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アーガスの聖典  作者: らすく
第一章 建国暦149年
6/30

5. アイリスの勧誘(2/3)

 寮生活がスタートしてから2時間が経ち、シェイラは同室で紅茶を嗜みながら寛ぐアイリスを横目に肩身の狭い思いをしていた。講義に出席しなくても良いのか、というのも聞きたいところではあるが。


「あの、アイリス様」

「様は必要ないよ、学園規則では在籍する者同士に身分格差は無いものとしているからね。……まあ、大半の貴族連中は無視しているようだけど」


「……アイリス、どうして僕と貴方は同室なのですか」

「部屋が余ってなかったからさ。埃にまみれた物置で寝泊まりしたいというなら止めはしないが」

「いえ……でも貴方は、僕なんかと同室で平気なんですか?自分で言うのもあれですが、僕の黒髪は良く思われないこともありますし、貴族の所作やマナーも知りません」

「シェイラ、君は私が仕方がなく君を面倒見ていると思っているようだがそれは誤解だよ。この際はっきりと言うけどね、私は私の判断で君をここに連れてきているんだ。君がここで何をしようが、無理に連れてきている私の責任だろう?気にせず君も寛ぎたまえよ」


 そうまで言われてしまうと、逆にあれこれ心配するのも失礼に当たるとシェイラは考え、テーブルに置かれたもう一つのティーカップを手に取った。一口含むと香ばしい茶葉の香りが鼻を抜けていく。紅茶にしてはどこか甘味が少なく渋みの強い、懐かしさを感じる味。シェイラ自身気付かぬ内に、その頬に一筋の跡が残っていた。


 シェイラとアイリスの視線が合う。その瞬間、アイリスの目がぎょっと見開かれ、ティーカップをソーサーに置き椅子を立つ。シェイラの前に屈むと頬に掌を添え、親指で優しく涙を拭った。


「口に合わなかったかい?それとも私との同室は嫌だったか?すまない、君はあまり表情を変えないからか、私は勝手に君がこの状況を受け入れているとばかり思ってしまっていた……先も言ったが学園内で身分は関係無い。嫌なものは遠慮無く言ってくれて構わない」


 アイリスは、どこか執事の前の笑顔とは違う、柔らかな表情を浮かべる。意外と表情豊かな人なのだな、とシェイラは他人事のように思っていた。


「……このお茶が故郷の味に似ていたので、懐かしく思っていただけです。それに、僕は心底嫌ならとうに出ていっていますよ」

「……そうか、それは、良かった」


 アイリスは安堵の溜息を吐く。


「明日、君の制服が届く予定だ。まだ昼を過ぎたばかりだが、それまでゆっくりして欲しい。君が出席する講義は、おそらく君が選べるだろう」


「どういうことですか?」

「明日になれば解るさ。……さて、私は残った仕事を片付けてくるから、ここにあるものは自由に使ってくれたまえ」


 飲み終えたカップを置き、アイリスは足早に部屋を出ていった。独り取り残されたシェイラは手元のお茶に映る自分を見て、一息に飲み干した。




 夕刻。アイリスが自室に戻ると、シェイラはベッドで眠りに落ちていた。まるで赤子のように丸くなり、不釣り合いな魔導書を抱いている。魘されている様子もないので、アイリスはシェイラの眠りを妨げぬよう足音を消して近付いた。すうすうと穏やかな寝息が静かな部屋に良く聞こえる。ベッド脇の椅子に座って小説の栞を頼りにページを開き、寝息を背景に読み始めた。夕陽が部屋を斜めに切り取っていく。


 どれほど時間が経っただろうか。陽に照ったアイリスの影がシェイラの目にかかり、目を覚ました。シェイラが薄く瞼を開くと、足を組んで座り読書をしているアイリスの姿を捉える。まるで絵画や彫刻のようであった。


「目が覚めたかい、シェイラ」


 アイリスがぱたりと本を閉じる。ベッドの端に手を乗せ、もう片方の手でシェイラの長い前髪を退けた。


「よく眠れたようで何よりだ。有色の時間にはまだかかるが、もう少し眠っていても構わないよ」

「……ありがとうございます」


 シェイラは再び目を閉じる。それと同時に、寝惚けていたからかアイリスの手を握り、そのまま再び寝息を奏でてしまった。


「これでは離れられんな」


 手の位置はそのままにベッドに腰を下ろす。片手でも本は読めるだろう、と椅子の上の小説を手に取ろうとしたその時、部屋の扉がノックされた。会長の部屋を訪ねる人物といえば生徒会メンバーくらいしか居ない。そしてこちらの返事も聞かずに扉を開けてずかずか入ってくるような奴は一人だけだった。


 長い赤髪を後ろで括り、耳のピアスに魔導結晶を提げ、だらしなく制服を着崩しているその人物こそ、生徒会風紀のディンゴ・ベルゼアである。ここで言う風紀とは学園内の健全性の事ではない。魔術や武力行使による生徒の騒動や、外部からの影響力の排除を目的とした学園自治組織を指している。ディンゴはその"風紀"の長を務めていた。


「アイリス、今日の報告だが……って」


 彼の目に映ったのは、謎の少年に手を握らせながらベッドに寝かせるアイリスの姿だった。


「え、もしかして誘拐……」

「憶測で物を言うのは止めたまえディンゴ。既に君にも通知が行っている筈だが?」

「……見てねぇわ」


 頭をぽりぽりと掻くディンゴ。


「なら確認してくれ。それと彼の眠りの邪魔をしないよう、静かに出ていきたまえよ」


 アイリスの言葉を無視して、二度寝中のシェイラを覗き込む。


「へぇ、黒髪とは珍しい」

「ディンゴ」


 びく、とディンゴの身体が硬直した。アイリスがピンポイントにディンゴへ殺気を向けたのだ。


「分かった分かった、邪魔して悪かったな」


 ちぇ、と小さく悪態をついてすごすごと退散していった。しかし扉の前で立ち止まり、背中越しに口を開く。


「西側の動きは以前より悪化してる。近い内に……お前の任期の間にはデカい事を起こすだろうよ。精々下準備を怠らないことだな」

「忠告ありがとう。今後も頼りにしているよ、親友」

「……ふん」


 律儀にも、静かに扉を閉めた。

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