27. イースタンの亡霊(3/)
ホルダットで最も人気のある料理店、それがこの"食事処ニャルル"だ。
獣人夫妻が経営する料理店はとある事件があってからホルダットだけでなくシュテヴィン中にその名前が知れ渡り、連日多くの客で賑わっている。
二人で店を回せなくなってからは冒険者ギルドにバイトを募集しており、駆け出し冒険者なら誰もが1度は経験する登竜門のような扱いになっていた。
「こっちです皆さん!」
あらかじめ席を確保していたシェイラがアイリス達3人を連れ店の扉を潜る。からんからんと扉に据え付けられたベルは客人の到来を告げ、談笑する店内の客には出入り口へ目を向ける者もいた。ラヴァトナはそもそも人間サイズの建物自体が珍しいのか、粗い作りのテーブルや木枠の窓などしきりに周囲をきょろきょろしている。
「いらっしゃーい!ご予約の"亡霊"ご一行様だよ~!」
お盆に料理を乗せた獣人属の女性、この店の主人であるネルカ=ニャルルは姿を見せた四人組に牙を覗かせる溌剌とした笑顔を向け、先頭のシェイラにメニューを渡す。ちょいと指す向こうには丁度4人分の空席が用意されていた。
「じゃ注文決まったら呼んでちょうだい、シェイラちゃん」
ウィンク一つ残して去っていくご婦人。
と、店の奥からのっしのっしと床を軋ませ現れるのは彼女の夫であり料理人兼冒険者、マドーマ=ニャルル。
昔は遥か海の向こうへ赴き数々の逸話を残す、生きた伝説である――――とは本人の談。
「おぉ来たかシェイラ!今度はどこまで行ってたんだよ、ずいぶん姿見せねぇから心配したぞ!」
「色々ありまして……」
「まぁ生きてりゃ何でもいいさ!注文はいつものか?」
「いえ、今日は僕だけじゃないですから」
そこでようやくアイリス達に気付いたらしく、マドーマは申し訳なさげに頭の後ろを掻いた。
「おぉこりゃすまん。お仲間さんも一緒だったか!……ところでそのお嬢ちゃんは見たことがないが、新しく加わったのか?」
ラヴァトナはきょとんとして自分を指差した。
確かに、仲間と言えばそうだろうが、まだ正式にギルドに申請したわけではなかった。なぜなら大森林からホルダットに帰還した彼等が最初に訪れたのがここだったからだ。
何と言っていいかわからず黙ってしまったラヴァトナに代わって隣のアイリスが返答する。
「ええ、新しい仲間のラヴァトナです。今後も時々ここに来るでしょうから、どうぞお見知りおきを」
「そうかそうか!じゃあ特別に何か作ってやるよ!ちょっと待ってろ!」
マドーマが厨房に下がると、奥からバイトをしているらしい冒険者達の悲鳴が聞こえてきた。
溜まっている注文を任されたのだろう。いったい何品作ることになるのか――――それは誰にもわからない。
どうしてこの店に来たのか、その経緯を説明するために少し前の時間に戻ろう。
1週間前、怪光事件の起きた場所。
焦げ臭い平地を探すこと実に半日、地面に半分埋まってうんともすんとも言わなくなったクラウンを発見したのは日暮近くなってからだった。
どうやら体内の魔力をほとんど使ったらしく、魔力枯渇状態で眠りについているようだ。
『わずかですが魔力反応が見られます。生きてはいるようですね』
すぐ隣で抑揚無く喋るラヴァトナの眉が少しだけ上がっているのを見るに、彼女なりに安心しているのだろう。拾い上げた宝玉を片手に、彼女の後ろに立つ者の方へ振り返った。
『安心しましたか?アイリス』
「まあね、無茶をさせたのは私だから」
申し訳なさそうに玉を見るアイリスの右腕は肩から先が無くなっていた。その断面は白銀の金属で覆われ出血はしていないが、時折肩を押さえて苦痛の表情を浮かべている。
「アイリス、早く街へ戻ってお医者様に診てもらわないと!」
『おそらく体内の魔力回路が損傷したため正常な魔力投影ができていないのでしょう。通常の治療では痛みを抑えることが関の山だと思われます。治すには魔力回路の回復を待つしかありません』
それまで魔法を使うことはおろか、剣を作り出すことさえできないのだという。
「そういうわけだからあまり心配しないでいいよ、シェイラ」
左手でシェイラの頭を撫でる。
「あの状況で生きているだけでも奇跡さ。それは君のおかげなんだよ?」
光に飲まれる瞬間、アイリスを包み込んだ結界は始祖種の攻撃のほとんどを防いだ。僅かに漏れた光によってアイリスの腕が消し飛ばされたが、致命傷とならなかったのはその結界あってこそだ。
「本当は無傷で救い出すはずだったんです!でも守り切れなかった……!」
泣き出してしまうシェイラを抱き寄せて宥めるアイリス。そんな二人を尻目に森だったものを眺めるラヴァトナは、至極冷静に状況分析を行っていた。
『どうあれ早急に人里へ戻る必要があると提案します。この惨状は国家運営に関わる規模です』
森一つが吹き飛んだ。これは始祖種討伐と同じくらい――いや、ほぼ無害だった始祖種以上に人間社会の営みに影響を与えるのは明白だ。
「確かに、早くギルドへ報告したほうがよさそうだね」
「だったら早く帰りましょう!善は急げです!」
そうして一行はホルダットに向けて歩みを進め始める。
が、更なる困難が待ち受けていることを、彼等は知る由もなかった。




