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アーガスの聖典  作者: らすく
第一章 建国暦149年
10/30

9. アイリスの決闘(3/5)

 厨房に持ち込まれた椅子に二人の人物が縛り付けられていた。不運な男子生徒と料理長バベルサだ。二人を取り囲むように4人の生徒が立ち、手に手にナイフや杖を持っている。


「お前ら、何してるか分かってんのか?こんなことしてタダで済むと思ってんなら――」


 説得を試みるバベルサの言葉を遮るように、リーダー格と思われる青年は、調理台をナイフの柄で強く殴った。


「黙れ!私達はクラウン様の命令で動く忠実な部下だ。すなわち我々の行動はウェストゥームの意思そのもの。逆らうというなら、相応の対価を支払うことになるぞ」


 呼応するように、他3人がナイフの切っ先や杖を構える。


「ならお前らもイースタンとやり合う対価を払うわけだな、それに見合ってるとは思わんがね」

「ウェストゥームはイースタンなどに負けはしない!今にその軽口、絶望の前に閉じるだろう」


 バベルサとウェストゥーム派閥の生徒の口合戦の前に、監禁の標的にされた男子生徒――レゾットは怯えきっていた。少しばかりの事情もあって入学した過去があるが、この学園に入ったことすらも呪い始めそうな勢いだ。


 一言二言、両者の言い争いはとどまるところを知らなかったが、ウェストゥーム派が危害を加える素振りは見せない。すると、調理場の壁の時計をちらりと見たリーダー格の青年は仲間に目配せをした。何やら事前の打ち合わせでもあったのか、頷き返された青年は先程までの怒りの形相はどこへやら、満足げに腕を組む。そのまま調理台に腰掛ければ視線は自然と椅子に縛られた二人を見下し、にたにたと気持ちの悪い笑みにバベルサは顔を顰めた。


「さて、そろそろクラウン様がイースタンのお坊ちゃんを打ち倒す頃合いだろう。お前たちも用済みだな」


 顎で指示を出せば、控えていた一人がナイフをバベルサの首にあてがう。それまで威勢の良かったバベルサも、直接の命の危機に口を結ぶ。


「後は、お前たちの口封じをして証拠隠滅すれば仕事は終わりだ。新たな時代を見ることなく果てることには同情してやろう」

「へっ、そんな世の中なら全く御免だよ」

「……最期まで生意気なジジイめ」


 生徒の目は本気だ。ナイフを持つ手に力が入り、バベルサの首に血滴の線が走る。



 ――――ボンッ!



 突如、爆発音とともに外側から吹き飛ばされた調理場の扉が反対側の壁にたたきつけられ木端微塵になる。拘束されている二人と、その背後に立つ犯人3名はその尋常ならざる光景を目の当たりにし、目を皿にしていた。リーダー格の青年はといえば、背後の爆発の衝撃で背を突き飛ばされ、顔面から地面に突っ伏している。


「な……何事だ……?」


 元より豪気なバベルサも言葉を詰まらせ、事の次第を見守ることしかできない。隣のレゾット青年に至っては怯えて顔面蒼白だ。


 扉のあった四角い枠の向こうから、それを為した何者かがゆっくりと調理場へ姿を現す。特徴的な赤い髪は、魔力によって束ねられた無数の雷を放ちゆらゆらと逆立っている。


「言い訳も懺悔も聞くつもりはない。死にたくなければ床に伏せろ」


 ディンゴは指の先から雷を迸らせる。魔力を帯び、髪色と同じく紅く染まった稲妻は、空気を貫き甲高い音を響かせながら、周囲の金属へ無数の光の橋を架ける。




 ディンゴは生徒会風紀の長だ。それは先代から引き継いだわけではなく、現生徒会長のアイリスの指名であった。ディンゴはアイリスとの模擬戦において勝利し、それを切欠に生徒会に抜擢された経緯がある。


 武術のみの戦闘ではアイリスに軍配が上がるものの、ディンゴは学園で最も魔術複合戦闘―――ルール無用のケンカ(ストリートファイト)に長ける人物だった。


 人質を取り囲む生徒達の頬には冷や汗が伝い、その手はがたがたと震えている。ディンゴの武勇は学園でも有名だ。大規模な貴族派閥同士の戦闘を一人で片付けたとか、令嬢を狙う暗殺者を探しだして半殺しにしたとか。ディンゴが学園の取り締まりを担うようになってから、大きな問題は殆ど起きなくなったと言われるほどに。


 だからこそ、クラウン=ウェストゥームの暴挙の数々は生徒達の驚きの声が多かった。どれだけウェストゥーム家の勢力が大きくとも、同じ爵位をもつイースタン領の、しかも領主の子が治める学園でこれだけの騒ぎを起こし続けていれば只では済まないだろうと。ディンゴによる粛清がなされるだろうと。誰もがそう思い――――決闘に便乗して人質をとったこの生徒達も、一度はこの危険な計画に反対していたのだ。


 明確な死の臭いに、3人は手の得物を床に放った。


「伏せろ」


 逆らえるはずもなかった。魔術や武術を習っているとはいえ、今まで死地に赴いた試しのない箱入り貴族なのだ。


 たったの二言で犯人グループを無力化したディンゴは、手早くバベルサとレゾットを縛るロープを焼き切り解放する。バベルサはうんと背を伸ばし、肩を回して体を解した。隣のレゾットも、ほっと安堵の一息を吐く。


「助かったぜ、ディンゴ風紀長殿」

「仕事だからな。まぁ、そうでなくともこんなマネされて黙ってるつもりはなかったが」


 ディンゴは素っ気なく答えつつ、二人を縛っていたロープで犯人4人を後ろ手に拘束していく。


「そういや、一人でここへ来なさったんですかい?助けられた側が言うのもなんだが、危険がゼロって訳じゃあなかっただろうに」

「人数と魔力反応は事前に把握していた。それに、万が一に備えて外に一人待機させてる」

「そうだったのかい、余計な心配だったな」


 と言いつつ、扉のあった四角い穴の向こうに視線を移す。すると、丁度その人物がひょっこりと顔を出し、バベルサとレゾットと目が合った。


「終わりましたか?」

「ああ、見張りご苦労だった」

「いえ、お礼を言われるようなことは……」


 ディンゴと親しげに話すその人物。学園内で今一番話題になっている、突如編入してきたアイリス会長の親戚という少年。いつも大きな本を小脇に抱え、ぽてぽてと歩き回る小動物(女生徒談)。


 シェイラ=イースタンは床に這いつくばる生徒を見て、ひぇ、と悲鳴を上げた。

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