14. イースタンの休日(3/6)
パーティは予定どおり行われた。
グロッキー状態で敷居を跨いだシェイラもすこし休めば復活し、アイリスのお下がりらしいドレススーツを身に纏って終始緊張した面持ちでウロメリオ公爵と対面した。それはもう緊張していたが。
顔合わせも早々に、イースタンの特産品がふんだんに使われた料理の数々に舌鼓をうち、街でも有名な大道芸人が喚ばれ繰り広げられた5つ6つの演目で大いに盛り上がり、偶の酒だったせいもあってべろべろに出来上がったウロメリオ公爵が侍女数名に引き摺られていった。残された二人はしばらく立ち尽くし、顔を見合わせて少し笑った。
アイリスは侍女に「父はいつもああなのか」とこっそり尋ね、苦笑いで返された。特にアイリスが寮に住むようになってからは酒が増えたのだそうだ。
そんな宴会も終わった後、親月の後ろから娘月が顔を覗かせた深夜。わずかな使用人が翌日の用意に終われている以外は皆寝静まっている。
ワインを嗜んだお陰か未だに火照る体を冷まそうと、アイリスはバルコニーに出て夜風に身を預けていた。
「………アイリス、こんな時間にどうしたのですか」
ベッドから起きてきたシェイラがてこてこと歩いてきて、アイリスの左に並ぶ。手摺に肘をつくアイリスを真似ようとするも届かず諦めた。
「君こそ、こんな時間に珍しい」
「慣れない枕だったので」
「……なるほど」
ここ最近はアイリスの腕枕で眠っていたせいだ。
「ところでシェイラ、今日はどうだった?」
「え?」
「父と話しただろう、どう思った?」
少し考えて、シェイラは月に目を向ける。
記憶の中のお師様が、アイリスの父君に重なった。
「とても、優しい方だと」
「……ああ」
父しか知らないアイリスは、母の優しさに憧れていた。だが領主の息子としての自覚が芽生えるのも早かったため、それを主張したことは記憶の限り一度もない。
父は当然のように厳しかったし、誉めて貰ったこともない。
「私は何も知らなかったんだ」
だが今思えば、否定されたことも無かった。
「アイリス様」
下から聞こえた最早懐かしい呼び掛けに彼を向くと、シェイラは珍しく真面目な顔でアイリスを見上げていた。
「僕は父も母も知りませんが、父のように育ててくださったお師様がいました」
そうだ。シェイラも母というものを知らないのだ。
「時には厳しいひとでしたが、僕が悪いことをしなければ、僕を貶したりはしませんでした」
ウロメリオは厳しい人だが、理不尽な人ではなかった。
「ただ、僕を大事に思ってくださっているのだと気付いたのです」
シェイラが森の家を出るとき、老人の細い腕で優しく包まれた感覚は鮮明に覚えている。彼は心からシェイラを心配し、また信頼していたのだろう。
「アイリスの父君とそっくりです」
へにゃりとシェイラは口許を緩める。
「……私は、どうするべきだろう」
その問いかけは誰に向けられたものでもない。
「話せばいいのです」
二度と言えなくなる前に。
ウロメリオの執務室に飾られた、若かりし両親の転写画。
父は……後悔しているのだろうか。
「……すまない、今夜は部屋には戻らないかもしれない」
アイリスは寝間着のままバルコニーを出ていく。その後ろ姿を、シェイラは少しだけ嬉しそうに見送った。
翌朝、アイリスとウロメリオはよく話すようになった。そのかつてない光景に、屋敷で働く侍女達も驚いて視線を奪われている。バルゥでさえ顎を撫でて不思議そうにしていた。
「珍しいこともあるものですな」
廊下を並んで歩くアイリスとウロメリオを送るバルゥがぽつり呟く。偶然通りかかったシェイラは廊下のど真ん中で顎を撫でる奇妙な執事に首をかしげた。
「どうしたのですか?」
「おや、これはシェイラ様」
訳を話せば、シェイラは昨晩の事をバルゥにかいつまんで説明した。
「成程、旦那様と坊っちゃんがあのようになられたのはシェイラ様のお陰だったのですな」
「僕は何もしていません。父君と話したのはアイリス様ですから」
「それでも、シェイラ様のお言葉がなければそうはならなかったでしょう。……こんなにも早く親子という関係になられるとは、わたくしは思っておりませんでした」
お時間ありますかな?とバルゥは庭の茶会席へ促す。断る理由もなかったので、シェイラは大人しく着いていくことにした。
「坊っちゃんが年を重ね、父親というものを理解するようになられれば、旦那様の愛を理解できる日が来ると考えていたのでございます」
切り出したのはバルゥだ。
「旦那様は奥様を亡くされてから、殊更に坊っちゃんを立派な跡取りになされようとしておりました。それは父親というよりは師のようなものでしたが、致し方の無い事だったのです」
その頃から、ウロメリオは自分の感情を押さえ込むようになったのだという。
「旦那様も坊っちゃんも、いずれは父と子のあるべき関係へと向いていくと考えておりました。ですがそれはわたくしが干渉するべきことではございません」
だからこそ、シェイラに感謝している。
「おっと、喋り過ぎてしまいましたかな。……ありがとうございますシェイラ様。旦那様の笑うお姿を見たのは十数年振りでしたゆえ、つい」
「そんな、ですから僕は何も」
――――その時、シェイラの魔導書が独りでに開いた。
「なッ!?」
奇襲に対する自動反応障壁がシェイラとバルゥを包み込む。
数瞬遅れで障壁の向こうを炎が舐めた。もし直撃していれば、二人とも灰になるほどの火力だ。
「シェイラ様!これはいったい!?」
「分かりませんが、僕たちは襲われているようです!」
じっくり20秒炙られ、炎はパタリと止んだ。芝の燃える煙が風で流され、その犯人が姿を表す。
「何だ、生きてるのか」
鋭い目付きでシェイラを睨むブロンド髪の人物は、シェイラも、そしてバルゥも知る人物であった。
「クラウン……さん……!?」
ウェストゥーム家が三男、クラウン=ウェストゥーム。
その瞳には、真っ赤な魔法陣が刻まれていた。