魔王の漫画10
地元の女子中学生だろうか。いや、あちらで集まっているバイクの集団では無く、こちらに向かって来たという事は、泉野さんの知り合いという線がの動きだ。
「お嬢! どうしてここへ来たんですか」
「アキ姉のことじゃから、こけぇきとる思うたわ」
相変わらず独特な方言だ。しかし、この女子中学生と泉野さんは知り合いである事が分かった。
「こちらの方はどなたですか?」
念書を書く流れだが、泉野さんのお知り合いの登場だ。無視する訳にもいくまい。
「こちらは、如月烈風先生だ」
「え?」
ん?何て? この女子中学生が如月烈風先生? いやいやおかしい。烈風先生は18歳でデビューして10年は漫画を描いてから、20代後半な筈だ。
それに、一時女性作者説が流れたが、何かの写真で武道家のような精悍なお姿が確認されているので、男性だと言う事で落ち着いた。
仮にこの人が烈風先生だとして、どうやってここまで来たというのか。こんか辺鄙な場所に漫画描きの仕事場があるとも思えないし、町から自転車で来たなど考えられない。
漫画描きの体力の無さは尋常では無い。毎日室内で漫画を描いているのだ。体力は日々無くなっていく。
週刊連載を持つ漫画描きが、合間で体力作り等する事は不可能だろう。
つまり、これは何らかの仕込みであり、私は何かを試されているか、嵌められつつあるという事だ。
「昨日からなんも食べてないけん。めしにしようや」
私が固まっているのを無視して、話が進んでいる。
「お嬢。菅田の件がまだ片付いてないんで先に戻っていて下さい」
「菅田はわしのアシスタントじゃあ。かたはわしが付けるけん今はめしじゃ。いつものファミレスで話しよかの。あっちの漫画描きも含めてな」
泉野さんがのしのしと歩いて来てこちらを見下ろす。
「車に乗れ」
私はまた何処かへ運ばれる事になった。
――
町まで戻ってきた私達は、自称烈風先生の意向で全国チェーンのファミレスに入った。
夜も深くなっており、店内の客入は疎らだ。
私は窓際の席の奥に押し込まれ、向かいに女子中学生、隣りに泉野さんというフォーメーションだ。
これは詐欺師がカモを逃がさない為の布陣だと聞いた事がある。
向かい女子中学生はメニュー立てて見ているので表情を伺う事は出来ない。
メニューの両端から見える手は、インク汚れが染み付いてペンダコもかなりある。その手は間違い無く物書きのモノだ。
まだ、向かいの人が烈風先生だと言う確証は無いが、その手は歴戦そのものだ。
彼女が烈風先生であるかもしれないという可能性を感じると、途端に緊張感が出てきた。
泉野さんは、いつの間にかコールボタンを押しており、店員が注文を取りに来た。
「生姜焼き定食とドリンクバー」
泉野さんがまず注文する。こういう場合は、立場的に上である烈風先生の注文を待つのでは?という疑問が浮かんだ。
メニューの角で私の腕が軽く叩かれて、無言で注文を促された。
「ギガポテトフライとドリンクバーお願いします」
私の注文が終わったので、後は烈風先生だけだ。
「………………………………」
恐らく誰も聞こえ無いであろう小声で注文がされた。店員には、吸気の音がかろうじて聞こえたぐらいだろうか。
泉野さんが、サポートしようと動き出す。
「あ、こちらの女性の注文は、ビッグバーガーとギガポテトでソースは明太マヨとドリンクバー。チョコパフェとイチゴパフェは食後でお願いします」
私にはどんな小声であろうとも聞き取る事が出来る。
あちらとこちらで言語は違うので、理解し話せるように認識改変しているのだ。私のチート能力の内の一つである。
烈風先生は、店員の方を見て頷いた。
動こうとしていた泉野さんは、ドカッと元の位置に座り直した。
店員は注文を復唱してオーダーを伝えに戻った。
「烈風先生は、初対面の人には小声になるんだ。ただし、漫画に関する会話は普通に出来る。俺は飲み物を取っているから、お前はここに居ろ。くれぐれも逃げようとするなよ。死ぬ事になるぞ」
先程の状況の説明と、謎の脅しを残して泉野さんは席を立った。
普通に考えると、さっきの脅しは殺すぞなのでは?と思うが、死ぬという表現に違和感を感じる。
烈風先生は、何処からか取り出したボールペンで紙ナプキンに落書きをしている。
流れるようなペン捌きで、何か人物をサクッと描き上げる。
「魔王は今、スパピンの連載中じゃろ? 4巻はそろそろ出るんか? いつになるんか教えてーや」
そう言って紙ナプキンをこちらにスッと送って来た。
こ、これは、私の描いている漫画のダブルヒロインが描かれいる!!
