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アーガスの聖典  作者: らすく
第一章 建国暦149年
16/30

15. イースタンの休日(4/6)

「成る程、一筋縄では行かないと聞いていたが……試すには丁度良い」


 瞳が赤く輝き、周囲の魔力濃度が急激に減少していく。濃度勾配に引き摺られてクラウンの周囲には激しい空気の渦が発生し始めた。


「シェイラ様!あれは―――」

「バルゥさん、今から貴方を外に出します。()()を止めるために応援を呼んでください」

「しかし、それでは」

「一刻程度なら耐えられます。なるべく多くの魔導師と陣魔法の専門家を連れてきてください」


 そう話している間にも、クラウンの目には莫大な魔力が圧縮され続けている。これが解放されれば周囲への被害は甚大だ。屋敷だけでなく街にまで影響が及ぶだろう。


「……わかりました。このバルゥ、イースタン家執事の誇りに賭けて」

「お願いします」


 結界は瞬時に再展開され、バルゥが屋敷へ駆けていくのを横目に確認したシェイラの瞳は再びクラウンを捉える。


「こんな結界程度で抑えられるかなァ」


 風が止み、不気味なほど生ぬるい空気が結界内に充満している。先の炎もかなりの威力だったが、今クラウンが放とうとしている魔法はその比ではない。魔導書を経由して展開している今の結界ですら、屋敷の敷地内に被害を押さえ込むのが関の山だ。それも、自分を守らず全てこの内で押さえ込んで、上手くいけばのこと。


「……ええ、無理でしょうね」

「何?」


 だがそれは()()()()の話である。

 開いたまま宙に浮く魔導書に、シェイラが手を置いた。


絶界(YSOLTE)

「―――ッ!」


 半透明の結界だった部分が瞬時に黒く染まり、外の様子が伺えなくなる。それと同時にクラウンの目に流れ込む魔力流が勢いを衰えさせ、すぐにそれは完全にストップした。


「結界魔法……でないな、何をした?」

「お教えする義理はありません」


 輝きを増す魔導書から溢れるスペルは黒い壁にどんどん吸い込まれていき、文字の消えたページは光の粒になって空気に解ける。

 それを見たクラウンは、さも愉快そうに嗤った。


「…………フフハハハハ!!どうやらこの訳のわからん魔法、時間制限付きらしなぁ!いつまでこうしていられるか俺が確かめてやろうか?疲れたらすぐに言えよ、俺が丁寧に灰にしてやる」


 段々とクラウンの姿が揺らいでいく。眼で圧縮された魔力が熱変換され始め、陽炎のように光を歪めているのだ。

 みるみる芝生が萎びていき、シェイラの頬に汗が伝う。だというのにクラウンは変わらず余裕の態度を貫いていた。


「このままじゃあ炎に焼かれるまでもなく死んじまうぜ?」

「お構い無く」


 確かにこのままではシェイラは倒れるだろう。だからといって結界を解けば、危害が向くのはアイリス達になる。

 どちらが良いかと問われれば、迷いなく前者を選んだ。


「―――なぁ」

「…………なんです?」


 いつ終わるとも知れない我慢比べ(チキンレース)の最中、クラウンは声色低く口を開いた。


「なぜそこまでアイリスを庇う」


 クラウンは疑問だった。

 学園にふらりと現れたイースタンの親戚だという男子生徒。人脈を使って調べてみても、シェイラに関する情報はまるでわからなかった。ただ明らかなのは、アイリスが半ば無理矢理シェイラを自分の側に置いているということだけ。

 初めは従者か愛人か、そういうのだと思っていた。しかしシェイラは普通に授業を受けているし、アイリスに特別何かしている噂もない。


「お前はなぜ学園に来た?なぜアイリスに気に入られた?なぜ俺の計画を邪魔した?」


 シェイラが居なければ、恥をかくことは無かったかもしれない。


「お前はなんなんだ」


 自分が何者なのか。

 それはシェイラ自身もずっと考えていたことだ。


「……わかりません」


 わからないが、確かに言えることはある。

 アイリスは確かに少しだけ強引だが、それでも恩人なのだ。


「でも、今の僕は――――シェイラ=イースタンです」




 俯くクラウンの口が三日月に曲がる。


「クハハハハ!なるほどそうか、お前はイースタンか!そうだったそうだった俺としたことがすっかり忘れていた!」


 再びシェイラに向けられたクラウンの目は狂喜に嗤っている。


「お前を殺したら、アイリスはどんな顔すんだろうなぁ」


 赤い眼の輝きは最早直視できないほどにまで強まり、あまりの魔力圧に黒い境界が波打ち歪む。魔力放出はあと数秒の猶予もない。

 このまま自分を守らなければ、間違いなくシェイラは死ぬだろう。


「じゃあな、シェイラ=イースタン」




 バルゥがウロメリオとアイリスを連れて庭に戻ると、そこには冷めた目ですぐ先の――――焼けてズタズタになったローブで辛うじて体を覆う、シェイラだったそれを見つめるクラウンがいた。

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