魔王の漫画13
1次創作が神による天地創造ならば、同人2次創作は悪魔の囁きで業に囚われた人と言えよう。
神の造りし世界に不満がある訳では無いのだ。ただ、世界に深く関わりすぎたせいで、より本質的な見たい知りたいという欲求が我慢出来なくなっているだけなのだ。
神は世界を創造するが、決して全てを明かしてくれる訳では無い。
神から与えたられないのであれば、人は自身で探求するしか無い。
探求の先に神に叛く事象に出逢おうとも、一度動き出した人の性は止められ無い。人にとっては探しあてたそれが真実であり、もう無知な頃には戻る事は出来ない。
2次創作が生まれる瞬間に、そこには悪意も罪も無いが、それがさも真実であるように人の間で広まったとき、罪が生まれる。
その罪の多くが罰せられる事は無いが、ゼロでは無いのだ。
私はどういう訳か、その罪を神に告白してしまった。直接神に罪が伝わるという事象は、極めて稀であろう。しかし、事は起きてしまったのだ。
神がお花摘みから戻り、私の前に座り直す。
「ようもやってくれたの」
「は! 大変申し訳ないと思っております! 直ぐに委託を止めて、売上は全て納めさせて頂きます!」
「金の問題じゃあないわ。もう売れてしもうた本があるんじゃろ? 仮に回収出来たとして、わしの漫画に対して読み手が持つ印象は、もう元には戻らんわな。それを魔王は考えもせんと本にした訳じゃ」
大変な正論であり、私には非しかない。机に額を付けて謝るしか出来ない。
「私に出来る事であればなんでも致します!」
「ほぉ、なんでもか?」
「はいぃぃ! なんでもでございます!」
「それじゃあ、まずは魔王の描いたBCの同人本を納めてもらおうかの」
え? どういう展開? 私のエロ同人を烈風先生が手に取るという事?何故に?直ぐにでも焼き払いたいのではないのでは?
先に起こる事象が脳裏を過り、思わず高速で頭を上げてしまった。
「いえいえいえいえいえいえ、烈風先生がわざわざお目汚しされる必要は無いです!」
「わしの漫画の読み手がどんな影響を受けたんか、わし自身が知る必要があろうが。ほしたら、わしが魔王の同人漫画を無知読まんといけん。ほうじゃろ?」
私の性癖と欲望満載の2次創作を烈風先生が読む?それだけはあってはならない。
「エロ同人の業の深さは計り知れません。読んだところで、百害あって一利無しです! どうか、それだけはお考え直し下さい」
「魔王が本をよこさんでも、わしは指一本で手に入れる事が出来るんじゃ。便利な時代になったもんよ。魔王は、わしにわざわざ買え言いよるんか? 」
圧倒的な王者の圧力が、私の頭をまた机に押しつける。まるで、巨大な掌を頭に添えられているようだ。
「滅相もございません。お納めさせて頂きます!」
「ほうか、ほじゃこの話はしまいじゃあ」
「え、いや、それではあまりにも……」
私の言葉を遮るように、オレンジジュースがジュルジュルと吸い上げられる。
「わし等の先人も、大作家の先生も、世に2次創作が溢れとる事は知っとお。それをいちいち潰して回っとるか? まして、わしのような新参が、そがなことする意義があると思うんか? わしの漫画を描けるのはわしだけじゃ。ただの真似に遅れを取る訳がなかろうが。漫画を描くもんなら漫画で勝負する。そんだけじゃ」
烈風先生は、やはり漫画から伝わってくるとおり漢の中の漢。
「返す言葉もありません」
「じゃけど、プロの魔王がしたいう事実は看過できんから、それなりの罰は受けてもらう。まあ、それは魔王の本を見てからじゃあ」
あ、やっぱり完全には許されないですよねー。そうですよねー。
「物は直ぐに用意しますので、どちらにお持ちすればいいでしょうか?」
「わしが魔王の仕事場に行くけん、そんときまでに用意せえや。菅田も出入りしとるんじゃろ?わしもどんな場所かわかっとらんといけんからな」
ほわっ!烈風先生が私の住処にいらっしゃる!?
「いえ、本来は私がお伺いするべきところですが、仕事場は秘密でしょうから、私が手近な所に場を設けますので」
「なんじゃ? わしが行ったら都合が悪いんか? ますます怪しいの。これは本格的に調べる必要があるわ。首を洗って待っとけや。ほれ、連絡先を教えーや。いくときになったら知らせるけんな」
烈風先生の手には合わない大きな携帯端末が、ぬっと出てきた。互いの連絡先を交換するしか無いのだが、私は漫画界のビッグネームが登録された事に感涙した。
「うぉぉぉー!!烈風先生のお名前が私の端末に!感動です!」
烈風先生はデザートに頼んでいた二つのパフェを交互に食べている。
「参考までに聞くが、魔王は同人本を何処に委託しとるんじゃ?」
「ああ、それでしたら、昔からの伝手がありまして、そちらにお願いしているんです」
「神夢々冷先生の知り合いか?」
「そうですね。あの人から教わった事の一つです」
ホットのグリーンティーを飲みながら、烈風先生が少し目を細める。
「魔王は、もしかして先生と喧嘩しとるんか?恩人にあの人は無いじゃろ?」
「ああ、いえ、そうでは無く、あの人は変な拘りがあって、それに未だに従っているだけなんです。例えば、漫画の連載が終わったら、漫画描きじゃないから、ペンネームで呼ぶのは禁止だそうです。ただ、あの人の本名は誰も知らなくて、あの人としか呼べないんですよ」
「先生らしい考え方じゃのう。あの人のオリジナル同人はよう読んだわ。あんなに真っ直ぐ自分の描きたい物を描いて、当時のカルト人気は、ぼっけかったからの」
空気が少ししんみりした気がする。あの人の漫画が今無いのは、やはり少し寂しい。
「当時アシスタントだった人が今も探しているんですが、全く行方が分からないんです」
「あれだけ才能があるんじゃから、どこか別の業界で創作をしとるかもしれんの」
そうである事を、実は私も切に願っている。あの人の創作が止まっている時間は、非常に惜しい。もっと世に創作物を出してほしいし、欲を言えば漫画に戻ってくれるのが最適だ。
「喰月の、あの先のネームあったらしんですが、誰にも見せてくれませんでしたからね。残念です」
「魔王は、どこまであの人の漫画を手伝ったんじゃ?」
「あの当時は、簡単な事しかさせてもらえませんでした。丁度、私が同人始めた頃だったんで、そっちを精一杯やれというのが、あの人の教えでした」
「それは何となく分かるわ。魔王にもオリジナルの漫画を描いてもらいとおて、そげな事を言うとったんじゃろうな。丁度、わしが菅田に思うとる事に似とるわ」
思えば漫画に魅了されて、漫画を読む事に取り憑かれたが、漫画を創作しようなんて思ったのは、あの人に出会ったからだった。
「本当に、あの人は何処に居るんでしょうね」
「噂をすると何とやらと言うじゃろ? こかあ一つ、あの人の昔話でも聞かせてくれんか?」
「大した話はありませんよ? 無駄にちょっと長い話になりますし」
「別にええぞ。準備は出来とるしな」
烈風先生の前に、デカ目のボール皿に入ったスープが置かれていた。