上手い!ばちばちに上手い! 私のタッチもトレスしながら、それでも溢れでるこの筆使いは、間違い無く烈風先生のもの………
え、ほんもの?
あの大人気漫画ブラックコードの作者が私の目の前に?
しかも、私の漫画を認知されており、わざわざ目の前で私のキャラを描いて頂いた?
「え、コレ? え、コレ、マジで!? え、待って、ちょ待って!? 情報量多!! いや、あれ、マジですか!?」
キーンという音が耳に響いて、脳が暴走し、体から変な汗がでる。
泉野さんが置いた飲み物を、何か分からず一気に飲み干した。全く味がしないのは、脳が味に割くリソースが無いからだ。
ガシッと顔面が掴まれる。これはアイアンクローされている。
「俺が運んだ飲み物に礼は無しか?」
顔面が圧迫される痛みと、ドスの効いた言葉が、ようやく私を冷静にした。
「あ、痛! すいません。泉野さん。ありがとうございます」
私の言葉て、アイアンクローが外れると、私の前には神が座っていた。
不味い、私のような者が神の時間を消費している。いち早くこの問題を解決して、神に時間をお返ししなければならない。
「いつよ?4巻は?」
「は! 2週間後には情報が出るかと思います!」
「お嬢、その話よりも菅田の件を」
「アキ姉はいらちじゃな。分かっとるよ。菅田と何があったか話してもらおうかの。やましい事がないんじゃったらかまわんじゃろ?」
全て話はしたいが、あちらの話は訳わからない事になるので、伏せておこう。
「私と菅田氏が同郷である事はご存知ですか?」
「詳しくは知らないが、それが何だ?」
漫画の話では無くなっので、烈風先生の声から音圧が消えた。一応、気を使って泉野さんが会話を繋いでくれた。
「菅田氏は自分の田舎で調べたい事があるんですが、今は事情があって出禁なんです。そこで、色々と自分でアプローチしていたようなんですが、出版社関係の伝手から、私の事を知ったようで、それで突然訪ねて来たんです」
「お前からした事では無いと言いたいのか?」
泉野さんは、本当に私が油断ならない存在と思っているようだ。
「これは菅田氏にも確認して下さい。間違いありません。そして、菅田氏が烈風先生のアシスタントである事も直ぐに教えてもらったので、仕事に関わるところは、互いに触れない見せないようにしました」
「その時点で、うちの出版社に連絡するのが筋だろうが。何で連絡しなかった? 何か下心があるからだろ」
何という疑心暗鬼の塊なのか。
「それはまあ、私がその手の常識に疎いのもあるんですが、漫画について語らう相手が久しくいなかった事もあり、まあ、このままでもいいかと思って、そのまま菅田氏と趣味の範囲で漫画について語らうようになったんです」
「それが下心だと言うんだ! その先はどうするつもりだったんだ? 引き抜きに発展する事もあるだろう? お前が発情して何か間違いが起きる可能性もある! やはり許せん!お嬢!こいつシメるぜ!」
泉野さんがエキサイトしてきた。暴の雰囲気が強くなる。
「ま、アキ姉、待たれ。魔王よ、さっき漫画について語ると言うたな? それじゃたら、わしにも語ってもらおうか。まずは、そうじゃな……、魔王が一番好きな漫画はなんじゃ?」
神よりの問い、それは私の好きな漫画についてだった。