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アーガスの聖典  作者: らすく
第一章 建国暦149年
4/30

3. シェイラの入学(3/3)

 他の敷地とは異なり地面の土が露出し、所々抉れたり焼け焦げた痕が残っている。入り口手前には様々な種類の武器が立て掛けられており、武術の稽古に用いられるものだとわかる。広間には魔術で補強された打ち込み用の案山子や大岩等が配置され、多岐に渡る訓練が行える場所であった。


 手を離したアイリスは大岩に触れると、視線をシェイラに向けた。


「最初の課題はこの岩を破壊すること。出来るかい?」

「……強化術式はそのままで、ですか」

「どちらでも構わないよ。ただここに施されている術式は、ここの生徒や教員のあらゆる魔術に耐えるくらい強固なものだ。並大抵の手段では傷一つ付かない、とは言っておこう」


 脅す意図はないのであろう。アイリスは数歩下がり、どうぞ、とシェイラを促す。


「じゃあ……『解錠』」


 魔導書を封じていたベルトが独りでにほどける。シェイラが手を翳すとぱらぱらと開き、淡い光がページの隙間から溢れ始める。魔導書に綴られた無数の文字列から適切な箇所を選び出し、自動的に抽出。同時に必要な陣がシェイラの周囲に浮かび上がる。一般的な魔術とはかなり掛け離れた術式が展開されていく光景を、アイリスは興味深そうに観察していた。


 一般的な障壁術に見えて、手の込んだプロテクトが絡み合い外部からの干渉を緩和しているようだ。


「……『解析』」


 ページが移り変わる。流れ出る光の文字が大岩を取り巻き、網目状に形を成した。


 なるべく飛び散らないように、と障壁で軽く表面を覆う。文字が鎖のような形状に変わり、がっちりと岩に固定される。隙間なく巻き付いた鎖の一端をシェイラが握り、軽く握った。


 ぼこ、と鈍い音が鎖の中から聞こえる。鎖は光の粒となって消え、その後には砂粒まで粉砕された大岩だったものの山が残っていた。


「……できました」


 アイリスを見ると、彼は実に満足げに頷く。ぱちぱちと称賛を送りながらシェイラに歩み寄った。


「素晴らしい。この岩を破壊できた人間は3人目だ」

「以前にもいらっしゃったのですか」


 あの相当高度な防壁魔術を破るのは簡単なことではない。日常で使われる程度の威力の物理的衝撃や魔術では、アイリスの言うとおり傷一つ付かないことは、実際に触れたシェイラは理解できていた。


「さて、次は武術試験だ。……と言っても魔術禁止ではない。両方の力を総合的に判断するための試験だから、どんな戦術を取っても構わない。ただ致死的なものは御法度だよ」


「戦いは、あまり得意ではないのですが」

「安心したまえ。敵は君の事情など知ったことではない場合が殆どさ」


 何をどう安心したまえなのかさっぱり解らなかったが、アイリスの手にはいつの間にか立派な剣が握られていた。一振、二振。空を裂いてアイリスは型を構える。切っ先は真っ直ぐにシェイラを向いていた。


「準備は良いかな」

「え」


 一閃、一瞬で距離を詰めたアイリスの剣撃がシェイラの脇腹から肩にかけて放たれる。しかしその軌跡はシェイラの手前で、障壁によって阻まれる。


「……目を見張る強靭さだね。少なく見積もって、あの岩に掛けられた障壁魔術の数倍といったところかな」

「正確には12倍弱です」


 幸いにも本を開きっぱなしにしていたため、自動発動した障壁によってシェイラは一命を取り留めた。閉じたままでも緊急術式は発動するようになってはいるが、アイリスの一撃を受け止めることは出来なかっただろう。


「だが初撃を防いだだけでは勝ったことにはならない。そうだろう?」


 二撃、三撃、四撃。あらゆる角度から連続で叩き込まれる攻撃は全て弾かれているものの、このままだとアイリスの体力とシェイラの魔力のチキンレースだ。アイリスという青年の力量が解らない今、防戦一方ではシェイラの分が悪い。


「どうする?自慢ではないが、このまま斬り続けるなら向こう半日は覚悟することだね」


 アイリスの目は…本気だ。試験らしからぬ殺気の籠った刃がシェイラに襲いかかっている。


「『解析』……ッ!」


 防壁魔術の一部制御を解析に回す。しかしその一瞬の間隙をアイリスは見逃さない。障壁を滑らせるように斬り、コンマ数秒薄くなった位相がアイリスの剣によって貫かれる。




「これは……困ったね」


 そのまま剣はシェイラの心臓を貫くかに思われた。しかし、剣はシェイラに触れる前に砂のように崩れ去っていく。


 分解され、形を保てず風に溶ける刀身を失った柄を突き出したままのアイリスは、展開された攻撃性防壁に弾かれるように背後へ半回転し、軽やかに音なく着地した。


「この場合、どちらの勝利になるのでしょう」

「お互い手を止めてしまった。君が望むなら続けるが……しかし君の反応速度は特筆すべき速さだね、何か訓練を詰んできたのかな?」

「……答えかねます」


 結局、勝負は引き分けとなった。

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