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アーガスの聖典  作者: らすく
第一章 建国暦149年
13/30

12. イースタンの休日(1/6)

 夏。


 1年の中頃に訪れる季節。


 無事に試験を合格し、そこから数週間の授業日程をこなせば学園は夏季休業へ突入する。家柄の良い生徒が多いため、長い休みは誰も彼もが一時的に自身の実家へ帰ってしまう。生徒会の面々も例に漏れず、風紀のディンゴや会計のエーゲは既に寮からは居なくなっていた。今この寮に残っているのはアイリス、シェイラ、バベルサの3人だ。


 すっかり静かになった正面広間のテーブルに腰掛ける普段着(といってもアイリスから受け取った上物であるが)のシェイラは、バベルサの作る朝食を待つ間にアイリスの創剣魔法について解析結果を吟味していた。アイリスの術式のコピーを本の上に立体表示し、指先でつついてぐるぐると回しながら構造を理解していくと、陣を経由しない魔力回路は血管のように複雑怪奇に絡み合っていることがわかる。世に言う"個性的な"魔法は大抵この天然の魔法陣から発せられ、そのおかげで体系立てて論ぜない学問上の問題児であった。当然、魔導書にも載っていないアイリスの創剣魔術はその類である。


 こういう場合、相似な魔法陣へ書き下すのが定石(セオリー)なのだが、このところ時間が余りあって暇を掌の上に転がしているシェイラはここぞとばかりに頭を使うことにした。すなわち、そのまんま理解しようということだ。うんうん唸りながら鞄の奥の紐の束を思わせる光の線の集合体を睨み、影が少しばかり首を傾けた頃。厨房から、パンの籠とスープを湛えた鍋をカートに乗せたバベルサが出てきた。


 バベルサも明日以降は休暇をとって帰ってしまうため、ちょっとの間彼の料理とはお別れだ。


「あいよ、お待たせ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。しかし礼を言ってくれるのはお前さんだけだな」


 お貴族様に求めちゃいないが、と悪っぽくバベルサは笑う。人がいないのを良いことに、よっこらせと隣の椅子に座って自分の分のスープを皿に注ぎ、パンをつけて食べ始めた。大柄な体や言葉遣いとは裏腹に丁寧な所作で食事しているところを見るに、領主の息子の住まう寮で料理長をしているだけのことはあると感心してしまうシェイラだった。


 少し経って、先に食べ終えたバベルサは空いた皿をカートに乗せて未だ食事中のシェイラを横目に見た。丁度大きな一欠片をうっかり全部スープに浸してしまったシェイラは、それを今更千切る事もできず、覚悟を決めて頬袋に詰め込んでいる。


「ところでシェイラ坊、いつご実家の方に帰るんだ?」

「むぐ」


 慌ててごくんと口の中を空けたシェイラが覚えたてのテーブルマナーで口許を拭う。


「……特に考えてません」

「そうなのか?てっきりアイリス様と領主様の館の方に行くもんだと思ってたんだが」

「アイリス様はそちらに?」

「例年な。俺がここを出たら誰も飯を作れなくなるから、俺の休暇に合わせてお帰りになる」


 休業越しの書類処理をある程度終える必要があるアイリスは一昨年去年と少しばかり帰省を遅らせていた。最初はイースタン付きの給仕をつけて夏の間帰らないつもりだったが、バベルサの「親は偶には子供の顔を見たいもんだぞ」という言葉で、バベルサが帰省して誰もいなくなったら帰ると決めたのだ。


「あの時は思い詰めたような顔してたんだがな、今じゃ考えられん」

「それってこんな顔かな?」


 びくりと肩が跳ね、顔から血の気が引いていく彼の背後にはニコニコと楽しそうに笑うアイリスが立っていた。授業も行事もないが、生徒の模範たる彼はきっちりと制服を身に纏っている。


「おはようシェイラ、チーフ」

「ひぇ」


 アイリスはシェイラを挟んでバベルサの反対側に腰を下ろした。バベルサはさっと立ち上がり、冷や汗をかきながらも慣れた手付きで朝食をアイリスの前のテーブルに配膳していく。


「ひぇ、とは何だい」


 少し拗ねたようにシェイラの頬を引っ張り上げ、しかし絶妙な力加減で痛みはない。


「お、おひゃようほひゃいまふ」

「何やら私の事を話していたようだけど、良かったら内緒話に私も混ぜてはもらえないかな?」

「ふぇぁ」


 にこにこと笑顔のアイリスだが、妙なプレッシャーにシェイラは少し涙目だ。


「そう虐めなさんなアイリス様よ。俺がシェイラの坊っちゃんに夏の予定を聞いただけでさァ。どうも一人ここに残る勢いだったんでな」


 すっかり仕事モードから離れたバベルサが腕を組んでアイリスを窘める。


「おや、そういうことだったのか。言ってなかったけど、寮に誰もいない間は私の実家に身を寄せてもらうよ。既に父上に話を通してある」


 言ってほしかったな、という悲哀と諦めの入り混じった視線を受け取り、言葉抜きに笑顔で頷くアイリス。ただでさえ貴族という人種の巣窟である学園生活に緊張しまくっていたシェイラの頭の中は、不安でいっぱいになった。――――ああ、原因の大半は目の前にいるルームメイトだった。

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