魔王の漫画16
長い夜が明けて自宅に入った瞬間に寝ようと思った。
私は睡眠を取る必要は無いのだが、何故か眠りたい気持ちになった。
懐かしいアシスタント時代の話をしたからだろうか。あの頃は、2人に合わせて眠っていた。
睡眠は、ただの意識が無い時間ではあるが、あの頃は2人と同じ時間を過ごすという意味で、非常に重要だったのだ。
あの人は眠りから覚めると、幾つもの新しいアイデアを思い付いた。
私と鏑矢さんは、朝にあの人が何を言い出すのだろうと怯えながらも楽しんでいた。
私が1人で漫画を描くようになってから、あの人を真似て眠ってみたりしたが、結局なんの成果も得られず、眠りを諦めた。
主に椅子としてしか使っていなかった寝床に入ると、溶けるように眠りに落ちた。
―――
目覚めると、通信端末の履歴以外、何の変化も無かった。
直ぐに目覚めたのかと思ったが、時間は一日経過していた。淡い光がカーテンの隙間から差し込んでいる景色もコピーのようだ。
夢は見たような見ていない感じだ。ほぼ覚えていないが、故郷の知り合いが出てきたような気がする。やはり、私が眠りから得るものは無いようだ。
履歴が更新された事を示す端末の画面が、部屋の中でぼんやり光を放っている。
まだ、はっきりしない意識で端末を眺めで、一瞬で目が覚めた。
烈風先生から、BCのキャラ文字で「いくぞ」との連絡が入っていたのだ。
ほぼ同じ時刻に菅田氏から、烈風先生と一緒にこちらに来る旨の連絡もあった。
烈風先生との濃密な夜の記憶が雪崩のように押し寄せて来る。
烈風先生が来るという事は、私が描いたBC本を受け取りに来るという事だ。
なんの用意もしていない!!
幸い、現物は自宅にあったが、家の中が誰かをお迎えしていい状態では無いのだ。
いつぞやの紙袋に本を入れてお渡しの用意をし、部屋をマッハで片付ける。
洗面所の鏡に写った姿で、今自分が全裸である事に気付き、慌てて服を着る。
ドタバタしていると、玄関からポーンという電子音が鳴り、私の悪足掻きは終了した。
チェーンをしたまま扉を開けると、緊張気味の菅田氏と、ドヤ顔の烈風先生が立っていたるのが、隙間から見えた。
「魔王、約束通り来たぞ」
「その、家の中がちょっと散らかっていまして。本はご用意しましたので、外でお渡しとさせて頂けませんか?」
「わしは、部屋がどうなっとろうがかまわん。それに菅田は、いつも通りにここに来とるんじゃ。わしは用が済んだらいぬるけん、はよあげーや」
場所を変えられる雰囲気では無い。やむを得ない、変な物が露見しない事を祈るしかない。
チェーンを外し、扉を大きく開くと、ロードレーサー系の自転車に乗っている人が着ているタイプのジャージを着た烈風先生が、スルリと入って来た。
菅田氏も入って来たので、今日の用向きを小声で確認する。
「菅田氏、今日は何が起きるの? なんか対策無い?」
「僕も全く分からないんです。仕事場で待機してたら、烈風先生が戻って来て、そのままここにという感じです」
菅田氏も私と同じ状況のようだ。
「心配せんでも、今日のわしはオフじゃ。仕事の話なんかせんわ」
白いスニーカーを玄関にきっちり揃えた烈風先生が、上目遣いに見てくる。どうやら、かなりの地獄耳のようだ。
―
折り畳み式のちゃぶ台の上に、エナジードリンク二本と、例の本が入った紙袋を置いて、私と烈風先生は対峙している。
「なんじゃこれは?」
「は、失礼かと思いましたが、先程説明した通り、当家には飲み物がこれしか無く」
「違う、そっちじゃないわ。なんで本がラッピングされとるんじゃ? わしはここで検めるゆうたぞ」
