ売れようと、わしが世間に持ち上げられようとの、わしがスパピンを扱える訳などないんじゃ。魔王は自分の漫画が好きじゃろ? なら、その気持ちを疑わず自信を持つ事じゃな。魔王の描いとる漫画は、かなり凄いぞ」
烈風先生は真っ直ぐこちらを見てそう述べた。
例のファミレスで泉野さんから聞いた話では、先生は言葉に自信が無かったり、嘘がある場合は、視線が定まらないそうだ。そうして、先生がそんな状況になるのは、かなり不味いと聞いていた。
という事は、さっきの言葉には、偽りが無く本心であるという事だ。
先生は、どういう訳か私の漫画が好きなのだ。しかも、2次創作したい程にだ。
「あ、あの! ペンネームは、ど、どうされるんですか!」
烈風先生の真意を知って、気が動転している。咄嗟にどうでもいい質問をしてしまった。
「猫田カマタじゃ。まだわしがノートに漫画を描いていた頃の名前にするわ。如月烈風は本名じゃけえ、流石に使えんしの」
え、この方、本名で漫画描いているの? しかも、結構特徴的なお名前だから、身バレが凄いのでは?
烈風先生の本名情報で、思考が持っていかれた言葉で、少し落ち着いた。
「その、私の漫画を2次創作頂くのは光栄な事ですし、お断りする理由も権利も、私にはありません。ただ、一つお聞きしたいのですが、私の漫画の何を評価頂いているんですか?」
私の質問に、烈風先生がニヤーっと笑う。
「わしの漫画の何が好きかはっきり言わず、好き勝手言った奴に、わしがそれを答える思うたか? そんなもんは自分で考えんか! そんで、一生答えが出んとヤキモキしとったらええ」
途端に突き放された。ファミレスで好き勝手に私が言った事を根に持っていたようだ。
「そ、そんな」
感情に任せて、暴走した事を激しく後悔した。
「わしはそろそろ帰る。早速スパピン本を描かんといけんしな。菅田は、今のところ筆にいい影響しかないから、なんも言わん。今後、魔王のところに行く事で、筆が乱れるようなら、考えさせてもらうけんの」
そう言って、烈風先生は颯爽と出て行ってしまった。
一瞬、放心して、直ぐ立ち直りお見送りに家を出た頃には、自転車を爆速で走らせる烈風先生の後ろ姿が小さくなっていた。
菅田氏と2人で静かに家に戻った。
「菅田氏よ。先生は圧倒的な人なんだね」
「確かに勢いは凄いんですが、今日は二割り増しで凄かったです」
嵐の去った後のように、何から手を付けていいのか分からない状態だ。
「なんか、色々迷惑かけたみたいだね。まあ、烈風先生からお許しも出たみたいだし、これで大手を振って活動してもいいんじゃない。と、言っても菅田氏が辞めたかったら、自由にしていいよ。私より烈風先生の元に居た方が、菅田氏の為になるしね」
「な、何言ってるんですか! 僕は、自分の意思で魔王先生のところに来ているんですよ。これからも勿論来ますし、あっちに行けるようになるまで、なんでもするつもりです。烈風先生が、止めるように言ったら、僕はアシスタント辞めてましたからね!」
そんな事にならずに、本当に良い方向に転がったものだ。
「どうあれ、とりあえず元通りなので、まあ、良かったよね」
ちょっと睨み気味に、菅田氏が見てくる。
「迷惑掛けたのは、僕の方ですよ……。何か大人だけで解決された感じで、納得はいってないですけど、感謝してます。ありがとうございます……」
菅田氏は、何か歯切れが悪い感じだが、まあ元鞘で本当に良かった。
しかし、私への試練は、まだ先なのだろう。
恐らく、今年の年末に、世の中に出てしまうであろう初のスパピン本が、私を本当に裁くのだ。