分かってはいたが、やはりそう来たか。
「いえ、理解はしているのですが。やはり、お渡しした本は、複数人で内容を検討するには、あまりにも不適切かなと思いまして………」
「そんな本をわしに断りもなく描いたんわ、どこのどいつじゃあ?」
「は、返す言葉もありません」
「ま、ええわ。これはわしがもろうたもんなんじゃから、何処でどうしようとわしの勝手じゃわな?」
そう言って、烈風先生は私の歴代BC本を4冊全て取り出した。
どういう訳か、烈風先生が本に軽く触るだけで、ビニールラッピングがカッターで切ったように開いてしまう。
「あ、あの、ここで、やはり、中を見るんですか? こういった本は、個人で1人で嗜むのが一般的なので、やはりここは一つ後日感想を頂く感じでどうでしょうか?内容も男性向けですし、やはり…」
「くどいぞ。なるほど、BCでは多いと聞く、副団長本か。菅田はもうこれ読んだんか?」
「いいえ、僕は魔王先生が同人本を出していた事も知りませんでした」
烈風先生に少し睨まれ、私はサッと目を逸らした。
視界を逸らした隙に、烈風先生の方からページをめくる乾いた音がし始めた。
遂に処刑タイムが始まってしまったのだ。
――
烈風先生は全ての本を読み終わった後、エナジードリンクを飲み干した。
「なるほどの。副団長と読者仮想のショタによるおねショタ本ちゅう訳か。エロ同人の割には背景が書き込んであるんわ、原作感出しとるんじゃな。行為のアングルも、時折原作パロディしとるな。副団長の設定がはっきりしていない事をいいことに、好き勝手乱れさせとる訳じゃが、原作エピソードから察せるところから、終始副団長が主導権を握っておるんじゃな。わしは同人にはあまり明るくないんじゃが、副団長本がなんでこんなに多いんかは、なんとなく分かった。どうりで、本誌の人気投票でも上位にくるはずじゃ。ところで、副団長の扱いは分かったが、出てくるショタが若干雑じゃないか? いくらオリキャラじゃとしても、エロの為の舞台装置だとしてもじゃ、あまりにも一貫性が無いし、キャラクターが立たなすぎる。わしもショタが出張るおねショタは苦手じゃが、もう少し意思を持たせてもいいじゃろ? 折角4冊も続いとるんじゃから、少しくらい関係性を深めてもええと思うぞ」
烈風先生は、早口に一息に大量に語られた。
何故か漫画に関する事なのに、例のウィスパーボイスだったので、菅田氏には聞こえていないだろう。
やはり、男性向けエロを摂取された事による、居た堪れない気持ちが、烈風先生の心を萎縮させたのだろうか。
ただ、お叱りの雰囲気は無い感じなので、私としては助かっている。ここまでエロ同人を真面目に、しかも原作者に読んで頂けるなど、描いた甲斐がありまくりだ。
「やはり、これは、こういった場には相応しく無い内容だと思います。後日に沙汰を言い渡して頂いた方がよいのでは?」
「それとこれとは、話が別じゃ。ようもわしの漫画のキャラで、勝手な事してくれたもんじゃの? キャラは、どんな役柄でも漫画を描く者からしたら、我が子みたいなもんじゃろ? それをようも辱めてくれたのう?」
声のトーンが普通に戻っているし、なんなら少し怖い。
「それはもう。昨日からなんども謝罪させて頂いている通りです。申し訳ありません。罰は受けますので、なんなりと言いつけて下さい」
烈風先生が私の言葉を受けて、ニヤリと咲う。
「確かにその言葉聞いたぞ。そんならわしも同じように報復させてもらおうかの。魔王の漫画、スーパーピンクのエロ同人、わしが描いても問題ないな?」
突然の事過ぎて、過去最大に頭が真っ白になった。